何時までも縮まらない
『私にとっての王子様はヴィルよ』
人間と天使。異種族がずっと一緒に、仲良くいられる訳がないのに、屈託のない笑みを天使様にだけ見せるジューリアが憎たらしい。一緒に湧き上がるのは途方もない渇望。悪魔に取り憑かれ、意識を取り戻して最初に見た空と海を思わせる青緑の瞳。心配そうに顔を覗くジューリアを初めてまともに見た瞬間でもあった。皇后主催のお茶会で天使様二人と同席し、他に目もやらないジューリアを遠くから視線をやるジューリオ。今目の前で必死に話し掛けて来るのはジューリアの妹メイリン。黄金の髪とジューリアやフローラリア公爵夫人よりも濃い青の瞳の少女で将来癒しの女神と名高い。
頬を赤く染め、好意を見せるメイリンに悪い気はしない。けれどジューリオが気になって仕方ないのはジューリア。スイーツには手を付けず、小さな天使様と紅茶だけを飲んでいて、時折大きな天使様に苦笑しつつも小さな天使様と微笑み合うジューリアを遠い目で見つめてしまう。
「ジューリオ様!」
「え? あ、ああ」
メイリンの強い呼びかけでハッとなったジューリオ。前を向くと少し頬を膨らませたメイリンがいた。
「先程から上の空ですがどうされました?」
「え、ああ、天使様が気になって」
そう言うとメイリンの青の瞳は特等席へと向けられた。
「小さな天使様はかなりお姉様を気に入っておいでですから」
「ジューリアは天使様と普段どんな事をするの?」
「さあ。お姉様は今大教会で暮らしていますし、連絡も寄越さないので殆ど知りません」
「……」
次期公爵で優秀な長男、将来癒しの女神になると名高い次女がいれば、魔力しか取り柄のない長女は不要。現にジューリオが知っている限り、お茶会やパーティーにジューリアが参加した形跡は殆どない。名門貴族フローラリア家でも無能は冷遇される。貴族は血筋は勿論、実力主義な一面を持つ。フローラリア家の女性なら必ず使える癒しの能力さえ使えないジューリアが不遇な扱いを受けるのは運命だった。
最近になってフローラリア当主夫妻がジューリアとの関係を改善しようと動いているのも知っている。グラースの方もジューリアとやり直そうと歩み寄ろうとしている。
肝心の本人にその気がないのなら、彼等がどれだけ努力しようと無意味に終わる。
ふと、メイリンはやり直しをしたいのか、そうでないのか気になった。
「メイリン嬢は」
「はい!」
「メイリン嬢は、ご両親や兄君のようにジューリアとやり直したい?」
満面の笑みで返事をしたのも束の間、上記の問いを出したらあからさまに不満げな顔をされた。してはいけない質問だったかと焦るとメイリンは「いいえ」と言い放った。
「お姉様が無能なのは事実です。わたしよりも強い魔力を持っているのに、魔法も癒しの能力も使えないなんてフローラリア家の資格がありません」
「原因はまだ分からないのだったか?」
「お父様達は他国にも手を伸ばして調べたそうですが分からなかったみたいですよ。だから、お姉様は無能と判断してお父様達はお姉様を見捨てました」
「メイリン嬢は……ジューリアが可哀想だと思った?」
「お姉様が小さい頃は体が弱くて、お父様達は過保護にしてましたから、無駄に終わったのだと落ち込んでいられたので全く」
「そう……か」
「それよりジューリオ様! わたしこの前——」
ジューリアから聞いた話と大差ない。いや、第三者の目線から語るメイリンから聞くと悪い方に聞こえる。
魔力しか取り柄のない無能と婚約を結ばれ、荒れた自分の心をぶつけるように顔合わせの際酷い言葉を沢山放った。
父や兄から散々叱られても反省しなかったのは、所詮無能は無能。役に立たないのだと自分に言い聞かせた。なのに、気付くとジューリアが気になって仕方ない。天使様にだけ見せる笑顔も声も自分に向けてほしい、聞かせてほしいと我儘な感情が芽生える。
メイリンが何かを話しているのにジューリオの耳には入っていない。
——と、羨まし気な視線をヴィルにやるジューリオに呆れるジューリア。さっきからメイリンと話しながらも視線がヴィルにきていると聞かされたジューリアは大量の疑問符を飛ばしていた。
「なんで?」
「俺が羨ましいの、あの皇子様は」
「それこそなんで?」
「ジューリアと仲良しだから」
増々意味が分からない。やっぱり意味不明な第二皇子だ。
会場へ向かう道中、気があるのだとヨハネスに指摘されるがそんな風には一切見えない。無能の令嬢と嫌っているジューリオしか知らない。
生クリームとシフォンケーキを合わせて美味しく頂くヨハネスが気になるなら本人に聞けばいいと紡ぐ。そんな気は一切ないからお断りだとジューリアは一蹴した。
「向こうが最初にごめんだって言ったなら、私だって嫌よ。顔は好みだから、お友達くらいにはなれたらいいなって思ってたけどそれも無理そうだし」
「ぶっちゃけ君の一番好きな顔って誰?」
「ヴィル!」
「おじさんは顔が好きって言われるのによくいられるね」
「下心を隠さないジューリアが面白いから」
「言い方!」
仲良くなりたい相手に多少なりとも下心を持つと言えど、普通はひた隠しにするべき。隠す気もなく、堂々とヴィルの顔が好きだと宣言するジューリアをヴィル自身も気に入っている。三杯目の紅茶を飲みつつ、面食いジューリアが一番興奮しそうな顔を持つのは先代の神ネルヴァと魔王の補佐官リゼル。
その内会えるだろうとヴィルに言われ内心楽しみにしている。
「まあ、会えたとしても私の一番はヴィルよ」
「知ってるよ」
以前にも言った台詞。当たり前だと言わんばかりのヴィルの余裕の態度はよく見ると微かに安堵している風にも見える。
たとえヴィルと似ているネルヴァを見ても一番はヴィルのまま。面食いの為興奮はしても、である。
「次はどれを食べよう」
テーブルに置かれていたスイーツの半分はヨハネスの胃袋へと消えた。まだ食べ足りないヨハネスの底無しの食欲に今度は溜め息を吐くヴィル。「あはは……」と呆れて笑うしかないジューリアの耳が足音を捉えた。何だろうと顔を向けると赤と黒のフリルが目立つドレスを着ている令嬢がやって来た。
美しい赤い髪に黄色の花の髪飾りを着け、自信に満ち溢れた勝気な濃い緑の瞳の令嬢が何処の家かと考えていると先に令嬢が名を告げた。
「モランテ公爵家のミチェルです。天使様にご挨拶を申し上げます」
ドレスの裾を持ち上げ、優雅に礼を執るミチェルの登場にヴィルとヨハネスの視線が何故かジューリアに行く。知り合い? と視線で問われ、首をふるふると振った。グラースとメイリンと違い、お茶会に連れて行ってもらえないジューリアに友達はいない。悲しい話だが本人はあまり気にしていない。
二人の銀の瞳がミチェルに再度行き、ある事実にヴィルが気付いた。
「聖属性の魔力持ちか。大教会の関係者かなにか?」
「はい! 司祭はわたくしの祖父で御座います!」
「へえ」
現在、大教会で天使と偽るヴィルとヨハネスの世話役最高責任者は司祭。ヴィルは神族と告げてあるが、ヨハネスも神族と告げている。ただし、神本人だとは言っていない。ヴィルが神族と告げたら腰を抜かしていたのに、ヨハネスが神だと知ったら腰を抜かすどころではなくなりそうだから敢えて黙っている。
「天使様とお聞きし、関係者として是非ご挨拶申し上げたいと思っておりました」
「そうなんだ。帰ったらすごく助かってるよって伝えておいて」
「は、はい!」
淡々と言い放ったヴィルは興味を失くし、粉砂糖がふられた揚げ菓子を手に取り口の中へ放り込んだ。未だ期待を込めた眼で見つめてくるミチェルに溜め息を吐き、他の用件を訊ねた。問われたミチェルは予想していなかったのか、戸惑いの表情を見せ視線を泳がせ「え、えっと」を繰り返した。
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