知られた
琥珀色の手入れが行き届いた艶やかな髪。
大きくてパッチリとした金色の瞳。
華奢なのに胸は大きく、誰が見てもほぼ美少女と答える女性と顔を合わせ、美男美女に目がない面食いジューリアは興奮した面持ちで横で呆れているヴィルの腕を掴んだ。
「ヴィル! やっぱり美少女だよ美少女!」
「何度も言わなくたって聞こえてる」
「だって、前世でこんな美少女を間近で見る機会なんて殆どなかったもん」
「ジューリアの面食いってどこから来てるの?」
「友達の影響かな」
小菊程ではないが他にも親しい友人はいた。
その中の一人が大の乙女ゲーム好きでよく樹里亜にお勧め且つ初心者でもプレイし易い種類を教えてくれた。乙女ゲームに登場する攻略対象者達は全員美形だ。中にはイケおじだっていた。また、女性キャラクターも大体美女か美少女として描かれている。
ヴィルに乙女ゲームと言っても伝わらないので美形がよく登場する物語を友達に勧めてもらったのが始まりだと話した。
今朝早くから大教会に来たネルヴァは、朝食を食べるジューリア達三人を横目に司祭に本当に挨拶をしていた。昨日の祝福の話は当然司祭の耳にも入っていてずっと恐縮していた。
朝食が終わったら大教会の周辺に設置されている長椅子で待機させられ、姿を消したネルヴァがリシェルを連れて現れた。
「リシェル嬢。この子が私の言っていた変わった人間の女の子だよ。それと小さい方が弟のヴィルで……」
微笑みの眼差しから呆れの眼差しに変わったネルヴァの視線の先には、長椅子の後ろに隠れてネルヴァを窺うヨハネスがいる。
「そこに隠れているのが甥っ子」
「ね、ねえネルヴァ伯父さん、その子魔族なんだよ? 一緒にいるのはおかしいよ!」
「魔族の王様に熾天使の撃退を頼んだお前にだけは言われたくない」
第三者からするとどっちもどっちな気がしないでもない。
「リシェル=ベルンシュタインです」
魔界の公爵令嬢とあって挨拶の動作も完璧。マナーに厳しい講師でもケチの付け所がない。
まだ自分も自己紹介をしていなかったとリシェルを見て思い出したジューリアは、長椅子から降りると同じように挨拶を披露した。
「ジューリア=フローラリアです。……ヴィル、美少女って目の保養になるんだよ? ほら」
「はいはい。高位魔族は魔力量が総じて強い奴等ばかりだから、魔力によって容姿が綺麗になるならそりゃあ美少女になるでしょう」
念願の美少女リシェルに会えた興奮は未だ消えず、自己紹介をしたらヴィルに共感してもらおうと話を振るジューリア。ヴィルの方は慣れてしまったらしく、適当に相手をするのみ。但し、ジューリアの隣からは退こうとしない。
リシェルの方は、予めネルヴァから話を聞いていたが自分の目から見ても変わった人間の女の子だと見る。黄金の髪に青緑の瞳の可愛い女の子。陽の光が当たると反射してキラキラと輝いて見え、海面を彷彿とさせ、つい見入ってしまう。リシェルを美少女美少女と連呼するがジューリアも十分美少女だ。
呆れながらも微笑ましく二人を見つめるネルヴァの手をそっと握り、怪訝そうな色を浮かべる銀瞳に問うた。
「ネロさんの弟さんとジューリアさん、知り合ってまだ間もないってネロさんは言っていたけれどとてもそんな風には見えない」
「私も同感。余程二人の相性が良いのだろうね」
「変わった人間ってネロさんは言うけど何処が変わっているの?」
人目見て変わった部分はない。美男美女にやけに食いつく以外は普通の人間の女の子。
「彼女は『異邦人』なんだ」
「『異邦人』?」
初めて耳にする言葉。どんな意味を持つのかと問うたリシェルに答えたのはネルヴァではなく、当の本人だ。
「前世の記憶があるの。ジューリア=フローラリアになる前のね」
「前世……どんな前世だったか聞いてもいい?」
「全然楽しくないよ? 家族運無さ過ぎてまあまあ悲惨だし、今世は幸せかって聞かれるとそうでもないから」
『異邦人』は前世不運だった人が転生した先では幸運となっているのが通常。ジューリアの場合で言うと家族に恵まれなかったのが前世なら、今世は家族に恵まれ幸せに暮らせる筈だった。
しかし幸せだったのは七歳の時の魔力判定迄。以降は、魔力しか取り柄のない無能の烙印を押され家族や周囲から冷遇を受けていた。前世の記憶を持っているお陰でさっさと縁切りして帝国から出て行くのが目標。ヴィルが元の姿になったら直ぐにでも出発したいくらいだと聞かされたリシェルは話を呑み込むとある旨を訊ねた。
「魔法が使えないの?」
「今は使えるよ。ヴィルが使えるようにしてくれた」
「その『異邦人』だったせい?」
「ある意味そうかも。でも『異邦人』で良かったって思うよ。もしも、前世の記憶がなかったら、今更になってやり直したいだのって謝るフローラリア家を受け入れていたと思うもん。絶対許さないって決めてるから今後も許す気はない」
やり直したいと願うようになった訳についてもある意味ではヴィルが関わっている。家庭教師ミリアムと侍女セレーネから受けていた仕打ちを知った両親や兄の反応は今更過ぎてジューリアの心には響かなかった。
「……」
見た目に反して一度切った相手は二度と受け入れない確固たる意志を持つジューリアを意外そうに見つめ、軈てネルヴァに向いたリシェル。自分にも彼女のような意志があれば、元婚約者ともっと早く決別出来ていたのではと思い抱いてしまった。
「今、君が何を考えているか当ててあげようか?」
「ううん。私自身がよく分かってる。私だったら……きっと無理だった」
ネルヴァの腕に頭を預け、何やら話をしているリシェルから欠伸を噛み殺すヴィルへ相手を変えたジューリアは「この後どうしようっか?」と問うた。
「あの魔族に魔法の練習に付き合ってもらうんでしょう?」
「そうなんだけど……」
気にしているのはリシェル。ビアンカの名前を彼女の前で出すのは如何なものなのかと心配してしまう。
「魔族の事情なんて俺にしたらどうでもいい」
「それを言われるとねえ……」
神族の尤もらしい台詞にも困った。どうするか悩み、思い付いたのかヴィルの手を取って長椅子から降りた。
「宿に行って魔法の練習に付き合ってもらうよ。ヴィルも行こうよ。側で私が上達してるか見てて」
「はいはい」
「魔法の練習?」
「魔法の練習?」
同じ言葉を違う声が同時に紡いだ。
一人はリシェル。
もう一人は……嫌な予感を抱きつつ、振り向いた先にいた相手はジューリオ。側にはいつもの従者。
驚愕に見開かれる翡翠の宝石眼。
最も聞かれてはならない相手に聞かれてしまい、内心絶叫するジューリア。
どう誤魔化すかと思考を巡らせた直後、大股で距離を詰めたジューリオが目の前に立った。
「魔法の練習って……魔法が使えないんじゃなかったのか?」
「……天使様が魔法を使えるようにしてくれました」
バレずに帝国を出て行きたかったが下手に誤魔化すよりか、此処は正直に白状する選択を取った。ジューリアの返事に更に驚かれる。
「どうして今まで言わなかったんだっ、お前が魔法を使えるようになっていると知れば公爵達だってお前を認めるのに。ぼ、僕も——」
「絶対お断りですよ。今更、フローラリア家や貴方に認められて嬉しくもない」
ジューリオに続きは言わせまいとジューリアは零度の声で徹底拒否の言葉を紡いだのだった。
読んでいただきありがとうございます。