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まあ、いいか【連載版】  作者:
元神による悪魔狩と天使喰らい
131/133

囚われの父娘

 



 大教会に残ってテミス——基、アスカの治療を継続中のミカエルは天界へ行ったまま戻らないキドザエルを心配していた。ユリアに話を付けたらすぐに戻ると言っていたが時間が掛かり過ぎている気がする。何事も慎重に動くキドザエルがヘマをするとは到底考えられない。ユリアと話をしたくても他の天使やアンドリューの目があって接触出来ていない可能性が高い。一刻も早く天界へ戻り手助けをしたい気持ちに駆られるも、ミカエルが命じられたのはアスカの治療。死なない程度に重傷を負わせたとリゼルは言ってのけていたが、魔王よりも強い魔族の攻撃を受けて死ぬ一歩手前の状態になってしまっている。治療に時間が掛かってしまうのだ。



「ネロさん達、戻って来ないね……」



 ぽつりと零したのはリシェル。こっそり部屋を出て行ったジューリアとヨハネスを連れ戻しに行ったまま戻らないネルヴァを心配していた。



「……」



 リシェルの言葉は沈黙に吸い込まれただけで誰も何も言わない。リゼルでさえ。リゼルは腕を組んだまま椅子に座っていて、何事かを考えているような表情をしている。

 次にビアンカ。嘗ての恋敵と政敵、更に種族の天敵がいるこの部屋で意外にも大人しくしていた。ただ、沈黙が包み込む室内の空気に耐えられなくなり、空気を入れ替えるべく窓に近付いた。鍵に手を掛けた直後「待て」とリゼルが止めた。訝し気に振り向くと椅子に座っていたリゼルは立ち上がり、扉を強く睨み付けていた。



「ベルンシュタイン卿?」

「パパ?」



 二人がリゼルを呼んだ。その直後。扉が勢いよく開かれた。

 驚くリシェル、ビアンカ、ミカエルと違いリゼルは冷静なまま。



「失礼します。突然のご無礼お許しください」



 外にいたのは腰まである長い新緑色の髪に橙色の瞳を持つ胸の大きな美女。優し気な笑みを浮かべているのに無機質なものに思えてしまう不気味な美女は、少し前に街のカフェで接触をしてきた皇帝直属の魔法使いネメシス。同じ魔法使い達を纏める魔法士長のネメシスがこの部屋に来たのは偶然ではない。リシェル、ビアンカ、リゼルに視線をやった後、ふわりと笑んだ。



「後ろにいる女性二人と貴方。単刀直入に聞きますが人間ではありませんね?」

「だとしたらなんだ」

「現在、我が帝国の民が魔族に攫われ行方不明になってしまい、皇帝陛下の命令でその魔族と攫われた民を捜索しておりますの」



「もっとも」とネメシスの橙色の瞳がミカエルに治療されているテミスへ向いた。



「一人は見つかりました」

「良かったな。だが、その言い方だと複数いるように聞こえるが?」

「ええ。後一人。帝国建国時より存在する名家フローラリア家の長女ジューリア様です。ジューリア様は何処に?」



 テミスがいると解った以上、誤魔化そうとしても無駄。

 リゼルは遠くから感じていた神力が途切れ、また感じてもネルヴァの神力ではないと知って席を立った。窓を開けようとしたビアンカを止めたのはネメシスが既に部屋の前に立っていると感知した為。



「知りたいなら、おれに吐かせてみろ」

「では、そうさせてもらいますね」



 駆け寄ろうとしたリシェルを視線で制したリゼルとネメシスが消えたのは同時。


 途端、空全体に炎が広がった。


 急いで窓に駆け寄ったリシェルは上空で魔力を制限せず魔法を放つリゼルとリゼルの魔法を容易く防ぎ応戦するネメシスを見上げた。



「人間界であんなに魔力を解放するパパ見た事がない」



 以前、リゼルと人間界へ失恋旅行をした際、揉め事が起きたと言ってもリゼルはほぼ力を使わなかった。

 天使や神と繋がりの深い帝都で魔族が力を解放してしまえば、自分は魔族だと宣言しているのと同等。人間界で平穏に暮らしたい魔族が多いとリゼルはよく知っている。そのリゼルがネメシスを相手に魔力を解放したのは——手加減して倒せる相手ではないということ。



「城に行った神族やお嬢さんが戻らない辺り、お嬢さんを狙っている二代前の神が動き出したのね」

「ネロさん達無事に戻るといいけど……」



 心配で堪らないリシェルが零した。神族の中で一番強い神力をネルヴァが持っていると言えど、相手は二代前の神の座にいた神族。ジューリアの魂を十一年前から狙っているのだ、何も策を講じていない筈がない。



「あの」



 テミスの治療を続けているミカエルの斜め前辺りに立ち、治療の進捗具合を窺った。傷が深いのと魔族の魔力が体内に充満しているせいでミカエルの治癒がテミスの体内に上手く入り込めない。テミスに重傷を負わせたのは父リゼル。何と言えば良いかリシェルが言葉を探せばミカエルは首を振った。



「魔族の君が気にする事じゃない。敵対者を徹底的に叩きのめすのは、魔族も天使も変わらん」



 決して相容れない二つの種族。ぶつかれば、どちらかが死ぬまで戦うのみ。頭で分かっていても目の前で治療に苦心していると情が湧く。リシェルが「あの」と発した時、唐突に嫌な気配を察知。ビアンカもミカエルも同様。その正体が迫っていると直感で感じ取ったリシェルはミカエルとテミスを魔力の膜で遠くへ飛ばした。

 その際両手を突き出したリシェルは体勢を崩し、前方へ倒れかけたのだが、床から出現した薔薇の蔓のような刺々しい触手に囚われた。天井を突き破って高い空の下まで伸びた触手は急に動きを止めた。


 下の方からビアンカとミカエルの叫び声が届く。



「うっ、ううっ」



 尋常ではない力で締め付けられるせいで身体が悲鳴を上げ、棘が服に、肌に食い込み、貫通して血が流れ出ていく。



「リシェル!」



 氷の球体を飛ばしたネメシスを球体諸共地面に叩き付けたリゼルが愛娘の危機を察知出来ない筈はない。リシェルの身体を拘束する触手を焼き、腕の中に落ちたリシェルを抱き留めた。触手の棘が肌を傷付けたせいでリシェルの上体は血に濡れ、拘束の力も尋常ではなかったせいで触れると痛がって顔を歪めた。



「すぐに傷を治してやる」

「パパ……っ。私の事より、下にはまだ——」



 下にいるビアンカとミカエルの事を伝えようとしたリシェルの目に、リゼルが焼いて焦げた触手が自分達の周囲に広がっている様を映し出した。唖然とするリシェルにリゼルが気付いた瞬間、周囲の触手が二人に纏わりつきリシェルを拘束していたような刺々しい太い蔓となった。



「リシェル様! ベルンシュタイン卿!」



 物凄い力で蔓が下降し、ビアンカやミカエルのいる部屋の床を通り抜け地中へ引き摺り込まれた。ビアンカの叫び声は地上の光が瞬く間に遠くなっていくリゼルとリシェルには小さく聞こえた。

 触手が動きを止めたのは一切の光や音が届かない深い地中。琥珀色の瞳を光らせたリゼルが下を見やる。これより下にあったのは、大樹の幹を彷彿とさせる芋虫の胴体。よくよく観察すれば、下半身が芋虫で上半身は裸の女の両腕からリシェルとリゼルを拘束する触手を出していた。怪物が呻き声を上げ、下に何がいるか見えないリシェルは怯え、娘を抱き寄せたリゼルは安心するようにと頭を撫でる。



「怖がらなくて良いリシェル。すぐに地上へ戻るぞ」

「へえー、簡単に逃げられちゃあ困るねえー」



 リゼルの言葉にリシェルが安心したのも束の間、掠れた老女の声が何処からともなく聞こえる。姿を現せとリゼルが鋭く言い放った途端、身体を拘束する触手の締め付けが急激に強まり、二人の服を貫通した棘が肌に刺さった。血が流れ、尋常ではない拘束に苦しむリシェルだけを逃がしたいリゼルが魔法を使用しようとしたら、触手が光を帯び魔力を奪い始めた。



「ううっ、あ、ああああああああああああ!!」



 激痛を伴う魔力の搾取に悲鳴を上げるリシェルに対し、同じ痛みが襲っているのに悲鳴を上げず姿の見えない相手がいるであろう場所を睨み付けるリゼル。リゼルが拘束を解こうと魔力を集めれば、光は増し搾取される魔力量がより増量し痛みも増した。



「……もう一度言う。姿を見せろ」



 地の底を這う恐ろしい低音は隠れている相手を誘き出す効果が絶大であった。


 赭面の老女は自分が優勢なのに、恐怖を抱かせるリゼルに戦慄した。





読んでいただきありがとうございます。



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