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まあ、いいか【連載版】  作者:
魔王の探し物
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茶会前の修羅場③

 

 


 朝から部屋に閉じこもり、新しく従者となったアンリが呼びに来ても部屋で食事を摂ると言って一向に出ようとしないグラース。ベッドの上で膝を抱え、考えるのは妹ジューリアの事。

 ジューリアともう一度兄妹としてやり直したい、元の仲良しだった頃に戻りたいと願う気持ちは本心から来るのに、いざ本人を前にすると気持ちとは逆の言葉が次々に出てくる。


 歩み寄ろうと必死な自分達を一切受け入れようとしないジューリアに苛立つ時は多々ある。けれど、その原因を作ったのは自分達だ。七歳の魔力判定の際、魔力しか取り柄のない無能の烙印を押されたジューリアにせめて兄である自分だけでも味方でいなければならなかった。


 “お前は妹じゃない”


 一度放った言葉は無くならない。

 家庭教師ミリアムと侍女セレーネの一件から、どうにかジューリアと会話をするまで関係回復したと思っていたのはグラースや両親くらいで。ジューリアは話し掛けられたから答えていただけだ。一緒にお出掛けしよう、食事をしよう、買い物をしようと母や父が誘ってもジューリアは断り続けた。

 物で釣られる子じゃないと二人が頭では理解しても、切っ掛けを作れるならとそうしてしまう。

 昨日のマダム・ビビアンがそうだ。皇后陛下主催のお茶会に着ていくドレスを新調するべくジューリアも呼んだ。ジューリアが望むなら何着だってデザインし、買うつもりだった母は一着でいいと言って大教会に帰ったジューリアに落ち込んでいた。偶々部屋の外から話を聞いていたグラースがジューリアを追い掛けるも、やり直しとは程遠い言葉を掛けたせいで距離は開く一方。



「はあ」



 お兄様、と呼ばれていた頃が酷く懐かしく、恋しい。

 メイリンだけじゃない、ジューリアにもお兄様と呼ばれたい。今では公爵令息様、貴方としか呼ばれなくなった。他人行儀な呼び方は嫌だとグラースが言葉にする権利はない。

 部屋に運ばれた朝食はとっくに冷めている。幸いなのは空腹感がないこと。


 子供姿の天使様に気に入られてからジューリアはすっかりと変わってしまった。ジューリアも天使様を気に入って、両親の言う事より天使様を何よりも優先してしまう。帝国に祝福と守護を齎す天使様を優先するな、なんて言える筈もない。両親は天使様が言うのなら……と納得しているがグラースは納得していない。


 強い魔力を持ちながら魔法が使えないジューリアを珍しがっているだけだ。元の姿に戻れば天使様も天界に戻り、二度と会えなくなる。ジューリアが天使様に恋心を持ったら大変だ。ジューリアには帝国の第二皇子ジューリオという婚約者がいる。

 ただ……ジューリオは魔力しか取り柄のないジューリアを嫌っていると母マリアージュが話していた。皇帝にジューリオとの婚約を白紙に戻すよう求めたくらいだ。けれど白紙になったと聞かないので二人の婚約は継続中だろう。



「ジューリア……」



 今日は一日部屋に閉じこもってジューリアとやり直すなら、どんな方法が最善なのか考えようと、ベッドから降りたグラースは冷めきった朝食に手を出した。


 


 ——第二皇子ジューリオの私室にて。椅子に座って教師から与えられた課題を黙々と熟すジューリオは手を止めてペンを机に置いた。一時間近く机にかじりついていたせいか、体が硬く伸びをすると腕や肩が鳴った。ベルを鳴らし、温かいお茶を持ってくるよう入室した騎士に指示をした。椅子の背凭れたに体を預けたジューリオが考えるのは婚約者のジューリアだった。

 魔族に体を乗っ取られジューリアを殺そうとした時、目を覚まして最初に見たのが心配げに自分を見つめる青緑の瞳だった。初めてジューリアの瞳をちゃんと見た。空と海を思わせる美しい色。会う前から魔力しか取り柄のない令嬢と知らされ堪らなく嫌だった。父や兄は将来ジューリオの為になるからと話すがジュ—リオはそうは思わなかった。兄ほど優秀ではない自分には、無能の令嬢がお似合いだと言われているようで我慢ならなかった。初対面の際、婚約者として仲良くなる気が一切ないと告げたジューリオは、初めキラキラと目を輝かせていたジューリアに好意を抱かれていると理解していた。きっと落ち込むかショックを受けるだろうと予想していたら大いに外れた。ジューリアの方からジューリオは御免だと言われるとは思わず、無能のくせにと腹が立った。

 そんな気持ちを魔族に見抜かれ体を乗っ取られ、挙句フローラリア公爵夫人経由で公爵が皇帝たる父に婚約の白紙を求めた。話を聞いた父は激怒し、政略結婚の大切さを長時間説教された。その後は大教会に居候しだしたジューリアに謝るも渋々なのが丸わかりなジューリオの謝罪を適当に受け入れた挙句、皇帝や皇太子に認められる相手を見つけろと突き放された。



「僕だってあんなの」



 御免だ。と言いたいのに、あの時見たジューリアの瞳が忘れられない。純粋にジューリオを心配している青緑の瞳の美しさが頭から抜けない。

 ジューリアは子供姿になってしまって人間界に降りた天使様に気に入られている。ジューリアも天使様といるのを何より大切にしている。何れ天界に戻る天使様が人間に恋をする筈がないのに、ジューリアは天使様にジューリオには絶対に向けない表情を見せる。


 何故か、それが堪らなく悔しくて憎々しい。

 天使様に全幅の信頼を寄せるジューリアが憎い。

 ジューリアに全幅の信頼を寄せられる天使様が羨ましい。



「くそっ」



 皇子らしからぬ言葉を吐いたジューリオは騎士が持ってきたお茶を強引に奪い、大きな一口で飲んだ。



「熱っ!」と叫んだのは言うまでもない。


 



 街のカフェにヴィル、ビアンカと共に来たジューリアは微妙な空気を発するテーブルに目が遠くなっていた。四人席にジューリア、ヴィル、ビアンカ、それと寝ていた筈のヨハネス。ヴィルがいなくなると大体起きて探しに来る。ヴィル専用のセンサーでも付いているのかと言いたくなる。

 朝食をお腹一杯食べては眠気が強くなって眠るヨハネスを部屋に寝かせ、お出掛けするのはヴィルやジューリアにとっては最早定番で。置いて行かれたと気付いて探しに来るヨハネスも定番と化していた。


 テーブルに座っている面子が絶対におかしいとジューリアは目が遠くなる。人間であるジューリア、現神の座に就くヨハネス、そんなヨハネスの叔父であるヴィル、高位魔族のビアンカ。三つの種族が一つのテーブルを囲む確率は何パーセントだろうかと考えているとヨハネスが声を上げた。



「魔族の子となんで一緒にいるの叔父さん」

「成り行き」

「大体、なんで毎回僕を置いて行くの!?」

「お前が寝てるからだろう」

「……」



 正論を言われると黙るしかなく、ジト目でヴィルを睨みながらもヨハネスの次の矛先はビアンカに向けられた。



「君も魔界に帰りなよ。あの魔族の男を殺してやったんだからさ」

「ふん。貴方こそ、神のくせにどうして人間界にいるのよ。ああ、神の仕事が嫌になったって聞いたわ。貴方みたいな不真面目な男が頂点なんて、天界も底が知れてるわ」

「だって僕はなりたくて神になった訳じゃないんだ。だから、熾天使が僕を連れ戻しに来るのを撃退してって魔王に頼んだ」

「はあ!? 貴方頭がおかしいのではなくて!? 最高位の天使の相手を魔王陛下に頼むなんて!」



 良かった、やっぱりおかしいのは熾天使の撃退を頼むヨハネスやヴィルだった。子供姿になってしまったヴィルや戦闘経験がほぼないヨハネスでは熾天使にあっさりと負ける。天界に帰りたくないヨハネスからしたら、熾天使を撃退してくれるなら魔王だろうが何だろうが良いのだ。



「そっちにだって良いことだろう! 強い天使が暫く動けなくなるんだから!」

「そういう問題じゃないでしょう!? よくこんなのが頂点で天界は機能しているわね!」



 魔王は頼りなく、リゼルという鬼畜補佐官がいるから機能していると見えるのが常。実際は魔王一人でも問題ないらしいのだが、本人がリゼルがいないとポンコツと自称するから皆そう抱いてしまう。



「ヨハネス」

「なに。僕今この魔族と——」

「奴が来るよ」

「へ」



 ヴィルの言葉が早いか遅いか——周囲の動きが突然ピタリと止まった。

 のんびりと欠伸を漏らしたヴィルは頭上にいる熾天使——ガブリエルを見上げた。



「うわ、ガブリエル……」

「っ」



 ドン引きするヨハネスと顔を強張らせるビアンカ。ジューリアはヴィルの側に立った。





読んで頂きありがとうございます。



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