悪魔狩り
宿に戻った一行はテラス席を借り、戻る最中ヴィルがヨハネスに訊いた悪魔狩りについての話になった。
そもそも悪魔狩りを知らないジューリアへの説明が始まった。
「悪魔狩りっていうのはね、簡単に言うと天使の昇進試験みたいなもの。悪魔を狩った数で合否が決まるんだ」
「追試って成績が悪かった天使が受けるのよね?」
「いいや。今まで追試なんて一度もなかった」
今回追試が行われたのは、あまりにも天使達の成績が悪かったせいだ。魔界側は毎年悪魔狩りが行われる時期は魔界全土を覆う結界の強化や人間界に滞在している悪魔へ注意喚起を行う。
今年が特別警戒を強めたわけじゃなく、単に悪魔を狩れる天使が少なかっただけ。
「けど、天界上層部はそうは見なかった」
このままでは試験に合格する天使が極めて少なくなると危惧した上層部は異例の追試を行う事を決定した。建前上、神であるヨハネスの許可は得ていたらしいが。
視線を向けられたヨハネスは剥れたように頬を膨らませた。
「知らないよ。僕は父さんが認めろって言うから、そうしたんだ」
「どうせ、周りがうるさく言ったのを面倒くさがったんだろう」
神になったばかりのヨハネスでは長い年月を生きて来た父や他の神族に強く言われると了承するしかなく、神の許可を得たのならと天界は悪魔狩りの追試を行った。
悪魔狩りが開始すると合図が出される。これは遠い昔から決定されており、この合図で魔界側も悪魔狩りが始まるのだと知る。終わりの時も合図はされる。
悪魔を多く狩る為に追試では合図を出さない方針になり、これがネルヴァの怒りを買ったとヴィルは淡々と話した。
「人間の手本となるべき天使達が規則を守らないのはどうなんだって兄者がキレてね、追試に参加した天使を漏れなく黒焦げにして全員死んだ」
「え?」
「あーリゼルくんが真っ黒な天使が大量に落ちてたって言ってたのは、そういう意味だったんだ」
「ええ?」
元神であるネルヴァが現在でも天界で絶大な権力を握っているのはヴィルや魔王の口振りからして何となく察してはいたが、将来人間や天界を守る天使を多数殺した……人間だったら即刻罪に問われて重罪ものだ。
ネルヴァは何の罪にもならない。規則を破った天使を罰しただけだから。
顔を引き攣らせながらもジューリアは続きを聞いた。
「ねえヴィル叔父さん、ネルヴァ伯父さんどうやって追試の事知ったのかな? 父さん達はネルヴァ伯父さんの耳には入らないようにって慎重だったのに」
「兄者と親しい天使が密告したんだ。追試に反対していたのもいたんだろう?」
「うん。ネルヴァ伯父さんと同じで規則を破るのは、って反論してた」
天界の中でも派閥があるようだ。
「追試に参加した天使だけじゃなく、決定させた上層部にもお仕置きしてたな。何人か死んだみたいだけど、メガネまではさすがに殺さなかったんだ」
「分家の神族が二人かなり酷い怪我を負ってたよ。父さんも一回殴られてたし」
魔界より天界の方が暴力沙汰が多いのは気のせいなのか。ジューリアは魔界にも天使のような試験はあるのかと魔王に訊ねた。
「悪魔にはないかな」
「お城に勤める人で採用試験とかはないのですか?」
「あるにはあるけど、大それた事はしないよ。殆どはリゼルくんが仕切って決めているから。ぼくはリゼルくんが決めた悪魔の身分証明書を見て整理するだけだから」
魔界は魔界で鬼畜補佐官がいないと仕事が成り立たない。
「ヴィル。天使を沢山殺したって言うけど、それだと天使の数がかなり減ったんじゃないの?」
「そうだよ。天界はそれで人手不足になってるみたい」
他人事のように話すヴィルにそのせいで大変なんだとヨハネスは口を尖らせるも、更に大変にさせているのはどこの誰だと返されると口を閉ざした。
「天使の下には天使見習いがいる。まあ、天使の数が減ったからってすぐに天使にさせられないから、大変だろうね」
「ほんとに他人事」
「俺には無関係だから。天界の仕事はメガネが好き好んでやってるんだし、俺も末っ子も好きにさせてもらう」
ネルヴァが神であった頃、好き勝手したかったのを弟達だけズルいからと監視されていたとか。
「でもさあ、また追試をするって話があるんだよね」
「は?」
ヨハネスから出た二度目の追試の言葉にヴィルが眉を寄せた。
「怖い顔しないでよ! ぼくが言ったんじゃないのに!」
「懲りてないの?」
「よっぽど、天使の成績が気に食わなかった分家がいてね。父さんはネルヴァ伯父さんが怒ったのもあって止めてたけど、何度かぼくの所に来て再追試の許可をくれって言うんだ」
「で?」
「で? って?」
「許可したの?」
「しないよ。またネルヴァ伯父さんが怒りに来ると思ったら怖いし。あーあ、あの時伯父さんに神に戻ってって言えば良かった」
怒るネルヴァが怖くてヨハネスは何も言えなかったらしい。
「やるにしても、ぼくが天界の扉閉めちゃったから出来ないね」
「はあ」
溜め息を吐きながらもヴィルは懸念があると言う。人間界に留まる天使は大勢いる。扉は開けなくても連絡の取り合いは可能だ。無理矢理悪魔狩り再追試を開始させるのもまた可能。
ヨハネスの許可がなくても、補佐たるアンドリューが臨時で許可を出したとでも言えば天使達は納得する。面倒だとヴィルは二度目の溜め息を吐いた。
「もしも再追試が開始されるなら、リゼルくんと連絡を取って人間界にいる悪魔達に報せないと……」
「……というか、こんな話魔界で一番偉い人がいる前でして良かったの?」
今更だが聞かずにはいられないジューリアの問いに「いいんじゃないの?」と他人事のように答えたのはヨハネス。
「再追試をしたってどうせまたネルヴァ伯父さんが怒って終わるだろうし」
「また天使を黒焦げにされたらどうするの?」
「天使を纏める主天使までネルヴァ伯父さん殺したからなあ……主天使の数が減るとちょっと困るかも」
下級天使を纏めるのが主天使。前回の追試で主天使も黒焦げにされているとか。更に主天使の腰巾着をしていた大天使も何名か死んだ。たった一度の追試を強行しただけでかなりの数の天使がネルヴァによって殺されている。
「天界って厳しいのね……魔界でもあっさり殺すの?」
問われた魔王は眉を八の字に曲げて、考えた後首を緩く振った。
「辺境へ飛ばすか人間界に追放するかのどちらか、かな。反省してくれる悪魔ってあまりいないから……」
こっちもこっちで悪魔らしい問題であった。
「あー、やっぱ主天使の数も減るから再追試は止めてほしいかも」
現神のお気楽ぶりに天使ではないジューリアが呆れてしまった。
悪魔狩りの話は此処までにし、次は近い内にやって来る熾天使の対処に変わるがヴィルの「ヨハネスが天界に帰ったら即解決」と言ったせいで無しになった。
口を尖らせたヨハネスは絶対に帰らないと声を上げ、テーブルに置かれていたメニュー表を開くなり注文したいと言い出した。底のない食欲に呆れ果てるヴィルだが、給仕を呼んで注文を始めたヨハネスを止めなかった。
読んで頂きありがとうございます。




