人外達の遊戯4
怪物は慈愛の微笑みを浮かべたまま、多数の火球を出現させた。相手を焼き殺す意思が宿った火球は主が敵と認識したリゼルやネルヴァを猛追。難なく避けるか、結界で消滅させれば火球は爆発を起こした。地上に炎が降り注ぎ人間達の悲鳴や絶叫が消えない。地獄絵図とはこの事か、と呟いたネルヴァは背後に迫った怪物の手をひらりと避け至近距離で神力の塊を放出。遠くへ吹き飛んだ怪物を見つめていれば隣にリゼルが立った。
「奴の再生能力は魔族よりも上だ。神族をベースに堕天化したなら、神族の弱点を突けば倒せるか」
「どうだろうねえ。元はユリアだとしても、今は魔族とも神族とも言えない怪物に成り果てた。どこが弱点と聞かれると私にも分からない」
一般的な急所と言えば心臓、若しくは脳。どちらかを破壊すれば怪物の息の根を止められるというのがネルヴァの見解。リゼルは否定しなかった。
「心臓や脳を破壊して死なない魔族っているの?」
「ほんの一部だがいる。首と胴体を切り離すと死ぬ」
「だったら三択か」
心臓、脳、首のどちらかを狙い続ければ怪物を殺せる。一瞬両目を閉じたネルヴァが再び目を開ければ、遠くへ吹き飛ばした怪物は元通りの姿で現れた。両手にはヨハネスと歳の変わらない少年を抱いている。絶叫と悲鳴を上げる少年の全身を抱き締めて潰した怪物は大きく口を開け死体を貪る。
「さっきもやってたね。まさかと思うけどヨハネスを探しているとか……」
「見つけて食べる為か?」
「本人に聞いてよ。——まあ」
心臓を取り出し、片手で握り潰すと大量の血が飛び散り怪物や地上を血に染めていく。無意識に我が子に似た人間を殺すのは、ユリアが素となっているせい。にっこりと微笑んだ怪物は再びリゼルとネルヴァに迫った。二人は左右に開き、間を貫通しかけた怪物目掛け二人同時に攻撃を与えた。今度の怪物は全身に頑丈な結界を纏って攻撃を防いだが、力の出力を最大限にする二人が勝り地上へ突き落された。帝国の象徴たる城の破壊は止まらない。空中で人間達を一切気にせず戦うリゼルとネルヴァのせいで。
大量の砂塵が舞う地上へ降りたリゼルに続いてネルヴァも降りた。怪物が落ちた周囲には巨大な穴が出来上がり、巻き込まれた人間が倒れている。ふむ、と呟いたネルヴァが彼等を転移魔法で飛ばそうとした直後、聞き覚えのある声が自身を呼んだ。予想通りなら今ジューリア達が城へ向かっている最大の理由、と期待して振り向いた。右腕の肘から先が無くなり、全身に傷を負ったブランシュが満身創痍の状態で立っていた。腹にあるヘルトの顔はそのままだが、今の意識はヘルトが握っていると認識して間違いない。
「その様を見るとセレナとユリアが融合した怪物に襲われでもしたのかな?」
「ネ、ネルヴァ……頼む、助けてくれっ、お前の神力をほんの少しでいいっ、私に分けてくれ。わ、私を助けたら行方不明にしたこ、子供達の居場所を全て教える」
「へえ」
まさかこんな半死人の状態になっているとは予想外ではあるが神族の身体は丈夫だ。ブランシュは人間だが神力で保護すれば耐えられる。笑ったネルヴァが了承したと勘違いしたヘルトは助かったと言いたげな安心した面を見せたその直後、一瞬で距離を詰めたネルヴァに顔面を片手で掴まれた。
「何を貴様っ」
「私に貴方を助ける義理はない。ただ、知っての通り罪を犯していない人間を私達神族は殺せない。現在進行形で人間達に構わず戦っているせいで多くの人間が犠牲になっている。……私の言いたいことが分かるかな?」
目も口も笑っているのに冷え切った銀瞳には何も宿ってない。ネルヴァが何を言いたいか悟ったヘルトは暴れたくても顔を掴まれている力が強くて動けず、また、全身に負った傷のせいで体力も僅かしか残っていない。
「私が人間を殺した罪を貴方に背負ってもらう」
「なっ」
「ミカエル君が名乗りを挙げたけれど、彼のような大天使を失うより、有効活用して処分したい父親を選ぶのが合理的でいい。貴方だってこのままあの怪物によって国を滅ぼされるのは嫌だろう?」
ヘルトが選んだ人間ブランシュは帝国民。自国を失って死ぬより、役に立って死ぬ方が彼だって報われる。皇帝直属の魔法使いなら尚更。口を震わせ、言葉を発しようとしたヘルトの顔を掴む力を強め、素早く呪文を紡いだ。ブランシュの肉体に神力が込められた文字が走り、声を上げようと藻掻くヘルトをやはり冷めた銀瞳が見つめる。
「最後くらい、神族らしく役に立ってくれ」
息子が父親へ願う最後の望みを強制的に刻み付けた。人ならざる絶叫を上げるヘルトを地面に抛ったネルヴァは急いでヴィルに連絡を取った。ネルヴァ自身がヘルトを見つけ、現在進行形で犯している罪を肩代わりさせる作戦は無事成功。ジューリアを連れて城へ向かっている道中だと予想したネルヴァが甘かった。
『……タイミングが良いのか、悪いのか。今兄者とリゼル=ベルンシュタインが戦ってるエグイのが俺達の目の前にいる』
絶句するもすぐに思考を切り替え、話を聞いていたリゼルとすぐさま転移魔法でヴィルの神力を辿って飛んだ。遭遇してすぐだったらしく、怪物に手は出されていない。
「ヴィルの兄者と補佐官さん……!」
場所は城の入り口付近。ヘルトに気を取られている間に移動していたのだ。
「……」
ジューリアはヴィルに抱かれており、一緒にいるビアンカはヴィルの後ろにいて怪物を見ないようにしている。溢れる母性に当てられて母恋しい気持ちが沸き上がらないように。ジューリアの方は真正面から怪物を見ても大丈夫なようである意味安心した。
怪物はジューリアを凝視していてキラリと光る黒曜石が却って不気味だ。
「な、何で私をずっと見てるのかな」
「……あの怪物にとっても『異邦人』のお嬢さんは魅力的なのかな」
「ええ……」
考えられるのはそれくらいだとはジューリアとて解しており、怪物の視界からジューリアを遮断するようにネルヴァが立つとヴィルに顔を少しだけ向けた。
「ヴィル、お嬢さんを連れて今すぐに帝国を出て行くんだ。ヘルトに私が人間達を殺した罪を押し付ける術式を刻んだ。お嬢さんを狙う余力は残っていない」
「兄者がリゼル=ベルンシュタインと組んでる割にピンピンしてるよ、あいつ」
「心臓か頭、もしくは首を狙えば殺せる。本当はもっと確信のある方法が良いのだけれど……」
どれも死亡率が高い候補であって確実に怪物を殺せる保証はどこにもない。苦虫を噛み潰した面をするネルヴァに対し、リゼルの方は淡々としていた。それしか方法がないなら死ぬまで殺すしかない、と。
「リゼ君らしいや。という訳でヴィル。お嬢さん達を連れて逃げなさい」
「死んだら俺一生恨むよ」
「可愛い弟に恨まれるのは嫌だねえ。……絶対に生きて帰ると言ってあげられないのも嫌だけど」
「……」
ジト目でヴィルに睨まれ、苦笑したネルヴァは視線を怪物へ変えた。
「さあ、行きなさい」とネルヴァが発した時だ——
「ジューリア!?」
最悪なタイミングでジューリアを呼んだのは、多数の護衛に囲まれたジューリオだった。皇太子もいる。安全な場所に避難しないとならない皇族がどうしてこんな場所にいるのだと叫びたくなったジューリアだが、怪物がジューリオや皇太子を見て目の色を変えたのを見逃さなかった。
「逃げて!!」
ジューリアの叫び声より早く多数の護衛は怪物が一度瞬きをした瞬間、胴体が暴発して死んだ。瞬きの間の出来事にジューリオと皇太子が呆然としている間にも怪物は二人に迫り、黒い手がジューリオに伸びた直後。ジューリオと皇太子を纏めて転移魔法でネルヴァが飛ばし、怪物の前に回り込んだリゼルがゼロ距離で雷と炎の融合魔法を叩きこんだ。咄嗟にビアンカの腕を掴んだヴィルは適当な場所に飛んだことで被害に遭わずに済んだ。
「ビアンカさん、怪我は?」
「な、ないわ」
「そっか」
「ベルンシュタイン卿達はあんな化け物と戦って無傷なんてっ……どっちが化け物か分からなくなるわ……」
それについてはジューリアも同意したい。
「殿下達、あんな最悪なタイミングで来なくてもいいのに……」
護衛を多数連れて城の入り口へ来ていた理由が浮かばない。逃げる為としても、皇族が使う専用の通路だって城にはある筈だ。
「危険を承知で外へ出ないとならなかった理由があるとしたらそれって……なんだろう」
「一番考えられるのは一般市民の避難誘導。皇帝が全指揮を執っているなら、皇太子は動ける人員を集めて市民の避難誘導を買って出たというのが理想かな。皇子様も一応皇族なんだし、自分の務めを果たそうと付いて来たっていうのが俺の予想」
「当たってそう」
城を半壊滅に追い詰めた怪物は未だ健在。リゼルとネルヴァが倒すと信じてもその間に犠牲者や建物の被害は増え続ける。
「私に出来ることって何かないのかな……」
「ジューリアに出来るのは、絶対に捕まらないこと」
「うん……」
納得しつつも本当にないのかとジューリアは考える。
「ここで話し込んでいても帝国がどう動いているか知るのも必要じゃない? わたくしがお嬢さんを人質にして帝国の魔法使いを誘き出す作戦を実行して聞き出しましょう」
「それしかない、か」
ビアンカの提案を了承したヴィルはジューリアも同意見だと頷いたのを見て、皇帝がいる場所を探り始めた。
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