樹里亜の家族②
数日経ったある日、樹里亜の一番上の兄である長男は樹里亜が入院している病院へと来ていた。関係者以外面会謝絶状態が続いており、毎日小菊一家や両家の祖父母が交代で見守っている。其処へ自分が入る資格がないのは分かっていても心配で来てしまった。
ロビーに入り、エスカレーターへ行こうとした時だ、後ろから声を掛けられた。
振り返ると小菊の兄――大成がいた。
「どうしたんですか、病院なんて」
「あ……いや……」
大成は弟と同じ年齢で同じ大学に通っている。樹里亜の事もあり長男は少し交流があった。と言っても、樹里亜を虐める最低野郎という認識しか持たれていないのは自覚していた。
罰が悪そうに目を逸らすと大成は察したのか、はあ、と溜息を吐かれた。
「今、樹里亜ちゃんのお祖母さん達が来ているから、行かない方が良いですよ。以前親父さんが来た時、俺のお袋と小菊が追い出していたから、貴方が行っても同じですよ」
「少し顔を見るくらいお祖母ちゃん達だって許してくれる」
「どうだか」
両家の祖父母が見捨てているのは樹里亜を川に突き飛ばし、意識不明の重体に追い込んだ弟や警察に嘘の証言をして弟を逮捕させなかった父であって、自分はまだ見捨てられていないと語る長男を見る大成の目は冷やかだ。
「ところで何で顔を見に来たんですか?」
「は? 何言ってんだ。妹の顔を兄貴が見に来て何が……」
「樹里亜ちゃんを妹だと思ってたんですか? 人前でも平気で樹里亜ちゃんに暴言吐いたり、正人が樹里亜ちゃんを殴ったり蹴ったりした時二人揃って大笑いしていた人が」
「な、い、いや、それは」
今でこそ長男は樹里亜をいない者扱いをしていたが昔は弟――正人と一緒になって樹里亜に暴力を振るっていた。父親からやり過ぎだと叱られてから長男は暴力は止めた。正人だけは何故か意地になっていたのか、服の下で見えない場所に暴力を振るい続けた。
「わ、悪かったと思ってるんだ。樹里亜が目覚めたら真っ先に謝りたいんだ」
「それ貴方の都合でしょう? 樹里亜ちゃんは断固お断りだと思いますよ。貴方や正人みたいなのが兄で、貴方達二人を叱りもしないどころか守る父親を持って家族って何か分からないってよく言ってましたよ」
「……」
「俺も同意見ですよ。俺の親戚に貴方達と同じ境遇の人がいます」
その親戚は、息子が二人娘が一人いるが、妻は娘を出産して亡くしている。
「違うのは、貴方達と違って娘さんに深い愛情を注いでいるってとこですかね」
「何が言いたいっ」
「奥さんが亡くなったのは娘を産んだから。唯一の違いは、奥さんが出来なかった、見れなかった娘の成長を代わりに見届け、立派に育てると親戚は毎日張り切って生活を送ってる。息子二人も一緒ですよ。歳も貴方や正人と同じ」
同じなのに、違う。
「なんと言うか……樹里亜ちゃんのお袋さん、絶対貴方達を恨んでますよ」
「何で」
「そりゃあそうでしょう。絶対に守り育ててくれると信じてた夫や妹を大切にしてくれると信じてた息子達が揃いも揃って妹を虐めてるんだ。俺だったら絶対に恨んでる」
「――」
考えもしなかったと絶句する長男。一番無念なのは、生きて樹里亜の成長を見届けられなかった母だ。母を殺したとずっと思い続けていた長男にとっては衝撃的な言葉。であるが大成からしたら今更過ぎて掛ける言葉がない。
「そういえば正義さん。彼女と婚約したんですよね。前に樹里亜ちゃんが言ってました」
「……それがなんだ。彼女に俺が今まで樹里亜にしてきた事をばらすつもりか?」
「いえ。というか、人に聞かれたら軽蔑される自覚はあったんですね」
「っ!」
図星ではあるが苛立ちが募る。大成に何が言いたいのかとハッキリ言えと苛立ち気に話したら、以前樹里亜に彼女と顔合わせをする日の時は仲良しな兄妹を演じろと話した件を持ち出された。
「お前は妹じゃないと常々言ってるクソ兄貴が恋人の前だけ仲良しアピールをしたいって言われて吐きそうになったと、樹里亜ちゃん言ってましたよ」
「……」
「俺も同意見。貴方、自分を樹里亜ちゃんの位置に立たせてみてよ。――今更何言ってるクソ野郎、って絶対思いますよ」
大成が言っている言葉はどれも正義の心に深く突き刺さる。何故あの時そんな話を樹里亜にしたのか。
ああ……彼女には、自分には大事な弟と妹がいると自慢していた。彼女も長女だから気持ちが分かるとそれで意気投合した。
目の前が暗くなる。どうして自分は、自分だけでも樹里亜の味方をしなかったのだろう。
呆然とする正義の横を通り過ぎる間際、大成に「病室に行っても良いですけど、お祖母さん達に何かされても俺は何もしませんよ。正義さんが正人に泣かされる樹里亜ちゃんを見ていただけのようにね」と告げられた。
振り向くと大成はエスカレーターに乗って上へ行く。正義は……ただそこに立っているだけだった。
――エスカレーターから離れ、病室へ行く前に先に手洗いを済ませようと歩く大成は今更感が強い正義に呆れしか感じなかった。正人は病室に顔を出したら警察へ突き出すと両家の祖父母に脅され一度も来ていない。
機会を見て、正人が樹里亜を川に突き飛ばし意識不明の重体に追い込んだと警察に証言する。無論、息子の将来を考え嘘の証言をした父親も只では済まない。そうなれば正義の婚約も破棄となる。
「樹里亜ちゃん……」
目を覚まして、また小菊と一緒に遊ぼうと誘いたい。
だが、樹里亜を虐げ続けたクソトリオがいる世界では、目を覚まさない方が幸せなのかもしれない。
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