リゼルが原因では?
「さっきから見てて不思議だったんだ。皇子様は従者を連れているのに妹君は一人で来ているとね」
「あ」と発したのはジューリア。言われて見るとメイリンの後ろにも側にも誰もいない。大教会にいるジューリアを訪ねる名目であっても、普通貴族の娘は一人での行動は許されていない。必ず護衛と侍女を連れる。ちらりとヴィルを一瞥したら、嫌そうにネルヴァを見上げていた。ヴィル? とジューリアが呼んでもヴィルの目はネルヴァから離れない。
「最悪」
「可愛い姿だと感知能力も未熟になっちゃうのだねえ」
「うるさい」
揶揄うネルヴァの足を踏み、こっちとジューリアの手を引いて後ろにやると冷めた銀瞳で冷や汗を流すメイリン(仮)に目をやった。
「気付かなかった俺が言うのもなんだけど、ジューリアの妹に似せるなら誰か連れて来るんだったね」
「な、何を言うのですか。私はメイリン=フローラリアです!」
「兄者に言われてムカついたけど、今はちゃんと見える。お前は——ジューリアの妹のフリをした悪魔だ」
「っ!」
子供になった天使の目なら欺ける自信があったとメイリン(仮)は悔し気に吐き出し、可憐な少女から大人の男に姿が変わった。額から顎にかけて顔のど真ん中に縦の傷が刻まれており、美しい顔立ちではあるが歪に見えてしまう。
ヴィルとジューリア、ジューリオも自身の後ろに下がらせたネルヴァがとある事に気付いた。
「周囲に結界が貼られているね。大教会にいる天使が君に気付かない為のものか」
「そうだっ、天使と言えど、力の弱い子供姿なら簡単に捻り潰せると思ったのに……!」
実際には子供姿の天使以上に強い天使がいたせいで目的は達成できず、更にネルヴァから発せられる神力に自身との実力の差を肌で感じ取る。魔族の男の見目からして上位級とヴィルは言うものの、顔の怪我のせいで魔力の半分が失われていると見抜いた。
「顔の怪我だけで?」
「多分、怪我を負わされた時に多量の魔力を奪われたんだろうね。あいつよりも強い魔族に」
ふと、ジューリアの頭に浮かんだのは魔王と魔王の補佐官の名前。口に出して聞いてみたいがこの場にはジューリオがいる為、安易に魔族の名前を出せない。
此処に来たメイリンが偽者と分かると本物はどうしているのか気になり、フローラリア邸をヴィルに見てもらった。
「どう?」
「泣きながら公爵夫人に癒しの能力の訓練をさせられてる。この間のお茶会の件でまだ許されてないみたい」
「そっか。取り敢えず無事ならいいや」
「で? 兄者。そいつの相手するの?」
「ヴィルがする?」
「俺が死んでも良いならしてあげる」
「分かってるなら聞かないでおくれ」
負けが見えている戦いに態々身を投じる真似をさせる気がないネルヴァは肩を竦め、三人にその場を動かない様言い付けた。神力を上げながらネルヴァが気になる事を訊ねた。
「このお嬢さんを狙う魔族がどうも多い気がする。誰の差し金だい。君一人で思い付いた訳じゃないんだろう」
「っ……既に消滅した高位魔族の一門だ。天使風情に話したところで何の意味がある」
「へえ……」
消滅した高位魔族の一門に心当たりがあり過ぎる。もしかして、と思い、ヴィルを見るとヴィルも同じ考えだった。ただ、今は口に出すべきではないと首を振られネルヴァと魔族の対峙を見守る。
「死んだ主の命令を守るなんて忠誠心の高い悪魔だこと」
「俺にとってもチャンスだからだ! そこのガキを殺して魔力を奪い、俺の顔に傷を刻んだリゼル=ベルンシュタインを殺せば魔界での俺の名声は一気に上がる!!」
「リゼくんは色んな魔族に恨みを買っているね〜君もリシェル嬢に手を出そうとしてお仕置きされた口?」
「天使のお前が何故リゼル=ベルンシュタインの娘の名を知っている!?」
「内緒」
当の娘本人がネルヴァといるから、とは言える筈がなく。
この間のミリアムやジューリオが魔族に体を乗っ取られた件といい、中位から上位魔族が挙ってジューリアを狙う理由にリゼルが絡んでいる確率が嫌に高い。もしもアメティスタ一門の消滅と繋がるのなら、ビアンカ以外にも残していてほしかった。
「魔王さんに会ったら話しておこうかな」と小声でヴィルに囁くジューリア。
「魔王からリゼル=ベルンシュタインに伝えてもらおうか。ただ、お前のせいでジューリアに迷惑が掛かってるって言っても、高位魔族からしたら人間の迷惑なんて砂粒以下だからあまり期待しないでね」
二人が小声で会話をしているのを聞きつつも、そろそろ苛立ちが最高潮に達している魔族の相手をしようかと——魔族の周囲に天使の形の光を出したネルヴァは愉し気に微笑んだのである。
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