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まあ、いいか【連載版】  作者:
魔王の探し物
51/133

面倒くさいアンドリュー

 

 女性の買い物というのは時間が大いに掛かる。並び始めて約二十分が経過するのに進めたのはほんの数歩。飽きてきたらしいヨハネスがヴィルに文句を零すが足を踏まれると静かになった。痛そうに足を擦るヨハネスに呆れるジューリアだが、確かに並ぶのが退屈になってきた。

 少し前に食べたばかりなのに小腹が空いてきた。



「ヴィル。何か食べたくない?」

「僕食べたい!」



 ヨハネスには聞いてないのだが率先して食べたいと連呼してくる。仕方ないと溜め息を吐いたヴィルはヨハネスに此処にいるようきつく言い付け、ジューリアと一旦列を離れた。



「あの二人を一緒にして良いのかな」

「魔王はヨハネスをどうこうする気はないし、ヨハネスは大人しくしていないと俺に足を踏まれるか蹴られるかのどちらかって分かってるから、待っている筈だよ」

「早く列が進めばいいのに」



 全くだよ、とはヴィルの言葉。

 ブティックの近くにあるパン屋に入り、一応魔王の分もという事でパンを多目に購入した。代金を支払い、外に出たジューリアはヴィルにとある質問をしてみた。



「すごく今更なんだけどね」

「なあに」

「熾天使が襲いに来た時、ヴィルか甥っ子さんが帰れって言うだけじゃ駄目なの?」

「それが出来るなら魔王にガブリエルの撃退を頼んでない」

「だよね……」



 天使にとって神族の命令は絶対遂行。現神であるヨハネスの言葉は更に重きに置くが、ヨハネスの場合はアンドリューの補佐がないとほぼ何も出来ない子供同然。現在の天界の実権はある意味アンドリューが握っていると言っても過言ではない。



「ヴィルが言っても駄目なんだよね?」

「子供の姿じゃなかったら良かったのにね」



 大人の姿であれば、魔王に頼らなくてもヴィルが撃退可能だった。しかし今は子供。ヴィルよりもアンドリューの命令を重きに置く熾天使が子供になったヴィルの命を聞く筈がない。

 やはり、魔王に撃退してもらわないとならない。



「ヴィルの兄者が来てくれたら一番楽そうだね」

「本当だよ。兄者が来て熾天使を殺してヨハネスをさっさと天界に帰るよう叱ればいいのに」



 魔王はヴィルの長兄ネルヴァの居場所を知っている。ある王国にいると言っていた。

 ジューリアでも知っている王国か今度訊ねてみよう。


 二人が購入したパンを持って戻ると列は幾らか進んでいた。

 紙袋の中を覗いてパンを凝視するヨハネスを急かすヴィル。「ちょっと待ってよ!」と文句を飛ばして、悩んだ末ヨハネスが取ったのは上に卵とチーズ、ベーコンが載った食パン。出来立てらしくまだ熱々であちちと言いながら手に取ってパクリと食べた。



「うわあ、美味しい」



 食事内容を全て父に管理されてきたヨハネスにとって人間界で食べる食事はどれも新鮮で美味しいらしく、純銀の瞳を輝かせながらパクパク食べていく。



「彼は食べるのが好きなのかい?」とラズベリーが練られたベーグルを食べながら魔王に問われたヴィルは、食事内容全てを実父に管理されているせいで食べたい物を食べた事がないのだと話した。



「天界ってかなり厳しいんだね」

「魔王は世襲制じゃないから緩いだろう」

「歴代の魔王の殆どは貴族からなっているからね。教養は全て子供の内から習うから、厳しいと思ったことはないかな。ネルヴァくんも彼のように食事を管理されていたの?」

「兄者にそんな事しようものなら眼鏡は死んでるよ」



 一度魔界に行って瀕死の重傷を負い、此処にいる魔王と自己治癒能力によって回復し、帰還してからのネルヴァは思考が魔族寄りになったとヴィルは語る。



「兄者は好きな時に好きなように食べていたよ」

「ネルヴァくんらしいね。彼の父親は教育熱心な神族のようだけど、それだけ彼に期待しているって事なのかな」

「違う。自分より強い神力を持って生まれた息子に劣等感を刺激されて、自分がなりたかった理想の神になるよう育てたんだ」



 中にイチゴジャムが入ってあるパンを食べながら二人の会話を聞いていたジューリアはギョッとなる。顔だけでそれ本当? と訊ねるとうんざり気に頷かれた。



「眼鏡は劣等感の塊なんだよ。兄者が自分より強いのはまあ良しとしても、俺や末っ子、息子が自分より強いのが気に食わないの」

「それって、ヴィルのご両親にも原因あるんじゃない?」



 生まれた時から弱い神力を持つ次男を長男の補佐としてしか育てなかった先々代神や周囲にも問題がある。



「本当は自分が神さまになりたかったんだよ」

「なればいいさ。兄者の考えで言うなら、眼鏡だって神になれる」

「どういうこと?」

「神族はいるだけで尊いというのが兄者の考え。力が弱かろうがそこに存在するだけでいいって事。力の強弱があれど天使が神族を守るのは当たり前だから」



 魔王が代々強い魔力を持つ者がその座に座るのは天使達から魔界を守る為。

 神もまた力が強ければ魔王の牽制にもなる上、天使達の士気も上がる。が、必ずしも強い神力を持つ神族が神になる必要はない。



「力に拘っているのは彼の父親だと?」と魔王に問われヴィルは頷いた。チョコレートクリームたっぷりのコルネットを齧って飲み込んだ。



「ヨハネスを理想の神にすることで兄者や俺達に勝とうとしてるんじゃない?」

「ネルヴァくんってどんな神だったの? 彼が天界に戻ってからは、最近会うまでは会っていなかったから」

「リゼル=ベルンシュタインが魔王にならなくて良かった、って思える神」

「え……?」



 どういう意味かと訊かれたヴィルは、昔ネルヴァがリゼルが魔王だったら天界と魔界を全面衝突させていたのにと愚痴を零された。

 危うくベーグルとイチゴジャムパンを落とし掛けた魔王とジューリア。天界と魔界が全面衝突したら人間界にも大いに悪影響を与える。



「兄者の冗談に聞こえない冗談は性質が悪いから嫌いなんだけどね」

「じょう、だん、だよね?」

「本気だったよ。声が本気だった」

「嘘……」

「ほんと」



 あっけらかんと言い切るヴィルにも引きつつ、仮にリゼルが魔王になっていたら今頃この世界はどうなっていたのかと目が遠くなった。



「補佐官さん、案外気付いてたり……」

「ど、どうだろう。リゼルくんが魔王になりたくなかったのは、妻と娘と長くいたいからなんだけど……リゼルくんなら、ネルヴァくんの企みに気付いてはいそうだね」



 心の底からリゼルが魔王にならなくて良かったと抱いた三人。



「ねえ! 他にも頂戴!」

「え、ああ、はい」



 パンが入れてある紙袋をヨハネスに渡した。わりとボリューミーな食パンを食べていたのに、まだまだ食べたりないらしく次にヨハネスが選んだのはコッペパンに大きなソーセージが挟まれトマトソースが掛けられたパン。前世ジューリアがよく食べていたホットドッグに似ている。

 更にカレー味で炒めたキャベツも挟まれており、食欲を大いに増幅させる。

 早速齧り付いたヨハネスにヴィルが呆れつつも、彼を見やる純銀の瞳はどこか優しい。なんだかんだ言いながらもヴィルなりに甥っ子を気に掛けているようだ。


 気付くと列はかなり進んでいて、買ったパンを全て食べ終わる頃にはようやくジューリア達の番が回ってきた。

 店の者に店内を案内されるとジューリアは魔王の手を引いてドレスが並ぶ一角に立った。


 マダムビビアンの弟子が経営しているのもあり、どのドレスも上品で高級感溢れる。今立つのは貴族でないと購入が難しい値段のドレス。



「どう? ビアンカさん着てくれるかな?」

「我儘は言わせないよ。ただ、これだけのドレスならしばらくは困らないよ」



 早速、近くにいた店の者に並んであるドレスを全て購入する意思を伝え、滞在している宿に届けるよう頼んだ。

 購入書にサインを求められ、書類を持って来ると店の者が一旦離れるとヨハネスがヴィルに強請っているのを聞いた。



「叔父さん僕も服欲しい」

「ここは女性限定の店。お前のは後で神官達に用意させる」

「人間って性別で店を分けるの?」

「此処はあくまで女性限定であって、他の店なら紳士用にも作っているのはある」

「そうなんだ」



 初めての人間界での買い物はヨハネスの興味を大いに刺激するようで。興味深そうにドレスを眺めている。

 魔王が戻った店の者に代金を支払っている最中、ジューリアは側を離れヨハネスとヴィルの所へ移った。



「天界ではドレスってあるの?」

「あるけど、こんなカラーバリエーションはないよ。天使はどれも真っ白なのばっかり。神族は銀色が多い」

「貴方達以外にも神族っているの?」

「いるよ。僕やヴィル叔父さんとかは代々神の座に就く本家。僕の母さんは分家筋の神族」

「神にならない神族って何をするの?」

「父さんみたいに神の補佐をしたり、議会で人間達への祝福や罰を議論したりするよ」



 何もしないでフラフラしているのはヴィルとイヴ、それからネルヴァだけらしい。



「ヨハネス。聞きたいんだけど、ちょっと前に悪魔狩の追試なんてものがあっただろう。あれなに」

「ああ、あれか」



 悪魔狩と追試という、初めての言葉に興味をそそられたジューリア。魔王の会計が終わったらしく、ドレスは今日中に宿に届けられるというので一行は店を出た。



「ヴィル。さっきの悪魔狩の話を聞かせて」

「え? また悪魔狩の追試をするの?」

「また?」



 魔王の言葉に食い付き、更に知りたくなったジューリアにしょうがないと苦笑したヴィルが話すよと言った直後、知っている声がした。

 振り向くと侍女と護衛を引き連れたメイリンが馬車から降りてきた。

 側にマリアージュやシメオン、何ならグラースもいない。



「お姉様ではありませんか。こんな所で何を?」

「メイリンこそ、他の人はどうしたのよ」

「マリエッタ様のご招待でお茶会に参加していましたの。馭者がお姉様がいると言うから停めてもらいました」



 マリエッタとはメイリンと同い年のターナー侯爵家のご令嬢だ。二人は大の仲良しだと記憶している。メイリンの青の瞳がヨハネスや魔王に向けられた。



「そちらの方々は?」

「ええっと」



 ヨハネスはともかく、魔王については何と説明しようかと悩む。

 ヨハネスはヴィルの甥っ子。魔王はヴィルの兄の友達だと話すとメイリンは礼儀正しく自己紹介をした。天使や天使の友達ともなるときちんとしてくれて助かる。

 侍女がメイリンにそろそろ時間だと告げた。メイリンも反論せず、そのまま馬車に乗り込んだ。

 ほっと安堵したのも束の間、窓を開けて顔を出すと皇后主催のお茶会について話された。



「ジューリオ殿下と交流を深める絶好のチャンスなんですから、絶対に邪魔しないでくださいよ!」



 それだけ言うと侍女と護衛の乗車を急かせ、馬車が発車した。



「絶対邪魔しないから安心して!」





読んでいただきありがとうございます。



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