神族の成長
「ビアンカさんはどうしてるの?」
「ビアンカ?」
夜に魔王がこうして散歩に出ているならビアンカはどうしているのかとジューリアは気になった。多分部屋にいると答える魔王は正確には把握していない。
「トラブルを起こさないのなら好きにしていいと言っているからね。監視はしてないんだ」
「昼間は何もなかったのですか?」
「ああ。君達が帰った後に戻ってね、変わった様子もなかった」
渋々ではあるがジューリア達がお勧めしたドレスはきちんと着ているので服には困らない。後は魔王の探し物を見つけて魔界に帰還するのみ。
「帝国の皇族が保管する神に由来する装飾品って、魔王さんが探してる物の他にはどんな物があるの?」とヨハネスに訊ねるが知らないと首を振られた。
「人間に渡す道具を管理しているのも父さんや高位天使とかだよ」
「父親に管理されてるのが多くない?」
「本当は自分が神になりたかったのに、なれなくて僕に理想の神を押し付けてるんでしょう。僕はなりたくてなった訳じゃないのに」
神力の強さに関しては生まれつきによる。ネルヴァやヴィル、イヴが強いのは生まれた時に既に決まっていて。アンドリューが他三人より弱いのも生まれつきだ。
後天的に神力を強める方法はないのかとヨハネスに聞くがそんな事は考えた事が一度もないと返され、これが強い力を持つ者と弱い者の差かと認識した。
魔族はこういう時どうするのか興味が湧いてジューリアの対象は魔王になった。
「魔族の場合、魔力を強くするのならどんな方法がありますか?」
「極端に言うなら、自分より強い魔力を持つ魔族を食べることかな」
「食べるの!?」
「魔族は血肉に魔力が宿っている事も多いからね、相手から吸収するのも手だけど、それだと相手を捕らえないとならない。被害を最小限に、目的を確実に達成させるなら吸収するより食らう方が手っ取り早い」
高位魔族は人間となんら変わらない姿を持つ。ジューリアは前世であったR15・R18指定のグロい映画でよくある人間の捕食シーンを想像してしまい気持ち悪くなった。R15でも無理なのにR18だとどんなのだと言いたい。
「ただ、魔族や人間も同じだけど生まれつきの魔力量によって生涯使える魔法の種類は変わる」
「って事は、貴方の補佐官さんも生まれつきとても強かったの?」
「うん。リゼルくんは魔界で一番強い魔族だよ」
「やっぱり、補佐官さんが魔王になってほしいって今でも思う?」
「どうかな。結局、補佐官として手伝ってくれているから、あんまり変わらなかったと思うよ」
リゼルが魔王になっていても目の前にいる魔王が補佐に回ってリゼルを手伝っていた。お互い立場が変わるだけで一緒にいるのは変わらない。
「はあ……」
急に溜め息を吐いたヨハネスに二人の視線が集中した。
「どうしたの、いきなり」
「そこの人が魔王になる時ってあんまり周りは反対してなさそうだなって」
「リゼルくんが補佐官になってくれたからじゃないかな」
「父さんが一度自分が神になるって祖父ちゃんや祖母ちゃん達に直談判した事があるんだ。ネルヴァ伯父さんも真面目な父さんなら自分より良いだろうし、僕はまだまだ子供だからって。そうしたら……」
ヨハネスが語ったのは神力の弱いアンドリューでは神の座に就けない、息子のヨハネスが成長するのを待ったとしても駄目だと認められなかった。ヨハネスは現在二十歳前後。うん? と疑問を露わにしたのは魔王。
「ちょっと待って。確か、神族は子供から大人に成長するのにかなりゆっくりだって聞いたよ。二十歳なら、ヴィルくんと同じ子供姿の筈じゃあ……」
「え?」
そういえばヴィルが昔の話をした時も神族の子供の成長はゆっくりだと言っていた気がするとジューリアも思い出す。
魔王の指摘を受けたヨハネスは何故か呆然としており、第一声が「そうなの!?」だった。
「なんで知らないの!?」
「知らないよ! え? 神族ってそんな成長がゆっくりなの!?」
「確か二十歳ならまだ子供の姿の筈だよ。ネルヴァくんは何歳くらいから体が成長するって話してたかな……」
愕然とするヨハネスを些か哀れみを込めた瞳で見やるジューリア。将来は神となる尊い神族だからと周囲に甘やかされて育ったとヴィルに聞いた。本人も自覚している。が、ヨハネス個人の話を聞いていると本当に甘やかされていたのかと疑う要素が強くなる。
ヨハネスには何も知らされないで周り——主にアンドリューが率先して——勝手にしていたのならヨハネスが可哀想だ。
「じゃあ……僕が飲まされていたのって、成長を促進する薬とかだったんだ」
「何か飲んでいたの?」
「小さい頃から食後に身体の成長の為って言われて薬を飲んでいたんだ。飲んでからほんの数分身体が痛くなって好きじゃなかったけど……そっか……それで僕の成長を促進させてたのか」
「どうして無理矢理成長を?」と魔王に意見を求めてみた。
「ネルヴァくんに聞いた方が良いかもしれない。ただ、ネルヴァくんは知ってるの?」
「知らないんじゃない? ネルヴァ伯父さんには言っちゃ駄目って世話係に口酸っぱく言われてたから」
周囲はネルヴァに知られると怒りを買うと解っていてヨハネスに口止めをしていた。確信犯じゃない! と憤慨するジューリアに対し、当の本人は気の抜けた声で「そっかあ」と零すだけ。ほんの少し痛い思いをしながらも薬を飲み続けたのに怒りはないのかと問われてもヨハネスは緩く否定した。
「むかつくけどさ、ネルヴァ伯父さんが怖いのは僕も分かる気がするから。僕を早く神にしないとネルヴァ伯父さんが怒るから、無理矢理体を成長させる薬を飲ませていたんだよ」
「ネルヴァくんってそんなに短気だったかな……」
魔王の記憶にあるネルヴァとは程遠いらしく、魔界で過ごしたネルヴァと神の座にいたネルヴァ。どちらが本当のネルヴァなのかと魔王とヨハネスは考え込み、話を聞くイメージでしかネルヴァを知らないジューリアも一緒になった。
実際に会ってどんな人なのかを知るのが早い。魔王曰く、呼んだら多分すぐに来るらしい。が、天界から脱走したヨハネス的には天界に強制送還されそうで会いたくない。神の座に戻ってほしいと泣いていたのは何処の誰だと言いたい。
「ま、魔王陛下!」
明確な答えが見つからないまま、今夜はこれでお開きにしようと魔王が発した直後、可憐な声色が魔王を呼んだ。三人揃って振り向くと魔王を探しに来たらしいビアンカだった。
「ビアンカ?」
「魔王陛下! 確かそこの男は天界の神と仰っていましたよね!? 何故陛下は神族と親し気にしているのですか!」
「親しくないよ!! 失礼だな!!」
険悪な雰囲気はなく、積極的に熾天使の撃退を頼むヨハネスと呆れて苦笑しながらも頼みを聞き入れた魔王のどこが親しくないのか、とヴィルがいたら感想をジューリアは持ったものの、口には出さず事の成り行きを静かに見守った。元公爵令嬢であっても、魔界の頂点に立つ魔族が敵である神族と馴れ馴れしいのは理解不能で当然で。また、ビアンカが慕う魔王の息子の元婚約者の側にも神族がいると聞き尚更怒りを隠せないでいる。
「リシェル様の側にいるあの男も神族だとか!」
「ネルヴァくん? 僕やリゼルくんと子供の頃から知り合いなんだ。確かに神族ではあるが付き合いがあるのは彼個人とだよ。ネルヴァくんもそれは同じ」
「だからなんです!? 個人的付き合いだから気にするなと言う方が無理です!」
「ビアンカ。今は夜だ。話なら幾らでも聞いてあげるから宿に戻ろう」
大教会内には神官達が寝泊まりしており、ビアンカの高く大きな声で目を覚ます者が出る恐れがある。魔王が側に寄って落ち着かせようとするもビアンカは止まらない。
「魔王としての誇りがないのですか! リゼル様の言いなりになっているのが良い例ではありませんか!」
「あの、ビアンカさん」
さすがに魔王に対してあんまりだとジューリアが間に入ろうとするとキッと紫の瞳に睨まれたじろぐ。
「人間のお嬢さん、わたくしに馴れ馴れしくしないでちょうだい」
「ビアンカ、最初に君を助けようとしたのはこの子だ」
「だからなんです。勝手に助けたのはそちらでしょう」
「うわっ、嫌な女。殺しても問題ないなら殺そうよ」
「物騒!」とジューリアが突っ込み、顔を引き攣らせるビアンカは魔王の後ろに隠れた。不満げに口を尖らせるヨハネスの考えは神族としては間違っていない。人間に害を成す魔族を滅せるのに理由は不要で、助けた女性が魔族だと知ってあの場でヨハネスが殺していても何ら問題はない。
ヨハネスの立場としては間違っていないからどう言葉を掛けようか悩み、取り敢えず下がっててとヨハネスを下がらせたジューリア。手を引っ張られ不満げな顔をされるも渋々承知してくれた。
「な、なんなのよ貴方! あの男を殺してくれた事については礼を言うわ! 急にわたくしを殺すだなんて!」
「彼の立場からしたら普通だよ。あれは君が魔族だと気付いていなかったからだ」
「……」
「ビアンカ。今夜は宿に戻ろう。話はそこでいくらでも聞く」
もう一度魔王に諭され、かなり渋々聞き入れたビアンカは最後にジューリアとヨハネスを強く睨むと帰って行った。魔王も「じゃあね、おやすみ」とビアンカの後に続いた。
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