皇帝の狙い
台風が過ぎ去ると気分を直そうと給仕を呼び、パンケーキ二枚にトッピングで生クリームとミックスベリージャム、アイスティーとロールクッキーを注文した。
「食べ過ぎじゃない?」とヴィル。
「殿下に会ってお腹減った」
「皇子様の顔を見た苛立ちで食欲が増しただけだよ」
繰り返すと太ると指摘され、うっと言葉を詰まらせたジューリアはパンケーキ一枚をヴィルにあげて半分に減らす事に。ネルヴァが去って緊張が解けたヨハネスが「僕が欲しい!」と声を上げたので、結局半分はヨハネスの胃袋へ消える方向となった。
注文した品を待つ間、先に来たアイスティーで喉を潤す。ふう、と一息吐く。
「さっきの貴女の婚約者」と次はビアンカ。
「随分と貴女にご執心ね」
「皇帝陛下や皇太子殿下にやいやい言われて意地になってるだけですよ。無能の令嬢なんてこっちから御免だ! 最初に言ったのは殿下なので、私は絶対に仲良くなんてなりませんよ」
「好きにすれば良いわよ。ただ、貴女が言っていた割に貴女にご執心に見えたから聞いただけよ」
「私からメイリンに婚約が変わっても周りは誰も何も言いませんよ」
無能の令嬢を押し付けられた可哀想な皇子から、将来癒しの女神と期待されるメイリンが婚約者になる方が皇家としても鼻が高いだろうに。しつこく拘る皇帝や皇太子の意図がまるで読めない。政略結婚は個人の意思でどうにかなるものではないとジューリアとて承知の上、である。ジューリア以上に価値のあるメイリンがいるのなら、尚更メイリンが第二皇子妃となるのが相応しい。
紅茶を飲み続けるヴィル曰く、一緒に城へ行った兄者が聞いて来るだろうと言う。
「そうなら嬉しいな」
「後、皇子様がジューリアを嫌っているのにジューリアが気になって仕方ないのは、魔族に体を乗っ取られた時に最初に見たジューリアが忘れられないからだって」
「どういうこと?」
中位の魔族に体を乗っ取られ、大天使ミカエルやヴィルのお陰で意識を取り戻したジューリオが最初に見たのが、心配そうに顔を覗き込むジューリアで。太陽に照らされ輝く海面の如き青緑の瞳がきっとジューリオが見た中で一番綺麗だったから、その美しさが忘れられないからジューリアにご執心。というのがジュ—リオの心の声を読んだヴィルの見解。
口を開けてポカンとするジューリアだが、すぐに半眼になり小さく溜め息を吐いた。
「何それ。誰だって、魔族に体を乗っ取られた殿下を心配するわよ」
「まあ、それが普通だね。ただ、皇子様の場合は目が覚めて最初に見たジューリアが忘れられないみたいだよ」
「だとしても、私は絶対にいや! 一切仲良くなりたい気持ちなんて湧かない!」
皇族なら、表面上だけでも仲良くする振りをすれば良かったものを、馬鹿正直に嫌悪を露わにするから後の祭りとなるのだ。
「お待たせしました。パンケーキとトッピングの生クリームとミックスベリージャム、ロールクッキーです」
「やったー!」
待ちに待ったパンケーキやプレッツェルが届くとジューリアは早速ロールクッキーをアイスティーに入れた。
転生して知ったがこの世界にストローはない。素材が何か知っていても製造方法を知らない上、一般的な飲み方がグラスに口を付けて飲む、なのでストローは然程重要視しなかった。
メニュー表を見た際、次男に川へ突き飛ばされる数日前に小菊と動画配信を視聴し、外国ではストローの代わりに使うロールクッキーが販売されており、珈琲とだとフニャフニャになったロールクッキーを同時に食べてしまえる。
珈琲は砂糖、ミルク入りかカフェラテやカプチーノでないと飲めないジューリアは今回紅茶で試す事に。
ストロー代わりにしたロールクッキーでアイスティーを吸い込んだ。珍妙な物を見る視線がジューリアに多く刺さるが気にしない。
「変わった飲み方。それをストロー代わりに飲むなんて初めて見た」
「え? あるの?」
「天界にはあるよ。人間界では見ない」
天界にあって、人間界にないのなら、魔界はどうなのかと魔王を見たらあると言われ、人間界にだけ無いのは何故となってしまった。
●〇●〇●〇
帝都の象徴とも言うべき城内へジューリオの案内の許で入り、すぐさま皇帝か皇太子を呼ぶよう命じられた魔法士達は消え、残ったのは俯いたままのジューリオと壁に凭れるネルヴァの二人。
「ねえ皇子様」と呼び掛けるとジューリオの肩がビクリと跳ねた。
「私から言ってあげるよ。今の無能の婚約者より、癒しの女神となる妹の方が良いと」
「ぼ、僕は……」
「君の考えは間違っていない。誰だって、明らかに無能と判る相手を生涯の伴侶に選ばれて良い気分になる筈がないのだから」
「……」
今は心を読む力を停止させており、ジューリオの心は読めない。
読めなくても見ているだけで何を思っているかは大体把握可能だ。
「どうしたの? 落ち込む必要はないじゃないか」
「いえ……でも……天使様はどうしてそこまでジューリアを気に入っているのですか」
「気になるなら、ヴィルに聞いたらいい。きっと教えてくれるよ」
上げた顔をまた俯かせたジューリオはその状態でぽつりぽつりと言葉を零していった。
「ジューリアだって……少しくらい、許してくれたって良いと思いませんか?」
「本人に言えば良い。きっと、更に君が嫌われるだけで終わるだろうけど」
「皇族だって……人間なんです。一度の失敗で」
「国を統べる君達皇族の一度の失敗で、国に生きる民に危険が迫ったとしてだ、さっきと同じ台詞を言える?」
「それは……」
口を噤み、言葉が出ないのはネルヴァの言っている言葉が当たっているからで。ジューリアの為人を決めるのは初対面ではなく、何度か交流を持ってからでも遅くは無かったのに、早まった行動をして後悔しているのが今のジューリオ。俯き加減が更に増し、首がしんどくないのかと見ていると慌ただしい足音が届いた。ネルヴァが前を向くと魔法士達を連れた皇帝が慌てて此方へ来ていた。近くまで来ると足を止め、俯いているジューリオを一瞥した後ネルヴァに頭を垂れた。
「事情は魔法士達から聞きました。天使様達の前で大変無礼な姿をお見せしたと……」
「私は良いよ。弟や甥っ子も然程気にしていないから。この子の婚約者のあのご令嬢、私の弟にあげてくれないかい? 私の弟はあの子にご執心な様でね。この子は、あのご令嬢を嫌っているし、同じ家から皇子妃を取りたいなら妹がいるとも聞いたしね」
「いや……ですがメイリン嬢には、既に婚約者が決められておりまして」
「あのご令嬢曰く、妹にはまだ誰が婚約者か知らされていないそうだよ。妹の婚約者には、他に好きな相手がいるから解消されても困らないと」
「ふむ……」
恐らく皇帝は先程の祝福がネルヴァだと薄々感付いている。口にはせずとも、見目から神々しい雰囲気を醸し出すネルヴァがあの二人の天使以上の力を持つと勘に近い自信があった。
「一つ聞くけど何故無能の娘を皇子妃に? 普通に考えて妹の方を婚約者にしていたら、この子も苦労しなかったろう」
「メイリン嬢には、親類から婚約者を選ぶと以前から公爵に聞かされていました。ジューリア嬢の魔力量は恐らく帝国一。たとえ魔法や癒しの能力を使えずともジューリア嬢の魔力にはそれだけで価値があります」
「なるほど。皇族の血にフローラリアの癒しの能力とあの子の譲りの魔力、そして皇族の持つ魔力を合わせれば確かに非常に強い魔力を持ち、尚且つ癒しの能力を持つ皇族が誕生する」
これが狙いか、と内心呟き、俯いていたジューリオが顔を上げたので何を言うのかと待ってみた。
「ち……陛下」
「なんだ?」
「僕……僕は……――ジューリアと婚約解消を……」
したい、と言うのが予想。そろそろヴィル達の所へ戻るかとネルヴァが背を向けた瞬間、ジューリオが発したのは――
「ジューリアと婚約解消したく、ありません!」
――え?
目を丸くしてポカンとしながらジューリオに振り向いたネルヴァ。皇帝や魔法士達も然り。
戻るのが遅くなるな……と内心嘆息したネルヴァである。
その頃魔界では。
「思い出した」
ノアールへのプレゼントを探しに人間界へ降りている魔王エルネストに代わって執務を熟すリゼルが不意に声を発した。エルネストが知らせる魔法が使えない魔力が豊富な人間の子供。何故か知っている気がしていたリゼルは、エルネストからの連絡を通信蝶で聞き終わった直後思い出した。
「アメティスタ家が強大な魔力を持つ人間の子供を自分の娘の魔力増強の為だと抜かして生け捕りにする計画を立てていたな」
相手は帝国の名家フローラリア家の長女。長女の部屋だけ結界を薄くしているから、何時でも捕らえて魔力を奪えると豪語していたのを耳障りだとリゼルがアメティスタ公爵を半殺しにした。
帝国にひっそりと住む悪魔は多い。アメティスタ家がそんな真似をすれば、天使に察知され帝国への出入りや行動を制限される。
現在アメティスタ家の生き残りはビアンカと記憶を消して適当な場所に捨てた末っ子のみ。どちらもその計画を知らない。リゼルも報せる気はない。
「しかし、また悪魔狩の追試が行われるとはな」
事情をエルネストやネルヴァからは聞いてはいてもリゼルにしたら馬鹿らしい、という言葉しか出ない。
「最悪、人間界にいる天使共は全滅するだろうな」
堕天使にでもなってくれるなら、机に座って書類仕事しかしていないリゼルの運動不足解消の手助けとなる。




