茶会前の修羅場②
空をのんびりと飛行しながら街から離れた草原に降り立ち、丁度そこにあった丸太に腰掛けたヴィルの隣に座ったジューリア。突然のグラースの訪問に苛立った気持ちはすっかりと消え去り、座った途端早速魔法の練習をしようと意気込んだ。
「何をするの?」
「今までと同じ。ハンカチを魔力だけで浮かせる練習」
「うん!」
「飽きない?」
「魔法が使えるようになる為だよ? 全然」
「そう」
スカートのポケットからハンカチを取り出し、膝に置いたジューリアはハンカチに魔力を込めた。意識を集中させると魔力に包まれたハンカチが微かに浮いた。胸とお腹の中間まで浮かせようとヴィルに言われ、魔力を込めるより意識の集中度を上げた。ゆっくり、焦らずを心掛け慎重にハンカチを上昇させていった。
「一時間キープさせようか」
ヴィルの言葉に頷く。
魔力量を考慮して一時間と発したヴィルは改めてジューリアの魔力量は桁違いだと認識する。魔力の扱いを習う段階で物体を一時間浮かせられるのは豊富な魔力量を持っている証拠。ヴィルの予想では、一時間後ジューリアは大した疲労は感じない筈。
ジューリアは一言も発さず集中しているのならヴィルも黙って見守る。
――一時間後。しっかり一時間ハンカチを浮かせ続けたジューリアにストップが掛けられた。練習を止めると汗が額に浮かんでいて、ハンカチで拭いていく。
「どうだった?」
「上出来。今日からは毎日一時間を朝昼晩の三セットでしようか」
「うん。疲れたけど魔力はまだ残ってるからいけると思う」
「だろうね」
吹いた風は汗を流したジューリアには涼しく、気持ち良さげに青緑の目を細めた。風に靡くヴィルの銀糸に触れた。
「ヴィルの髪は夜の方が綺麗に見えるわ」
「そうなの?」
「うん。お星様みたいで」
「そう」
返事は素っ気ないが微笑を浮かべるヴィルの表情が心を表している。
「ヴィルは弱い魔法なら使えるんだよね?」
「そうだけど、何かしてほしいの?」
「フローラリア家の人から私に対する興味を消せる?」
「子供姿だから無理」
「だよね~」
試しに言ってみたらしく、駄目と言われても大人しく引き下がった。
「人が何度も嫌だ、無理だって言ってるのに聞く耳持ってくれないのかな。ヴィルの言う通りだとして
も今更感がすごくてドン引き」
「ジューリアに対して罪悪感があるからさ」
魔法が使えない無能の烙印を押された時、最初にシメオンが発したお前は娘じゃない発言からジューリアの扱いは正反対になった。今まで大事にされて育てられてきたのに、無能と判断されたら皆掌返して散々な扱いをしだした。発端が自分達にあると分かっているからこそ、シメオンもマリアージュも責任を感じてジューリアとやり直したい気持ちが強い。グラースにしても似たようなもの。生まれつき体が弱かったジューリアを当時はメイリン以上に大切にしてきたのに、両親と同じく無能の烙印を押された途端ジューリアを突き放した。昔のような兄妹に戻りたいと願われようが断固拒否だ。
だが。
「まあ、ちょっとは感謝している部分もあるのよ。私にとって、お兄ちゃんって存在は自分を痛め付ける、傷付けるだけの最低野郎でしかなかった」
前世の終わりは次兄に川に突き飛ばされたことが原因の死。転生した先であろうと良いイメージを持たないのは必須。それを覆し、初めて兄妹という関係が好きになれたグラースがとても好きだった。尊敬していた。
そんな感情は七歳の頃に木端微塵となったので現在は存在しない。
「……前世のジューリアについてだけど、ちょっとだけ見たよ」
「嘘。どうだった?」
「真っ白な部屋で透明な管が沢山ジューリアの体に刺さっていたんだ」
「病室にいるって事だね……」
前世の医療技術はこの世界より何倍も、何十倍も発展しており、ヴィルの見た真っ白な部屋は病室で管は治療の道具の一つだと説明。ふーん、と興味があるのかないのか微妙な反応を貰うもヴィルに続きを促したら草を踏む音がし、二人同時に後ろを向いた。真っ白な髪をサイドテールに結び、青のシックなドレスを着たビアンカがいた。紫水晶の瞳が大きく見開かれていた。
「あ、ビアンカさん。こんにちは」
「何してんの、こんなところで」
「あ、貴方達。神族と人間の子供がどうして一緒にいるのよ。その子、見たところ神聖な魔力持ちって訳ではなさそうだけど」
魔族の目から見て、魔力量が膨大なだけで神に関係する人間ではないジューリアが神族であるヴィルといるのは不可解で、理由を話す前に此処にビアンカがいる理由をジューリアは訊ねた。
「ビアンカさんこそ、此処で何をしてるの?」
「言ったでしょう、人間のお嬢さん。少し助けたからってわたくしを慣れ慣れしく呼ばないで」
「あ、はは……そうだった」
さすがは魔族の元公爵令嬢。プライドだけは超一流だ。
「あのさ、元々君を助けたがっていたのはジューリア。ヨハネスが魔族の男を殺したのは、君が魔族だと気付いてなかったから。君が魔族だと気付いていたら、あの男を殺してすぐ君も殺していたよ」
「だから何? わたくしを助けたから感謝しろと? 貴方達が勝手にしたことでしょう」
険悪な雰囲気が二人の間に流れ始め、慌てて間に入ったジューリアはビアンカの言う通り勝手にしたことだから気にしないでほしいとヴィルを落ち着かせる。エルネストが特別温厚なだけで魔族と神族は相容れない種族、仲良くは決して無理なのだろう。
「で、貴方達はこんなところで何をしているの」
「ヴィルは私の魔法の練習に付き合ってくれているの。私が魔法を使えるようにって」
「貴女、魔法が使えないの?」
人間の魔力量は魔族にも感知可能だ。だからこそ、中位魔族はジューリアを狙った。
魔力量が膨大でも魔法が使えない無能だから、こうしてヴィルに教えを乞うているのだと説明。家庭教師も侍女も家族から無能扱いされるジューリアを蔑み、虐げ、冷遇していた。さぞかし良いストレス発散道具だったろうとハンカチを畳んでいると後ろにいるビアンカが息を呑んだのが分かった。振り向くと信じられないと綺麗な顔を歪ませていた。
「それだけの魔力量があって魔法が使えないのは、貴女の体に問題があるからでしょう。貴女のご両親は魔法を使える術を探さなかったの?」
「探しましたよ。帝国中の魔法書を探したり、大陸一の名医や魔法使いに診てもらっても原因は突き止められなかったんです」
それからだ。ジューリアが無能の烙印を押され、家族や周囲から冷遇される生活が始まったのは。
「……今、魔法の練習をしているという事はそこの神族が魔法を使えるようにしたの?」
「ジューリアは滅多にいない特殊体質だったんだ。気付けるのは神族か高位天使くらいだ。魔族でも気付かない」
「……」
逆に魔界では魔力があっても魔法が使えない場合はどうなるかをジューリアが訊ねると悪魔で魔法を使えない子供はほぼいないと断言された。
「ほぼってことは、必ずしもいないって訳じゃないですよね」
「滅多にいないだけ。仮にいたとしても、体内の魔力の流れを正常に戻したら殆どが魔力の流れが安定して魔法を使えるようになる。貴女みたいに、完全に魔法が使えない、なんてないの」
人間だけが異常に異なる者を排除しようとする。ヨハネスの言う通りだ。ハンカチをスカートのポケットに仕舞い、喉が渇いたから街に戻ろうとヴィルに提案をする。
「ビアンカさんもお茶しますか?」
「……貴女、そこの神族の力で魔法が使えるようになったのに家族には話していないの?」
「話していませんよ。これからも話すつもりはありません。散々人を無能だ、お前はフローラリア家の子供じゃないだの、好き勝手言った人達とやり直したい気持ちは全然ありません」
「悪魔より頑固ね」
悪魔と比べられてもショックを受けるがお茶には付き合ってくれるそうで、意外そうに目を丸くしたらすることがなく暇だからだと返された。無論、ジューリア達の奢りである。お金は公爵令嬢だからお小遣いだけは沢山あると自慢した。
読んでいただきありがとうございます。
今回の章の敵登場までもう少し。




