リゼルが思い出したとある話
「難しいねえ〜」
後天的に神力を上げる方法がない以上、やはりアンドリューは神の座に就けない。
このままヨハネスが戻らず、アンドリューが神の代理を続行した場合、天界がどうなるかをネルヴァに訊ねた。神力の弱い神族が神の座に就いていると天界を覆う結界が弱まり、人間界から帰還した天使を浄化する力も弱まると話された。
魔界の王が魔力至上主義なのは、天使の襲撃から守る結界を魔界全土に展開する為には強力な魔力が不可欠だからだ。
「そういえば、さっきヴィルが外法があるって言ったでしょう。あれってどういう意味?」
「そのままの意味。神族が力を得るには、純粋な人間の魂を食らえばいい。そうだな……人間の身に秘める魔力が強ければ強くて、且つ、純粋な魂であればある程神族や天使が食らうと力が増す」
「ええ……」
まさかの返答にドン引きしたら、だから外法なんだと淡々と話された。
「魔族や人間より、神族の方が物騒」
「否定はしない」
「これからどうしようっか。また、強い天使が来るなら撃退しなきゃだけど根本的な解決にはならないもんね」
最も迅速に安全に解決する方法は、ヨハネスが自ら天界に戻るという選択のみ。口にしたところで本人から出されるのは断固拒否の言葉のみ。ヨハネスが駄目ならネルヴァ、となりたくても此方も既に隠居した身だからと拒否。
人間からすると最も尊き存在たる神が実はこんなのと知ると純粋に信仰するのが馬鹿らしくなってしまうので今後も知られないよう気を付けてもらいたい。
「ヨハネスが天界に戻ったら即解決だよ」
「僕絶対嫌だからね!!?」
「はいはい分かってるよ」
「父さんがこのままずっと代理でいたらいいじゃんか! 神力がネルヴァ伯父さん達より弱くても、分家が手を貸せばいいだけだろう」
一人では無理でも、分家筋の神族の力を借りながらなら神の座に就ける筈とヨハネスは自信無さげに発言。
「どう? ヴィル」
「どうだか。プライドの高い眼鏡が分家の神族の力を借りるとは到底思えない」
「もしも本家筋だったら?」
「おれやイヴが力を貸すって? 絶対ない」
「そっか」
分家はアンドリューが駄目で、本家はヴィルとイヴが駄目。
どれだけ考えを提示しても色々な理由で悉く却下されていく。
「神の代理については、取り敢えず置こうか」とはネルヴァの台詞。最も優先すべき事柄は、独断で決定された悪魔狩りの再追試。天界への扉が閉ざされた状態での悪魔狩りは、大量の堕天使を生む危険性が非常に大きい。以前ネルヴァがルールを破った天使を大量に黒焦げにしたお陰で天界は天使不足が問題となっている。
ジューリアが天使になる条件を訊ねた。学校のようなものがあるかと予想していると「あるよ」と答えられる。
「家格や階級が釣り合う相手と婚姻するのが一般的でね。生まれた子は、十三歳から十八歳まで養成所に通って、十八歳の最終試験を合格すれば見事天使の仲間入りさ。養成所に在籍している間は天使見習いとでも言っておこう」
「天使の成長速度と神族の成長速度は違うの?」
「遅いのは神族だけ。天使は人間とほぼ同じだよ」
別格なのはやはり神族。悪魔狩りは、いわば天使見習いから天使になった若者が悪魔との戦い方を知る為の試験でもある。経験を積ませる事で力を付けさせ強い天使になるように。
「ね、ねえ、ネルヴァ伯父さんに協力してる主天使から父さんに止めるよう言えないの?」
「言える訳ないだろう。アンドリューが天使の忠告を聞いたら、誰も苦労はしていない。現にミカエル君が説得しても駄目だったから、彼は今監視下に置かれているんだ」
ミカエル経由でヴィルに天界の実情が知られれば、当然ネルヴァに話がいく。ネルヴァに知られたくないアンドリューの考えはミカエルを監視下に置く事で情報を制限しているつもりなのだ。
アンドリューの説得も悪魔狩りの再追試中止策も浮かばないままで話は終わった。
はあ、と面倒くさげに息を吐き背凭れに体を預けたヴィルの隣、ジューリアはとある旨を訊ねた。
「悪魔狩りの再追試が始まったら魔王さんやビアンカさん危ないよね」
「どうだろう。魔王はあんなんでも強いし、もう一人の方も元々高位貴族の令嬢だったんだからある程度の魔法くらい使えるだろうさ」
「悪魔狩りのついでに甥っ子さんを連れ戻せって命令されると思う?」
「あー……あるかも」
「え!?」と驚愕の声を上げたのはヨハネス。ジューリアの言い分には一理あった。強い天使が単身ヨハネスを連れ戻すべく現れるより、弱くとも大勢の天使が連れ戻す方が分配は僅かでも上がる。
肝心の強い天使については、明確な情報を得てから対策を考えるとなった。ネルヴァやヴィルが予想している相手なら、最悪ネルヴァか魔王でないと歯が立たない。
「気になる事はまだある。皇族が保管しているブルーダイヤモンドから誰が天使の祝福を奪ったかだ」
ネルヴァの冷静な声色は即話題を変えるのに十分な効果があり、さあ? と肩を竦めたヴィルは「少なくとも」と発した。
「相当な実力者だろうけど余程の馬鹿なのか、天使の祝福が欲しかったのどちらかだろうね」
「余程の馬鹿って?」
「天使の祝福を奪ったって事は、天使の力が必要な状況に陥っているって事。たとえば、悪魔に呪いを掛けられた、とかね。悪魔の呪いを人間が解呪するのは不可能に近い。強い天使の祝福なら悪魔の呪いを消せる。まあ、これは後者の考え。前者は――言葉通り、考えなしの馬鹿って意味」
「目的もなく奪ったって意味?」
「そう。皇族が厳重に保管する宝物庫に入れる時点で強いのは解り切ってる。偶然見つけたブルーダイヤモンドに天使の祝福が掛けられているから、珍しくて祝福を奪ったのならただの阿呆だ」
曰く、目的もなく天使の祝福を奪えば人間の身であれば、清く強い祝福は逆に呪いとなってしまい、碌な目に遭っていない。というのがヴィルの考え。
祝福も度が過ぎれば呪いになる。また、誰かにとっては祝福でも誰かにとっては呪いにもなれる。
力加減が難しく、少しでも調整を間違えると大惨事を招く恐れがあるのが祝福。
聞いてるだけで寒気がしたとジューリアは二の腕を擦りつつ、さっきネルヴァが帝国に掛けた祝福は大丈夫なのかと心配になった。一応訊ねると少々不満げにされるも大丈夫だと返された。
「ほんの少し、帝国にいる人間達の幸運度を上げただけだから、大した影響はない。安心しなさい」
「う、うん」
「それよりもさっきのヴィルの考え。どちらも当たってほしくないけれど、前者は当たってほしくないね。馬鹿を相手にするのは骨が折れるから」
「探し出す方法ってありますか?」
「それについては、帝国側が捜索中だから私からはなんとも。一応、調査が終わったら報告を寄越すようには言ってある」
ブルーダイヤモンドの祝福を奪った犯人についての話も一旦終わり。
次の話題に入りかかった時、光を纏った蝶がひらり、ひらりとネルヴァの元へ舞い降りた。左人差し指の先に蝶を乗せるとネルヴァの瞳がジューリアへと差し向けられた。
「?」と首を傾げていると「分かった」とネルヴァは通信蝶を宙へ放ち、連絡の相手はエルネストで魔界にいるリゼルからとある話を聞かされたと伝えられる。
「君に魔法を教えていた魔族の彼女、彼女の実家が没落しているのは知ってる?」
「知ってる。魔王さんから大体の話は聞いたよ」
「なら話は早い。生前、彼女の父親はとある人間の女の子に目を付けていたんだ。人間なのに高位魔族も凌駕する強い魔力を持ちながらも、何故か家族から疎まれて部屋の結界を薄くされていたみたいでね」
「……うん?」
何故だろう、どこかで聞き覚えのある特徴だ。続きを聞こうとジューリアは口を挟まず黙って耳を傾ける。
「そこで父親は、中位から上位に値する配下の魔族に命令を下した。その人間の女の子を殺して肉体を魔界へ持ち帰るように」
「それで?」とヴィル。
「任務の為の潜伏中に父親は一族もろともリゼ君に滅ぼされ、配下の魔族はこれ幸いとばかりに自分が人間の女の子を殺して魔力を奪おうと考えたらしい。……ここまで話して心当たりはある?」
綺麗な銀瞳には、人間の女の子がジューリアで一族もろとも滅ぼされた父親がビアンカの父という事にジューリアが既に気付いていると理解していた。解していて態と聞いてきたのだ。
「趣味悪っ!」
「酷いなあ。私は訊ねただけじゃないか」
「どう見ても知ってて聞いてきた顔だったもん」
「それは失敬。で、実際は?」
「絶対私ですよそれ。……そっか……ビアンカさん家の父親に……」
ジューリアからすれば会った時から天涯孤独なビアンカは、自分にとって害のある魔族じゃない。フローラリア邸の穴を狙って屋敷に潜入し、絶好の機会でジューリア殺害を企てていた魔族の敗因はヴィルやミカエルがいた点。
「魔族は血肉から魔力を奪える。家族に疎まれ、使用人にも散々な扱いをされていたジューリアなら消えても騒がれないと判断したんだろうね」
「ヴィル達がいてくれて良かった。だけど、補佐官さんが連絡を寄越したのはどうして? 聞かされてもビアンカさんの実家は、ビアンカさん以外全滅してるなら話す意味ないと思うけど」
真意は本人のみぞ知ると言うがネルヴァはある程度の予想は読めるが大した理由じゃないからと話を終わらせた。
小さく欠伸をしたジューリアは、何気なく外を見た。空が朱色に染まり始めている。そろそろ大教会に帰る時間。ヴィルに向き、大教会へ帰ろうと促す。ジューリアの言葉に頷いたヴィルと同時に椅子から降りると二人の視線はヨハネスへ移った。
一緒に帰りたそうな顔をしているが怯えた銀瞳はネルヴァへ注がれている。視線を受けるネルヴァは仕方ないと溜め息を吐き一緒に帰るよう紡いだ。
「ただし」と最後に付けて。
「明日は私が大教会へ行こう。ヴィルやヨハネスが世話になっているから、大教会の責任者にお礼を言わないとね」
「あー……あの、大教会の司祭様には兄者が前神だなんて言わないでね。高齢だし吃驚させるのは可哀想だから」
「はいはい」
実際、ヴィルが神族だと司祭は知っており、ネルヴァが前神だと言えば高確率で腰を抜かしてしまう恐れがある。
「じゃあ、帰ろっか、ヴィル」
「うん」
「甥っ子さんも帰ろう」
「お、伯父さんは何時まで帝国にいるの?」
ヴィルとは手を繋ぎ、恐る恐ると此方へ来たヨハネスはやはりそっとネルヴァに問う。天界に帰りたくないヨハネスからするとネルヴァの帝国滞在期間は大変気になるところ。考える素振りも見せず無期限だと放ったネルヴァに短い悲鳴を上げつつも、トボトボとジューリアとヴィルの後を追ってサロンを出て行った。
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