茶会前の修羅場①
フローラリア邸から戻ったジューリアのご機嫌斜めさは翌日になっても収まらなかった。戻ったところで良いことは何もないと本人もよく理解している。しているが戻らないとフローラリア側から使者が来てしまうので屋敷に戻っていた。ヴィルの腕を捕まえてずっとご機嫌斜めなジューリアの頭をヴィルはポンポンと撫でた。
「たかがドレスのデザインをしに戻るだけでこれなんだ」
「諦めるって言葉は、あの人達の辞書にはないのかしらね」
「君とどうしてもやり直したいのさ、フローラリア家は」
「私にはそんな気全くないし、私がいないところで不便だったことは一度もないんだから今まで通り放っておいていいのに」
食事の時だってグラースやメイリンには豊富に話題を提供するのにジューリアになると家庭教師ミリアムや侍女セレーネの悪評を鵜呑みにしていた両親は説教か小言しか飛ばさなかった。自分で部屋で食事を摂ると一度言ったことがあり、そうしたら家族で食事もしたくないのかと叱られた。家族という枠からジューリアを除け者にした父シメオンの言葉に辟易としたのは言うまでもない。
「まあ、ドレスはちゃんとデザインしてもらうから茶会の準備は順調よ。ねえヴィル、今日は何をする?」
「うん? 全然考えてない」
朝食を終え、お腹が一杯になると寝るのはもう通例となったヨハネスは寝室に運ばれてぐっすりだ。昨夜の出来事は一応ヴィルにも話しており、ヴィルはヨハネスの肉体の成長が速いのは偶にいるタイプだからと認識していたようで、実際は成長促進の薬を飲まされていたと知り愕然としていた。神族は確かに肉体の成長が遅い。ヨハネスのように人間と同じ成長速度の神族がいない訳ではないから、誰も――ネルヴァでさえ――薬を使われていたとは気付いていない。
「はあ。どうしようもない」
「彼を早く神の座に就かせたかったのかな?」
ネルヴァは早く神の座を甥っ子に渡したい。周りは少しでも長くネルヴァに神の座に就いていてほしい。思惑が矛盾している。「多分」とヴィルは肯定した。
「ジューリアの言う通りかも」
「ほんと?」
「あくまで俺の予想。早くヨハネスを成長させて、神の座を継がせないと兄者がキレるとでも思ったんじゃない?」
「短気な人なの?」
魔王の話からはとても思えず、また魔王もネルヴァが短気な性格とは思えないと言っていた。
「相手と状況による」
「甥っ子さんの成長についてお兄さんに連絡する?」
「……こっちの方が兄者はキレるよ。規則を破る奴を兄者は嫌ってるから」
たとえ天使であろうと規則を破って悪魔狩の再追試に関わった者の殆どを殺した程。規則を破らなければ後は適当にしていい人、というのがジューリアの想像。
「一応黙っておくよ」
「そっか」
「散歩にでも行く?」
「それなら、私の魔法の練習に付き合って。バレるのは嫌だから外で」
「いいよ」
部屋を出たところでケイティがやって来てグラースがジューリアに会いに来ていると伝えられた。気分は違う意味で最悪となった。会う気のないジューリアは不在にしてほしいと頼んだ直後――
「ジューリア」
グラースの声が。一斉に向くとやっぱりいた。
げんなりとした表情で突撃をかましたグラースと対峙した。側にあの新しい従者の姿はない。聞くと馬車に置いて来たとか。
「一体何の御用ですか。昨日の今日ですよ」
「どうしてお前はそう僕達に対し否定的なんだ。父上や母上はすごく後悔してお前とやり直したいと願っているのに」
「そうですか。私にはやり直す気は更々ありません。どうぞ、お帰りください」
「ジューリア! それが兄である僕に対して——」
「何処の誰でしたっけ、お前は妹じゃないと言い放ったのは」
「そ、それは」
何度も突き付けているのにも関わらずグラースは兄であろうとする。真っ先にジューリアという妹を切り捨てたのは、他でもないグラース本人なのに。事実を指摘され、口を噤んだグラースは瞳を揺らし言葉を探している。何を言われようがグラースの話を聞くつもりはジューリアには一切ない。
「公爵様も公爵夫人も公爵令息様も、私がいなくて不便だった事は一度でもありましたか? ないでしょう? なら、そのままでいましょう」
「あの時は悪かったっ、何度でも謝るからジューリアお願いだ、僕は」
しつこい、と顔に出ているよとヴィルに頬を指で突かれても気分は晴れず、ぶすっと半眼になってグラースと向かい合うジューリアの耳にうるさいと言う眠そうな声が飛んで来た。
朝食を食べると寝始めたヨハネスが声色通りの顔で此方に来ていた。
「ぼく朝ご飯食べて寝てたのにうるさいんだけど」
「耳に栓でもして寝たらいいだろう」
「やだよ。耳の奥まで入って取れなくなったらどうするの」
「それくらい自分で取れ」
「じゃあ言わないでよ叔父さん! ところで……」
冷ややかな反応にヴィルに噛み付いた後、騒ぎの原因であるグラースに銀瞳が向けられた。初めて見る別の天使だと認識してくれて大人しくしている。
「君はその子の家族?」
「ジューリアの兄グラース=フローラリアです」
「君もあの皇子様と同じで魔法が使えないのをその子のせいにしてる口でしょう? 君だけじゃない、その子以外の君達家族は揃いも揃って魔法が使えない理由をその子のせいにしてる。どれだけ口で言ったってその子は君達に心を開いたりしないよ」
「母上や父上はとても後悔していて、僕も——」
「あのさあ、魔力があっても魔法が使えないのはその子のせいじゃないだろう?」
昨日ジュ—リオに言った台詞をそのままグラースにも話したヨハネス。魔法が使えない理由がジューリアが努力を怠ったり、故意に魔法を使えなくしたのならジューリア自身が原因と言える。しかしジューリア本人は魔法を使いたいと願っている。生まれつき魔法が使えないなら、本人ではなく親が原因だとヨハネスが眠そうに指摘するとグラースの顔面が些か青くなった。
「で、ですが母上と父上はジューリアが魔法を使えない原因を必死で調べて……」
「親なんだから調べるのは当然でしょう。何言ってんの。ぼくが言ってるのは、生まれつきの体質をこの子のせいにばかりしてる君達が問題だって言ってんの。文句を言うなら、この子を生んだ母親か種の提供者たる父親だろう」
「……」
最後の方は青を通り越して顔から色が消え去ったグラースは深く俯き何も話せなくなった。昨日もそうだが見た目に反しヨハネスは思ったことをそのまま言葉にするので容赦がなさすぎる。本人は心底不思議に感じているらしいのでジューリアは何も言わないでおく。様子見していたヴィルが手を離しヨハネスを呼んで振り向かせた。
「言い過ぎ」
「叔父さんも不思議に思わない?」
「思うけどそこは天使と人間の感覚の違い」
「ふーん? 人間ってとことん異物に強い拒絶反応を示す生き物だね」
「個としては弱くても、集団としては強力故に異なる者を排除する性質になってるの」
「やっぱり不思議」
「お前も歳を重ねたら分かるよ」
「そっかあ」
気にした風はなく、のんびりな姿勢のまま納得したらしいヨハネスは二度寝するから静かにしてと言い残し戻って行った。ヨハネスがいなくなるとジューリアは死にそうな程顔色の悪いグラースに呆れ、ケイティに向きグラースの従者を呼んで来るよう頼んだ。従者に引き取ってもらおう。
「天使様が言ったことはお気になさらず。人間と天使様では認識の違いは大きいでしょうから。従者を呼んで来てもらうのでそのままお帰りください」
「ジューリア……」
「皇后陛下主催のお茶会にはちゃんと出席します。これで満足してください」
「ジューリアは……僕達とやり直したいと思ってくれないのか?」
同じ話の繰り返しとなると呆れ、今は早く帰ってもらいたいジューリアは「思いません」と言い切り、泣きそうなグラースを駆け付けた新従者に引き渡し帰らせた。折角ヴィルと魔法の練習をしようとしていたのに台無しだと憤慨する。
「同じことをしてる自覚がないのかしらねあの人」
「ジューリアとやり直したい気持ちだけが突っ走しって考えが追い付いてないんだ」
「絶対やり直しはしない!」
「はは。ジューリアの好きにしたらいい」
家族だった人に懇願されようが周りに諭されようがジューリアの頑なな考えは変わらない。
考えを変えないジューリアからヴィルもまた離れるという選択肢は浮かばない。
読んで頂きありがとうございます。




