人外達の遊戯7
いつの間にいたのか分からずとも、リゼルとネルヴァの二人がジューリア達のいる場所に来たということは、少なくとも怪物の足止めに成功していると言っていい。ネメシスの情報を収集するヴィルは側に来たネルヴァを横目に見やった。
「倒したって訳じゃなさそう」
「簡単に死んでくれるなら苦労はしない。持って三十分程度が限界」
三十分を短いか、長いかと捉えるのはその人次第。ただ、この場にいる全員の共通認識は——短い、だ。
「此処を出なさいって言ったのに」
「最初はそうしようとしたけど、俺達の知らない帝国の掘り出し物がまだあるかもしれないだろ」
「私もリゼ君も同じ考えを持ってこっちに来たってわけ」
思惑は皆同じ。ヴィルが引き続きネメシスの情報を収集している傍ら、リゼルの腕に抱かれているジューリアは超絶好みの美顔を拝める距離でいるか、それとも下ろしてもらって二度はない皇后の部屋の探検をするかで悩んでいた。危機的状況で呑気な思考をしていると知られれば呆れられるだろうが、こんな時だからこそ一旦落ち着くのも大事だ。
下ろしてもらうのは諦め、代わりにリゼルに話し掛けてみることにした。
「補佐官さんやヴィルの兄者でも、あの怪物を倒すのにはまだまだ時間が掛かりそうですか?」
「少なくとも、奴の致命傷となる場所を見つけない限り、何度殺したって蘇る」
「うーん……」
ヴィル達四兄弟の母セレナを堕天化寸前まで追い込んだ黒い靄は、ユリアとセレナを融合させ、別次元の怪物へと変貌させた。ネルヴァへの憎しみによって出現したのなら、力の素となる憎しみを消さない限り怪物の絶大な力は維持されたままとなる。帝国が保有する秘宝全てをブランシュを使ったヘルトが神力を奪っているという予想はあれど、まだ見つかっていない代物だってある筈。代々皇族にしか受け継がれない物なら、帝国直属の魔法使いと言えど存在を知るのは難しい。
「どうだ、何か得られそうか」
「どう? ヴィル」
眠らせたネメシスの脳内に宿る情報を収集するヴィルの表情は変わらない。
「あ」と発すると全員の視線が一気にヴィルに集中する。
「何か見えた?」
「掘り出し物かどうかは分からないけど、皇帝の座を継ぐ皇子にだけ受け継がれる秘宝がある。多分在処を知っているのは現皇帝だろう」
やはりあった。皇帝ガイウスが常に身に付けている物は、豪華絢爛な外套や装飾品類。
「皇帝陛下に会いに行けば……って簡単には分からないか」
言い掛けたジューリアは現在帝国の頂点たる皇帝や皇后が何処に避難しているか分からないと思い出す。運悪く怪物の前に姿を現した皇太子とジューリオなら、緊急事態の際に皇族が使用する避難場所を知っているかもと声を上げた。リゼルの視線が二人を安全な場所へ飛ばしたネルヴァへ移る。先に読んでいたネルヴァは「なら、そこへ向かおうか」とヴィルの側を離れた。
「ヴィル。まだ収集する事はある?」
「見た感じなさげ、かな。このまま置いて行く?」
「この緊急時に皇后が部屋に戻って来るとは思い難い。このまま放って行くよ」
「了解」
ネメシスの持つ情報収集を止めたヴィルがリゼルに近付き、腕に抱いているジューリアを今度はヴィルが抱っこをする。
リゼルに抱っこをされていた理由は不明だが、多分うろちょろして勝手にいなくなるせい。前科がある為に予想の範囲内でもジューリアに反論する資格なし。
「皇帝陛下の持ってる秘宝が役に立つといいね」
「どうだか。ヘルトが皇帝の秘宝に手を付けていなくても、あの怪物を倒す代物かどうか話は別になる」
「甥っ子さんのお母さんとヴィル達のお母さんが融合しちゃったようなものなんだよね……融合を解除する魔法とか、ヴィル達のお母さんが持っている強い憎しみを浄化する魔法なんかがあれば良い助けになるのに……」
「浄化、か」
意味深に呟いたヴィルに心当たりが? と期待するもそうじゃないと否定される。ヴィルが言いたいのは、神力程ではなくても強力で神聖性を纏った浄化の力なら、元々セレナに纏っていた黒い靄への対抗手段になり得ると話した。浄化の力は人間で言うと聖女と呼ばれる乙女にしか持たない力とされており、フローラリア家の使う癒しの能力と全くの別物。一瞬癒しの能力を……と言い掛けたジューリアはすぐに口を手で覆った。
「もしくは」
「もしくは?」
「俺達神族も吃驚する祝福の力があれば或いは……」
祝福そのものが神聖性を纏っており、人間の使う祝福の魔法であっても効果はある。しかし、怪物に効果を齎す祝福となると特級の代物が必要。都合の良い代物がそんじょそこらにあるとはヴィルもジューリアも思っていない。
ジューリアはヴィルに抱っこをされたまま移動を始めた。
——同じ頃。
「気になる。気になるけど……!」
帝都中心街より少し離れた宿の一室に毛先に掛けて青が濃くなる青銀の髪に黄金の瞳を持つ女性がいた。
エイレーネー=ホロロギウムは、少し前宿を出て行った父とイヴにこう言い付けられていた。
『レーネ。私とダグラスが戻るまで決して外に出ないようにね』
『危ない場所には行かないわ。それ以前に、帝都は安全……』
『駄目なものは駄目』
イヴに念押しされるとエイレーネーもしつこくは言えず、少々不満げな表情を見せるが父ダグラスに頭をポンポン撫でられると悪い気はしなかった。
二人が出て行ってまあまあの時間が経つ。そういえば窓を開けても駄目だとイヴに言われており、外の景色を見たいところを我慢している。
「はあ……止めましょう。イヴがああまで言ったのなら、きっと意味がある筈」
無駄なことは……言わないことはないが、普段ならエイレーネーに折れて聞き入れるのに、今回に限って聞き入れてくれなかった。
「お父さんとイヴが戻ったらきっちり話してもらえばいいわ」
一人で納得したエイレーネーはふと、喉の渇きを覚えた。
「一応、イヴとお父さんが紅茶セットを置いて行ってくれたけど……」
チラリと目にしたのは、テーブルにセッティングされた紅茶一式。魔法によって温かい温度を保ったままのティーポット、三つのティーカップ、大皿に載った焼き菓子。
「私としてはお父さんやイヴとお茶をしたい……」
喉が渇いたといってもまだまだ我慢していられる程度。なら、二人を待とうとエイレーネーは持参した本を読むべく鞄に手を伸ばした。
その時。
扉が叩かれた。イヴやダグラスなら勝手に入る。もしかすると宿の人が来たのだろうとエイレーネーは疑問を持たず扉を開けた。
「あ……」
扉の先にいたのは宿の人などではなかった。薄い金髪に青の瞳の男性が立っていた。それも、左右の腕には女性を抱え、背には男性を背負って。
「イヴ様の言っていたエイレーネーとは君の事で間違いないな?」
「え? イ、イヴ? えっと、はい。私がエイレーネーです」
三人も抱えた男性の登場に強い衝撃を受けつつ、イヴの名が出た事によって少なくとも不審者ではないと判断した。何より、イヴに自分の名を教えられているのなら男性は悪い人ではない。大股で部屋に入った男性は、左右の腕で抱える女性二人を器用にソファーに座らせ、背に負っている男性をもう一つのソファーに寝かせた。
「済まないがイヴ様が戻るまで部屋を借りさせてもらう」
「イヴに私の名前を教えられているなら、貴方が悪い人ではないのは分かります。それに、イヴを敬称で呼んでいるなら……」
エイレーネーには一つの予想があった。
イヴはとても神聖な人。神を甥に持つ尊き神の一族。そのイヴを敬称で呼ぶ男性は、恐らく天使。試しに天使様かどうか尋ねると肯定された。大天使ミカエルと名乗られ、二度目の強い衝撃を受けた。大天使は天使より上位に位置する。そんな大物が……と思ったものの、天使よりずっと上の神の一族出身者がいると思い出し考えを捨て去った。
「眠っている方達は一体」
「済まないが訳を話している暇はない。イヴ様が戻るまでいい、此処に置いてほしい」
「わ、私は構いません。私もイヴやお父さんが戻るまで決して外を出ないように言い付けられていますし」
「お父さん? 君の父親も?」
「はい。お父さんは子供の頃からイヴと交流があって、私もお父さんのお陰でイヴと」
——イヴに教えられた人間の娘が滞在している宿に着いた時、ミカエルは強い衝撃を受けた。帝都を象徴する城が全壊に近いレベルで破壊され、街の人々は騎士によって避難している最中、此処の宿だけ違った。外を行く人々は宿が見えていないのか前を通り過ぎて行く。
中の人々は外の騒ぎに一切気付いてないのか、思い思いに過ごしており平和そのもの。宿を覆う強大な祝福の素となっているのはイヴの言っていたエイレーネーという女性。毛先にかけて青が濃くなる青銀の髪、黄金の瞳という珍しい色素を持った人間の女性を見た瞬間、ミカエルは二度目の衝撃を受けた。
エイレーネーの父親は人間なのに人外級の魔力を持つ大魔法使いと教えられ、遠くに暮らす娘が健康に安全に暮らせるよう強い祝福の魔法を掛け続けた。長年に亘って強大な祝福を授けられ、周囲にも影響を及ぼしている。一歩間違えれば特級呪物になるとはイヴの言葉。半分冗談かと思っていたら大きな間違いであった。ネルヴァやヴィル、リゼルでさえ度肝を抜くレベルの祝福だ。
エイレーネーの父親は、恐らく宿を出る前にも娘に祝福を強化している。宿全体に祝福が覆っているのもそのせい。
「あ。イヴが用意した紅茶がありますよ。温度は保ったままなので美味しいですよ」
「イヴ様が用意した? あ、あの方は紅茶を淹れられたのか?」
「? はい。掃除、洗濯、料理も上手なんです」
「……」
天界では至れり尽くせりな生活を送っていたあのイヴが生活能力を会得していた?
三度目の衝撃を受けるミカエルが呆然としている間にも、慣れた手付きで紅茶を注いだエイレーネーは茶菓子も渡そうと選び始めたのである。
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