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まあ、いいか【連載版】  作者:
魔王の探し物
65/134

茶会前の修羅場⑤

 


「あ!」


 跳ね返された攻撃をガブリエルはあっさりと防いだ。眼前で光の欠片となって消え、ガブリエルには全く傷を付けられなかった。



「やっぱり不利かもっ」



 まともに戦える者がこの場に誰もいない。どうにか結界を抜けて魔王に助けを求めるしかない。



「さあヨハネス様、私と共に天界へ戻っていただきます」

「う、お、叔父さん」



 泣きそう……ではなく、泣きながらヴィルの小さな体に縋りつくヨハネスは徐々に近づくガブリエルからヴィル毎距離を離す。天界に戻されれば、今まで以上に拘束が厳しく、父に逆らえない生活が待ち受けている。自由になりたくて逃げだしたヨハネスにとって天界はただの地獄。ヨハネスが頼りにしているヴィルはじっとガブリエルを見上げている。何か策を講じているのかと思いきや——



「ヨハネス。やっぱり天界に帰れ」

「だから、僕は——!」



 帰りたくないと何度目になるか誰も数えていない拒否の言葉を紡ぐ前に、ヴィルが頭に拳を振り下ろした。痛がるヨハネスに顔を近付け何事かを囁く。痛そうに頭を擦りながら、ぐすっと鼻を啜って「分かったよ……」と涙目で立った。



「言う通りにするよ……」



 とぼとぼとガブリエルの許へ行くヨハネスの後姿は悲壮感が大いに漂い、行かせて良いのかとジューリアはヴィルに急ぎ駆け寄り訊ねた。ヴィルは顔色を変えず、じっとガブリエルを見たまま。「ヴィル?」とジューリアが呼んでもじっとそのまま。

 ヴィルが考え無しにヨハネスを行かせたのではないと信じ様子を窺うジューリア。そもそもただ帰れと言われただけで、何度言われようと断固拒否し続けたヨハネスが応じる筈がない。空を飛んだままだったガブリエルは地に降り立ち、俯いたままのヨハネスに(こうべ)を垂れた。



「考え直してくださりありがとうございます。さあ、戻りましょうヨハネス様。アンドリュー様も本心では心配されている筈。ヨハネス様が真摯に謝罪すれば、アンドリュー様も許して下さるでしょう」

「……うん」

「まずは天界への扉を開けてください」



 ヨハネスが閉めた鍵はヨハネスではないと開けられない。促されたヨハネスは袖で目元を擦り、一瞬戸惑う仕草を見せながらも天界へ続く扉を出現させた。巨大な純銀の扉には美しい天使の彫像があり、天使が掲げる杖の先端には大きな宝石が埋め込まれていた。前世でも最高級と呼ばれるダイヤモンドだ。あれに神力を込めると鍵の開閉が自由だとヴィルに教えられるジューリア。ヨハネスが神力を込めるとダイヤモンドは輝きを放ち、巨大な扉が左右に開いていく。眩しい真っ白な世界が扉の向こう側から見える。途端にビアンカが心配になったジューリアが慌てて振り向くと結界を貼って自身の身を守っていた。安堵して再び前へ視線を変えると、すぐさま異変が起きた。隣にいたヴィルが突如駆け出し、ヨハネスが言う事を聞いて天界に戻ってくれると安堵しているガブリエルに迫った。


 不意を突かれたガブリエルは数秒反応に遅れた。その数秒をヴィルは逃さなかった。



「そんなに眼鏡が良いなら、お前が天界に戻って眼鏡と仲良しこよしをしろ」

「しまっ——」



 驚愕に染まるガブリエルの(かんばせ)。子供の姿にされて神力に波があるヴィルは、敢えてヨハネスに天界への扉を開けさせる事でガブリエルの油断を誘い、神力が最も高い時を狙ってガブリエルを強引に天界へ押し込める策に出たのだ。元の神力は当然ガブリエルより上。一瞬の隙を突いたのも幸運となり、抵抗する間もなくガブリエルは扉の向こう側へ吹き飛ばされた。呆けるヨハネスに「早く閉めろ!」とヴィルが叫び、ハッとなったヨハネスが再びダイヤモンドに神力を込めた。扉は開いた時とは逆の方向で動き閉められた……かと安心するのは早かった。

 扉の向こう側から向かってくる光線が目に入った。咄嗟に両手を前に突き出し、自身の魔力を両掌から放出させジューリアが防いだ。踏ん張るだけでも精一杯なのに光線を防ぐ為の魔力放出が多大な負担を掛ける。後ろに倒れそうになるのを背中を誰かに支えられる。ヴィルだ。



「ジューリア、あともう少し踏ん張るんだ」

「う、うん」

「ヨハネス! さっさと閉めろ!」



「分かってるよ!」威力が衰えない光線にヴィルが呆然としているヨハネスに声を上げるとまた我に返り、鍵に神力を込めた。純粋な神力だけなら神族たるヨハネスが熾天使ガブリエルよりも上。ジューリアを支えながらヴィルが助力したのもあり、天界への扉は再び閉められた。


 扉が閉まると埋め込まれているダイヤモンドは輝きを放ち、軈て消えていった。



「も、もう、大丈夫かな?」

「扉は閉まったんだ。向こうでどれだけ攻撃しようと鍵を開けない限りは開かない」

「って事は……」



 ヨハネスが再び鍵を開けない限り、ジューリア達の前に再びガブリエルが姿を現す確率は極めて低い。ヴィルに支えられながらとは言え、熾天使の攻撃を防ぎ切った。やった……と実感すると急に体から力が抜け、その場に座り込んでしまった。

 顔を覗いたヴィルに心配されるも大丈夫だと首を振る。額から首にかけて擽ったい感触がし、手で触れると汗だった。幾筋もの汗が流れていて、ハンカチを出す気力も起きず袖で拭こうと腕を上げたら、その前にヴィルが自身のハンカチで汗を拭いてくれた。



「ありがとうヴィル」

「どういたしまして。自分で防ごうってよく考えたね」

「無意識だよ。気付いたらもう眼前まで迫ってたの。私が逃げたらヴィルの甥っ子さんに当たるでしょう?」

「まあ、ね」



 ジューリアは自分で口にしておきながら、ガブリエルの攻撃が向けられた先にはヨハネスがいるのに方向転換もなく、威力も一切の慈悲が無かった事に今更ながら身震いを起こした。嘗て幼いヴィルを積極的に痛めつけたのがガブリエルと聞く。現神たるヨハネスに対してもこの容赦のなさ。ガブリエルにとっての神族はアンドリューだけなのでは? と疑問に感じても不思議じゃない。


 ここでビアンカを思い出したジューリアが「あ!」と発し、ビアンカがいると思しき方を見ると結界を解いて地面に座り込んでいるビアンカがいて。視線が合うと表情を険しくされ、此方にやって来た。



「わたくしの事を忘れていた、っていう顔ね今の」

「あ、いや、そうじゃなくて」



 事実そうなのだがあの時は無我夢中でと言い訳をしているとビアンカの表情から険しさは消え、代わりに呆れの念が浮かんだ。



「はあ……まあいいわ。お陰でわたくしは無傷だから」

「あはは……」



 傲慢な物言いだが苛立ちは湧かない。魔族であるビアンカが熾天使であるガブリエルの光線を防いでも、防御を破られたら重傷を負うのはビアンカ。人間であるジューリアも破られていたらたまったものじゃないが魔族よりまだマシな方である。が、ジューリアがこうでも納得しないのが一人いる。



「なんで何もしてない君が偉そうなんだよ! 魔族のくせに!」



 ヨハネスだ。



「魔族だから熾天使の攻撃なんて真っ向から受け止める気なんて更々なかったのよ! 大体、そう言う貴方が原因であの熾天使が来たのでしょう? さっさと天界にお戻りなさいよ!」

「嫌だって何回でも言うからね!? 僕は絶対の絶対に天界には戻らない!」



 現神であろうと元高位魔族であろうと、二人ともまだ二十年を生きているかいないかの若者。天敵同士がぎゃあぎゃあ言い合うやかましい光景をジューリアは地面に座った眺めた。隣にいるヴィルは呆れ果てるだけ。ただ、ガブリエルという脅威が去ったお陰で幾分か穏やかだ。



 ——ヨハネスの帰還失敗だけではなく、天界に押し込められ人間界に戻れなくなったガブリエルはというと。



「も、申し訳ありません……アンドリュー様……」

「……」



 アンドリューから凄絶な怒りを感じるのに、何一つ言葉を発さない様に震えが止まらなかった。ヴィルによって天界へ吹き飛ばされてすぐ反撃に応じた。自分の実力に自信があったガブリエルは、まさか防がれるとは思っていなかった。多分ヴィルが止めた。子供の姿で神力が安定していないとは言え、実力だけで言うとネルヴァの次に強い神族。攻撃を防がれたばかりか、扉を再び閉められてしまった。これでは人間界にいる他の天使でヨハネスの説得を任せないとならない。熾天使で人間界にいるのはガブリエルだけだった。他に高位天使はいないかと大急ぎで確認がされている。

 神の執務室にて、アンドリューの前で膝を折り沙汰を待つガブリエル。どんな罰をも受けると覚悟が出来ている。



「ガブリエル。顔を上げなさい」



 黙ったままだったアンドリューが声を発した。

 呼吸がままならなくなる重い怒気を放っているのにアンドリューの相貌は至って冷静そのもの。



「こうなっては、ヨハネスを神の座に就かせておくのは困難となりました」

「しかし、現神の不在は天界に混乱を……!」

「ええ。ですから、上層部にはヨハネスが神の役割を果たすのが長期的に困難と判断させ、代理を置くことにします」

「代理……? 誰が神の代理を……」



 現在、天界にいる神族は本家筋たるアンドリューと分家の者しかいない。分家の者でヨハネスの代理を熟せる者がいたかと考えるガブリエルの思考を嗤うようにアンドリューは告げた。



「誰? 私がいるだろう」



 他でもない、現神の父であり本家の血を引くアンドリューこそ、神の代理に相応しい。



「困ったことになった……」



 執務室の扉を微かに開けて室内の様子を聞いていたミカエルは、ヨハネス帰還が失敗したたけではなく、アンドリューが独断で神の代理に就こうとしている計画を知り頭を抱えたくなった。上層部はアンドリューが言うのなら、と承諾してしまう。ヨハネスを帰還させた体にして、その上で続行が困難という判断をさせるつもりだ。



「やはりネルヴァ様に頼るしかない……!」



 ネルヴァなら、最も強い神族であるネルヴァならアンドリューを止める事も、ヨハネスの説得も成功するかもしれない。一縷の望みを持ってミカエルは連絡を送った。


 




読んで頂きありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
[一言] 子育ても失敗してる劣等感全開で無駄にプライドと地位だけは高い存在とか害悪でしかないんだよなあ
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