思考回路の一致①
——遠く離れたある王国の地。美しい湖の側に立つ一軒家から二人が出て来た。ふんわりとした純銀の髪と同じ色の瞳を持つ男性と毛先にかけて青が濃くなる青銀の髪に気怠げな空気を纏う男性。どちらにも言えることは言葉を失う美貌の持ち主。特に純銀の髪の男性は、美人という言葉がぴったりな容姿。彼——イヴは小さな欠伸を漏らした相手にやれやれと苦笑した。
「何徹?」
「三くらいか?」
「残念。正確には五日」
「そうか」
また欠伸をした男性——ダグラスは家の奥が慌ただしいと知りつつも、特に気にせず、側に置いてある長椅子に座った。
「お前の話が本当なら、エイレーネーを連れて行くのは気が引けるな」
「私としては、初めて他国へ行く良い機会だと思ったんだ」
「まあ」と続け、肩を竦めたイヴは表情から笑みを消した。
「神の祝福を授けられる帝国でかなりの騒動が起きているのは明白。それも——私達兄弟の親が原因だなんてね」
純銀の髪と瞳。イヴは天界を統べる現神ヨハネスの叔父の一人。ネルヴァ、アンドリュー、ヴィルの三人を兄に持つ末っ子である。
「人間を守り、天使や人間を導く神が己の力欲しさで人間の娘を狙うとはな」
呆れとも違う、表現が難しい声色で溜め息混じりに紡いだダグラスに否定をしない。
「お前の兄達と連絡は?」
「ちょっと前までは取れていたのに今は駄目。兄者もお兄ちゃんもね」
兄者はネルヴァ。お兄ちゃんはヴィルを指す。感知能力の範囲を大幅に広げ、帝都にいる二人の神力を探っている最中のイヴが不意に声を出した。曰く、ヴィルの神力は感知したがネルヴァの神力が感知できないと。
更に。
「ふむ……魔族の気配が三つ、それと……大天使の気配が一つする。大天使は私もよく知っている。魔族の方は……一人だけなら解る」
強大な魔力が何かに触発されてより大きく膨らんでいる。魔力の主は現魔王の補佐官を務める魔界で一番強い魔族のものと説明すれば、眠たげな表情のままダグラスに何故補佐官をしているのかと突っ込まれた。魔界の事情をイヴに聞かされ、ある程度把握しているダグラスの質問は尤もなもの。
「さあ? 兄者曰く、どっちが魔王になろうと片方が補佐官に就いていただろうからどっちでも良いんじゃない?」
「そうか」
ダグラスはあっさりと納得した。
「お兄ちゃんの側に知ってる神力がある……これは多分ヨハネス。もう一人、強大な魔力を持つ子がいる。となると……この子がお兄ちゃん達の言っていた『異邦人』の女の子か」
「イヴ。『異邦人』というのは、前世の記憶を持った人間を指していたな。実際『異邦人』が生まれる確率はどれくらいなんだ?」
ダグラスに問われたイヴは「正確には把握してない」と前置きし、珍しいとだけ答えた。珍しいが故に貴重な存在とも言える。『異邦人』が持つ魂は悪魔や天使、神族にとって御馳走となる。四兄弟の両親が『異邦人』の魂を狙うのは、己の力の増幅。嘗て自分達に重傷を負わせた挙句、神力を奪ったネルヴァへの復讐。清廉な心を持たねばならない筆頭とも言うべき存在がよりにもよって身内に復讐する等あってはならない。
「私に連絡を入れたのは万が一の為さ」
「その万が一が今起きているというわけか」
「みたいだね」
気紛れでアンドリューを除いた弟達に構われたい長兄を鬱陶しく思うことは数知れず。しかし、本当に嫌っている訳じゃない。一番強い神力を持つネルヴァが両親に負けるとは考えられない。神力を感知出来ないのは、他の理由があるからだとイヴは己を納得させた。
(それでも……)
心の内に巣食う不安は消えない。
「あの大馬鹿達が利用している人間によって帝都の中枢を担う人間達の洗脳は恐らく完了している。帝都に着いたら、レーネは安全な場所に置いて私とダグラスはお兄ちゃん達と合流しよう」
「ああ。それでいい」
「お父さん! イヴ! 後もう少しで準備が終わるわ!」
危険な場所に赴くのはイヴとダグラスだけ。
現在進行形で準備をしているエイレーネーだけは安全な場所に置いていく。
二人の考えに相違はない。
家の奥から届いたエイレーネーの言葉に「レーネ。ゆっくりでいいよ」とイヴは返事をした。
——場所は帝都の地下。二代前の神ヘルトが意思を乗っ取ったブランシュの肉体の前でネルヴァは崩れ落ちた。
無傷のヘルト。
全身血に濡れたネルヴァ。
「言っただろう我が息子よ。お前では私を殺せないと」
手に付着した大量の血を舐め取ったヘルトは不敵に嗤い、息をするだけで精一杯なネルヴァの胸元を掴み上げた。
額から頬にかけて血が流れ手に落ちる。にいっと嗤って見せてもネルヴァは表情を変えない。黙ってヘルトを睨むだけ。
「悔しいか? 余裕綽々だったのに私に負けて」
「……」
「ああ、お前は私やセレナの誇りだった。期待を裏切ったのはお前だネルヴァ」
何も言わないネルヴァに飽き、地面に抛ったヘルトは高笑いをした。事実を知られた以上、ヴィルもヨハネスも、現在帝都にいるらしいミカエルも生きて帰すつもりはない。ミカエルはともかく、ヴィルやヨハネスもネルヴァ程ではないが強大な神力を持つ。ジューリア共々捕らえ、ジューリアの魂を喰らった後は全員の神力を奪う。
「まずはお前だネルヴァ。先にお前の——」
神力を奪ってやる、と言い掛けたヘルトだが、ブランシュ宛の通信が入ったことで舌打ちをした後ブランシュの声で応答した。
「此方ブランシュ」
『ティ、ティアだ』
「ティアですか。確かネメシスと一緒でしたね。何かありましたか?」
『魔族の一人を捕らえた。シメオンやテミスを襲ったやつだ』
「! それは……」
厭らしい笑みをネルヴァにやり、続きを促した。
魔法植物で魔王級の魔力を持つ魔族の捕獲に成功し、魔力封じの牢獄に閉じ込めたことがティアの報告で知れた。他の報告も聞いた後、通信を切ったヘルトは興奮した様子でリゼルが捕まったと言い放った。
「残念だったなネルヴァ。多分お前はリゼル=ベルンシュタインを当てにしていたんだろうが奴も捕らえた! お前達の力や『異邦人』の魂を喰らった後ならば十分リゼル=ベルンシュタインを洗脳することが出来る!」
「……」
「確か、奴の娘もいるのだったな。捕らえたのはリゼル=ベルンシュタインのみだが娘の方は後で捕えればいい。奴とて、愛娘を人質にすれば大人しく言うことを聞くさ」
愉しくて愉しくて仕方ない。何もかもが自分の思い描くルートに進んでいる事実が。
ヘルトはただただ高笑いを続けたのだった。
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