つまり?
一体何をしに来たのかと問うと途轍もなく嫌そうに顔を歪ませ、怒気を瞳に宿したジューリオ。大体は察していたジューリアは「あ、もういいです」とどうでも良さげに視線を逸らし、ヴィルの手を引いてジューリオの横を通り過ぎた。
後ろからジューリオの呼び止める声が聞こえようと無視だ無視。
「ジューリア」
「ヴィル、空飛べる?」
「俺はいいけど後で皇子様がうるさいんじゃない?」
「性懲りもなく来ては勝手に怒って帰るんだから知った事じゃないわ」
「それと——追い掛けて来てるよ」
ヴィルの言葉で足を止め後ろを向いたジューリアが見たのは、従者を置いて追い掛けて来ていたジューリオ。心底嫌そうな顔をしたら、追い付いたジューリオも負けじと怖い顔でジューリアを見やる。
「なんだその顔は! 折角、お前に会いに来てやったのに!」
「大きい天使様に私が嫌いだと見抜かれたくせに、どうして婚約解消を拒否したのですか? 言ってることとやってることが矛盾し過ぎでは?」
「っ、そ、それは、ぼ、僕だって少しは反省したんだ」
「反省した割にまっっったく変わりませんわね。殿下に会いたいなんて気持ち、砂の粒程もないので私はこれで失礼します」
「だから待て!」
一々大きな声を出してはジューリアの言い分に反論するジューリオ。空いている手を掴まれるも離せと強く振り払うと怒気が強くなった。皇太子か皇帝に言われて来たのだろうが断固お断りだ。
「少しは僕の話を聞く気にはなれないのか!」
「なれません。聞いたって無駄なのは分かり切ってるから。私は殿下と仲良くする気はありません死んでも御免ですそれで死ねと言うなら喜んで死にますよ貴方と仲良くなるくらいなら死んだ方がマシよ!!」
最後は息継ぎもせずノンストップで言った為早口になってしまうも、言いたい旨は全て言い切った。死んだ方がマシ発言は言い過ぎたかと反省するが、顔を強張らせ絶句するジューリオを見る限りでは効果は覿面だと見た。固い声でヴィルに呼ばれ、向くと難しい表情をされていた。
「ヴィル?」
「ジューリアに死なれたら俺が寂しいんだけど」
「あ、ごめん。言い過ぎたね」
「それくらい皇子様はジューリアにとって嫌なんだね」
「嫌だね。フローラリア家よりも嫌いになってる」
目の前に本人がいるのにこの会話。顔を強張らせ、絶句しているジューリオの顔色は青褪めていき、仕舞いには泣きそうになっていた。
「……そんなに、僕が嫌か、嫌いか、たかが一度の失言で」
「前にも言ったけどね皇子様。皇族なら、たった一度の言葉で国が危機に陥る事だってある。子供だろうが関係ない。自分の一言一言には責任を持たないと。まあ、ジューリアに関しては良い教訓になったと諦めたら?」
「……天使様がジューリアを気に入っているからでしょう?」
「気に入っているよ。俺が元の姿に戻ったら、ジューリアを連れて行くよ。皇子様もフローラリア家もジューリアは要らないでしょう?」
「なっ……」
元は大人で子供姿なのは訳があってのことで元の姿に戻れば天界へ戻ると聞いているジューリオは、連れて行くという意味を即座に理解した。人間であるジューリアを天界へ連れて帰ると判断し、すぐに否定の声を上げた。
本当は人間界を旅するだけで天界へは行かないのだが、普通はそう解釈するかと余計な情報は与えず、駄目だと声を上げるジューリオをジューリアが止めた。
「私は一緒に行きます。ヴィルと約束しているので」
「天使様の気が変わったらどうするんだ! 大体、お前はフローラリア家の長女で僕の婚約者なんだぞ!? 人間なら、人間と一緒にいるのが道理だろうが!」
「何十何百回でも言って差し上げます。最初に私を見捨てたのは、拒絶したのはフローラリア家と貴方ですよ殿下。無能の娘は要らないと捨てたフローラリア家、無能の婚約者は御免だと拒絶した殿下。家族と婚約者に愛情を求める性格じゃないのが幸いして、貴方達と離れても全然寂しくもなんともないのが救いです」
「たったの一度でも、許そうとは思わないのか!?」
「少なくとも、殿下が本心で私に謝りたいと思ってくれるなら少しは考えますよ。どう見ても皇帝陛下や皇太子殿下に言われて嫌々来ているのが丸わかりなんですよ」
「こ、今回は誰にも言われていない。僕の独断で来たんだ」
十人中十人が見ても嫌々なのが丸わかりな顔をして個人の意思で来たと言われても嘘としか捉えられないと指摘をしたら、真っ先に嫌な顔をしたのはジューリアだと言い返された。当たり前だ、会っても文句しか言ってこない相手にご機嫌な顔は見せられない。
「殿下。殿下には私よりメイリンがお似合いです。メイリンは殿下を慕っています。メイリンの婚約者は、他に好きな相手がいるからメイリンとの婚約が解消されても問題はないと前にも言いましたよね。皇帝陛下の狙いがフローラリアの血と癒しの能力なら、メイリンをお勧めします」
それに、と続けた。
「殿下だって自分を慕ってくれる令嬢の方が婚約者でいてほしいでしょう?」
「……ちゃんと反省する。今後は二度とお前を否定するような言葉は言わない。たった一度でいいから、機会をくれ」
深く頭を下げ、懇願するジューリオ。
視線でどうするの? とヴィルに問われたジューリアは困惑としていた。頑なに拒絶しているのに、他に相手だっているのに、しつこくジューリアと和解したいジューリオの魂胆が読めなくて。
前世の糞兄貴共とジューリオは別人ではあるが信じた途端、信用した側を嘲笑う真似をする可能性は否めない。あの糞兄貴共がそうだったから。幸いなのは、その場にいるのが樹里亜の味方たる小菊一家だったり両家の祖父母だったりがいたお陰で兄二人は大目玉を食らっていた。お年玉や誕生日プレゼントをスルーされても懲りなかったのはやはり次兄。
拒否すればジューリアが悪者でジューリオは意固地な婚約者に謝罪を受け入れてもらえなかった可哀想な第二皇子となる。ジューリオがそこまで考えて行動しているかは不明であるが確率的には低い。実行するなら、もっと周りに人がいる時に披露すれば効果覿面。今はジューリア達しかいない。
答えが出ないのに口が開き掛けたその時——甲高い声がジューリアを非難した。
「ジューリオ殿下に何をしているのですかお姉様!!」
何故此処にメイリンが? となるも、ズカズカとやって来るなり吃驚して顔を上げたジューリオを庇うようにジューリアの前に立ち、勢いよく振り上げた手でジューリアの頬を打った。見事命中した為、皮膚を打つ音が大きく響いた。
まさかメイリンに打たれると予想さえしておらず、呆然と痛む頬に触れた。
「メイリン嬢!? 一体何を」
「ジューリオ様申し訳ありません! お姉様の代わりにフローラリア家として謝罪します。皇子殿下であらせられるジューリオ様に頭を下げさせるなんてっ」
「違う、ジューリアは何も悪くない! 僕がジューリアに酷い態度を取ったせいなんだ。謝るのは僕で間違いない」
「何を仰るのです。無能のお姉様に謝ることなんてありません。見捨てられて当然のお姉様にどんな態度を取ったって誰も気にしませんわ」
ただ一人、フローラリア家で変わらないのがメイリン。両親や兄が必死にジューリアとやり直しを希望してもメイリンだけは我を通し続ける。愛されないのも必要とされないのも無能だからだ。膨大な魔力を持とうと扱う術がないのならやはり無能だ。
「……メイリン嬢は…………ジューリアは姉だろう?」
「認めたくありませんが姉です。無能の姉です。お姉様のせいで私やお兄様は何度か恥ずかしい思いをしています。お母様やお父様だってきっとそうです」
「……」
次々に出る妹とは思えないジューリアへの非情な言葉の数々を聞き、顔を青褪め唖然とするジューリオは自分の手を取ったメイリンの手を払い、ふらりとした動きでジューリアに再び頭を下げた。
「ジューリオ様!?」
「ジューリア……悪かった。僕が間違っていた……」
「もしかしてお姉様に何かされて無理矢理謝らされているんですか!? お姉様! ジューリオ様に何をしたのですか! 事と次第によってはお父様に報告しますからね!」
「どうぞご勝手に」
「なっ」
一人だけテンションの高いメイリンの相手をするのは疲れてしまうと判断し、どうにでもなれと言わんばかりに投げやりな言葉をやったジューリアは心配げに頬を見つめるヴィルに苦笑し、もう一度手を繋いだ。
「行こ、ヴィル」
「先に打たれた頬を冷やさないと」
「大丈夫だよ。打たれるのは慣れてるし、公爵様やお母様と比べるとメイリンのは痛くなかった」
「ジューリアがそう言うならいいけど」
「ま、待ってジューリアっ」
ヴィルを促し、必死なジューリオの声を気にせず、声を荒げるメイリンについては完全スルーを決め込んだジューリア。ジューリアが気にしないのなら、と渋々応じたヴィルは空を飛ぶ……筈だったのに銀色の頭に手が置かれた。遠くから様子を眺めていたネルヴァが呆れ顔でジューリアの頬に触れ、銀色の暖かい光をジューリアの頬に当て痛みを消した。
「痛くない……」
「それは良かった。第三者が介入するのもどうかと思って眺めていたんだが……」
銀色の瞳が無感情にメイリンを見やった。作り物のような冷たい瞳に見られ、短い悲鳴を上げたメイリンの体が大きく震え出す。
「おイタが過ぎたね。お嬢さんの妹に上手に化けたつもりなんだろうが……やり過ぎだ」
化けた?
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