人外達の遊戯6
右も左も、上も下も。何処に目を向けて逃げれば良いのか、逃げ惑う人々を気遣う素振りは空中戦を繰り広げる神族にも魔族にも一切ない。二人が相手取る怪物も然り。
「殺しても殺しても再生するなんて。こんな面倒な相手数百年生きてきて初めてだよ」
無駄口を叩きながらネルヴァの意識はしっかり怪物へ向いたまま。神力の塊そのものが人の形に具現化した。下位魔族なら視界に入れただけで消滅する規模の濃度を誇り、具現化した数十体が一斉に怪物に襲い掛かった。手を振り払って発生させた衝撃派で消そうとするがネルヴァの生み出した数十体に何ら影響はなく、ポカンとする怪物へ一斉に飛び付いた。目を閉じたくなる眩い光が帝都全体を照らした。
「自分で出しておいて言うのはあれだけど眩しい。そう思わない? リゼ君」
「黙れ。先にお前を殺すぞ」
眩い光のど真ん中で目を閉ざさない、何なら口も閉ざさないネルヴァの隣に降り立ったリゼルは素早く聞き取り不可能な言語を紡ぐ。神力そのものに襲われている最中の怪物の周囲を濃い紫と黒の混ざった魔力が覆う。リゼルが左手を握ると——紫と黒の混ざった魔力が怪物を光もろとも包み、裂けた空間の隙間に捻じ込んだ。
怪物を異空間に閉じ込めようと二人の表情に安息は浮かばない。
「これで何時までもつ?」
「さてな。おれの予想では精々三十分程度だろう」
「三十分か。ないよりマシか」
三十分を長いと捉えるか、短いと捉えるかは個人による。
リゼルとネルヴァにすると——短いも同然である。
「まあ、出来ることはある。例えば」
ネルヴァの銀瞳が地上へ降り注ぐ。千里の術式が即座に刻まれた銀瞳に映るのはジューリアを人質にし、帝国の魔法使いを足蹴にするビアンカの姿だった。ヴィルは何処に、と探すと白いネズミ姿になってビアンカの首の後ろにいた。
「帝都を出て行きなさいって言ったのに。全く」
「一つ聞くが帝国に伝わる秘宝でアレに通じる物はないのか?」
「さてね。興味がなかったものであんまり知らない。……ああ、案外。ヴィル達もそれを狙って」
ネルヴァの忠告の優先度を下げ、帝都に残ったままなのは彼等なりに怪物を斃す方法を探してものだとすると、あまりとやかく言うと可哀想だ。
——最初の作戦とは内容を少し変え、眠った振りをしているジューリアを人質に取ったビアンカはヴィルの力を借りて帝国の魔法使いが多く集まる場に姿を見せた。顔を包帯で巻いて目と鼻と口しか出ていないリューリュー、重傷でマリアージュの治療を受けるシメオン、騎士達に指示を出していたネメシスの瞳が見開かれた。
街のカフェでネルヴァに印を付けられたネメシスが最初に動き出すも、ネルヴァの力を利用したヴィルが呆気なく気絶させた。
「ネメシス!! っ……」
帝国最強の魔法士長が一瞬で斃され動揺するリューリュー。大声を出したせいで痛みが走ったのか、顔を手で抑えた。
「ジュ、ジューリアっ!!」
シメオンの治療をしながらマリアージュの悲鳴が響いた。
「この子の母親? 一人で逃げていたところを捕まえたわ」
「ジューリアを離しなさい! さもないと」
「さもないと、何よ?」
顔の痛みが抜けず蹲っていたリューリューの無防備な胴体を蹴り、倒れた彼女の背に足を置いた。重力を纏って動けなくした。
「皇帝直属の魔法使いは、飛び切り優秀だと聞いていたけれど、そうでもなさそうね。わたくし程度にこの様だもの」
頼りのネメシスは気絶したまま動けず、リューリューは元々負っている傷が重くハンデがあり過ぎる、そしてシメオンはこれ以上無理をすると命の危険があってマリアージュが騎士に頼みシメオンを抑えさせ、自身がビアンカの前に立ちはだかった。
「知っているわ。貴女、癒しの能力に特化した魔法が得意なのよね? だったら、わたくしに勝てないわよ」
「っ」
見目は美しい少女だろうと、中身は残忍な魔族。魔力量の差も歴然。魔族は魔力が強い程美しい容姿を持つ。ビアンカも例外ではないとマリアージュとて解している。
「……だとしても、お前が捕えているその子は……っ、私の娘。私の大切な娘よ! 絶対に返してもらう!」
狸寝入りをしているジューリアは心の中でぼやいた。
(どうしてまだ私を助けようとするの……メイリンや上の人がいれば私一人減っても変わらないのに)
「そう? でも、考えてみなさいよ。この子は最初に捕まえた魔族から逃れたくせに、またこうして捕まっているのよ? 無能だと思わない? まあ、わたくし達魔族にしたら、御馳走が無防備に出歩いてくれたお陰で探す手間が省けたけれど」
魔界で生活をしていた頃のビアンカについては、魔王やリシェルから少し聞いた程度で詳細を知らないにしても、流石リシェルと王子を巡って争っただけはあると感心する。すらすらと悪女の台詞を紡げるのは慣れているからだ。
「マリア、ジュ、私に任せなさいっ」
引き止める騎士達を制し、立つのもやっとな状態でシメオンはマリアージュの隣に並んだ。荒く息を繰り返し、治療途中の傷口から血が流れている。
「シメオンいけないっ、貴方は下がってて」
「いやっ、マリアージュ、癒しの能力はフローラリア家の女性にしか受け継がれない。貴重な使い手である君を失う訳にはいかない! 何よりっ、私もジューリアの親だ! ジューリアが何と言おうと必ず助ける!」
狸寝入りをしながらも会話はしっかりと聞いているジューリアは小声でビアンカに問われる。
「この騒動が終わったら、一度腹を割って話しなさい。わたくしの目に映る貴女の両親は、魔族に捕らわれた娘を助けたいだけの……ただの、人の親よ」
「……」
いつものジューリアなら断固お断り! と声を張るだろう。
だが。
「……よく、分からないです。なんで散々手を振り払う私を見捨てないのか」
「親になったことがないわたくしに聞かないで。知りたいなら、自分で直接聞きなさい」
七歳の魔力判定の儀でお前は娘じゃないとジューリアを最初に見捨てたのはシメオン自身の意思。決してブランシュの魔法は関係ないと断言できる。伊達に前世で家族に虐げられてきた訳じゃない。人間が本心で言葉を放った後呆然とするのはよくあること。自分の腹に回るビアンカの腕にそっと触れるとネズミ姿のヴィルが姿を出した。
「よし、ネメシスの身体に転移魔法の術式を刻んだ。俺の合図で違う場所へ飛ぶよ」
「分かったわ」
さっと姿を隠したヴィルを見た後、ジリジリと近付くシメオンへあくどい笑みをやった。一気に警戒をする人間達に緊張が走った。
「時間切れね。手土産にこの人間も頂いていくわ」と指差したのは倒れているネメシス。
「ネメシスをどうするつもりだ!」
「お嬢さんと比べると大したことないけれど、まあまあの魔力を持っていそうだもの。勿論、美味しく頂くわ。感謝しなさい、数が多いだけの役立たずな人間がわたくし達魔族の役に立つのだから」
台本もない状態でよくこれだけの悪役の台詞が出るものだとヴィルとジューリアはこっそりと感心する。
満面の笑みで憤る人間の姿に満足し、駆け出したシメオンを魔力で弾き飛ばすとヴィルの仕掛けた転移魔法が作動してネメシス毎姿を消した。
——着地したのは広くて室内の家具や壁が豪華な部屋。ネズミ姿から元の姿に戻ったヴィルは、床に下ろされたジューリアを抱っこした。
「ヴィル! ところで此処何処?」
「さあ? 誰もいない安全な場所って設定した」
「ええ……」
「ねえ」
いつの間にかビアンカが隣室を開けていた。壁に丁寧に掛けられた何着ものドレスを見るに皇后の私室だと判明する。
「多分、陛下や皇后は緊急事態が起きた時の安全な場所にいると思うよ」
「だろうね」
あの時、運悪く姿を見せたジューリオや皇太子はネルヴァによって安全な場所に飛ばされた。
連れて来たネメシスを見下ろし、床に膝をつけたヴィルはジューリアを下ろすとネメシスに触れた。
「取り敢えず、先ずは帝国側の情報を見よう。その後でどうやって国を出るか、だ」
「……ヴィル」
不意にヴィルを呼んだジューリアはあることを零した。
「天使の祝福がされたブルーダイヤモンドのように、皇族が管理する秘宝にはまだ同類の物ってあるの?」
「あるとは思うけれど、どうせブランシュの肉体を借りたヘルトが奪ってる」
「もしかしたら掘り出し物があるかもしれないし、ブランシュでも知らない秘宝があるかもしれない。ネメシスの情報を見たら宝物庫に行って探してみようよ」
ジューリアの提案には一理あり、ビアンカも乗った。悩んだ末、ヴィルは「分かった」と了承し、ネメシスが持つ情報を全て見る。
待っている間、ジューリアとビアンカは興味深げに皇后の部屋を見て回っていた。天蓋付きの大きなベッド、最高品質のテーブルやソファー、飾られている花瓶も超一流の品々。一人の部屋にしてはあまりに広すぎる。フローラリア家のジューリアの部屋も広いが皇后の部屋と比べると倍の違いが生じるのだ。
「ジューリアになってもうすぐ十一年になるけど、広すぎる部屋ってあまり落ち着かない」
「前世の家はとても狭かったの?」
「こっちで言う平民の家と変わりませんが、私の家は裕福だったんで大きい方でした」
現物をビアンカが見たらきっと小さいと言いそうだ。
今日以外では入れない皇后の部屋を探検しだしたジューリアの身体が突然浮いた。へ? と間抜けな声を出すとくるりと反転させられ、眼前に映し出された超絶美形に目を剥いた。傷一つ負っていないリゼルを瞠目して凝視すれば「やれやれ、さっさと逃げなさいって言ったのに」と小言を飛ばすネルヴァの声がした。見るとヴィルの横にいつの間にかネルヴァがいて、再び視線をリゼルに戻すと腕に抱かれた。
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