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まあ、いいか【連載版】  作者:
元神による悪魔狩と天使喰らい
130/133

狂神の執着と憎悪⑤

 

 


 足首に纏わりつき、そこから上へ駆け上がる黒い靄はあっという間にネルヴァの身体に巻き付いた。ニタリと厭らしい笑みを浮かべるブランシュによれば、天使や神族にとって致命的な汚れそのもので弱い天使なら纏わりつかれた瞬間堕天使となってしまう。四兄弟の母セレナもこの黒い靄によって堕天した。



「やったのは君?」



 強大な神力を有するネルヴァでも黒い靄の影響は受けるのか、纏わりつかれている肌が焼け煙が上がる。



「兄者離れろっ、兄者でも長くは保たない」

「黙っていなさいヴィル。第一、これくらいで私は堕天しない」



 強い危機感を持つヴィルに対し、当事者のネルヴァは至って冷静だ。その冷静さが却って不気味に思える。

 ヴィルからブランシュに意識を変えたネルヴァが再度訊けば、最初は違うと答えられた。


 黒い靄はヘルトとセレナが抱えるネルヴァへの復讐心によって生まれた魔法生物。濃密な怨念の塊たる黒い靄をネルヴァにぶつけてしまえば、殺す事は不可能でも大怪我を負わせられると二人は踏んだのだが。黒い靄は制御(コントロール)が利かず、無防備なセレナを襲った。黒い靄に全身を覆われたセレナは急速度で堕天化が進み、間一髪ブランシュが止めた事で完全な堕天化は防げた。しかし一度堕天した天使や神族を救う方法がないのと同じで変わり果てたヘレナは元に戻れなかった。嘗ての容姿とは程遠い姿になり、挙句理性が著しく低下したヘレナは視界に映った者を見境なく襲う様になる。仕方なくヘレナの動きを封じる事で大人しくなってもらったのだ。



(これ)大人しいのは分かった。なら、(それ)は?」

「何がですか」

「君の体内に入り込んだ(それ)さ」



 自身の父、先々代神を指差したネルヴァ。人間の体内に入り込んでまでネルヴァに復讐を果たしたい先々代神が何故ずっと静かなのかと指摘した。ヴィルも同意らしく、復讐心を抱くネルヴァやネルヴァの予備になれなかったヴィルを見れば性格的に激昂すると話した。



「ずっと静かにしているのは、君が何かしているからかな?」

「いいえ? 私は何もしておりません。強いて言うなら——私がされている側です」



 途端、纏う空気を一変させたブランシュから距離を取ったネルヴァ。身体に纏わりついていた黒い靄は己の神力で全て弾いた。ヴィル達の側に降り立つと美しい相貌には似合わない皺を眉間に寄せていた。



「え、な、何? どういう事?」



 状況が読めないジューリアは自身を抱くヴィルの腕の力が強まり、ヴィルの後ろに隠れたヨハネスに訊ねるも顔を青くして口を震わせていて、尋常ではないと悟った。側に降り立ったネルヴァに訊ねてもブランシュを睨み続けていてジューリアの声は丸っとスルーされてしまう。そこに理不尽な怒りは湧かない。あるのは、ブランシュへの恐怖のみ。


 口端を大きく吊り上げ、厭らしい笑みを見せたブランシュはこう発した。



「久しぶりだなあ、ネルヴァ、ヴィル、ヨハネス」



 さっきまでのブランシュの声とは全く違う、年老いて掠れた男性の声。ヨハネスはヴィルの背中にしがみつき、震える唇で「じい……ちゃん……」と紡いだ。

 よく見るとブランシュの腹に出ている顔の口とブランシュの口が同時に動いていた。



「最初からブランシュの意識を乗っ取っていたわけか。あたかも大人しくしている振りをしていたのは、私やヴィルを殺す算段でもつけたからかな」

「そうだ、その通りだネルヴァ。憎たらしい我が息子よ。お前が、お前さえが役目を熟していればこんな事をせずに済んだものを」

「私のせい?」

「元はと言えば、お前が幼少の頃勝手に魔界に行ったのが始まりだ!」



 次代の神となる子を作るのも当代神の夫婦であったヘルトとセレナの役目。最初に生まれたネルヴァは強大な神力を有し、長い歴史の中でも指折りの数に入る程の力を持って生まれた。ならば次の子はネルヴァの助けとなる様に育てようと夫婦は決め、誕生したのがアンドリュー。夫妻にとって誤算だったのは、アンドリューの神力の弱さ。分家出身者の方がまだ強い神力を持つのにアンドリューは弱かった。最初に強大な神力を持つネルヴァを生んだせいかと嘆きながら、次代の神になるネルヴァの補佐をする以外アンドリューに使い道はないと判断し、徹底的な教育を叩きこんだ。



「お前が神の座に就けば、我が物顔で人間界の地に足を踏む魔族共を全て屠る事さえ不可能ではなかった! 私やセレナがお前にどれだけ期待していたと思う!?」



 両親の期待を他所に神族特有のゆっくりな成長を経てネルヴァの神力は誕生当時より強くなった。隙あらば家庭教師の目を盗んでサボり、時にアンドリューを巻き込んで教育から逃げ出す等の問題行動に頭を悩ませるも一過性のものですぐに収まると甘く見ていた。これが間違いであった。ネルヴァは世話係の目を掻い潜り勝手に魔界へ行ってしまった。そして、魔王候補の魔族の子供と殺し合い、結果瀕死の重傷を負う羽目になった。

 自力での帰還が難しいネルヴァが生きて天界に戻れる訳がないと絶望した夫妻は次の子を作る事を決めた。ネルヴァのような強大な神力を持つ子を望んだ。アンドリューのような弱い子が生まれないように望んだ。


 結果——ヴィルが生まれた。



「魔界へ行った事については、私も軽率だった。認める。……ま、好い経験と友人が出来たけどね」



 友人というのはリゼルと魔王を指す。魔王は兎も角、リゼルの方はネルヴァを友人と思っているか非常に微妙である。



「私が魔界で療養している間に生まれたヴィルをヨハネス以上に縛り付けていた元凶に言われても、ちっとも悪いとは思えないね」

「お前が死ねば誰が次代の神になると言うのだ! アンドリューのような弱者に神を任せられん。私達がヴィルを作ったのはお前の代わりをしてもらう為だった!」



 幸いネルヴァは出会った魔族の子供の一人である現魔王の献身的な介抱の甲斐あって傷は完治。意気揚々と天界へ戻った。

 ネルヴァが戻った事によってヴィルがネルヴァの代わりをする理由はなくなった。長く魔界に滞在した割に堕天の兆候はなく、神力も一切衰えておらず、思考が若干悪魔寄りになった以外は変わっていなかった。

 ネルヴァが戻ったのならヴィルへの過剰な教育は必要ないと判断される筈だったのを強行した筆頭は夫妻。アンドリューや熾天使もそれに従った。ネルヴァにまた何時何が起きるか分からないままでは不安で仕方ないと至る。神の命令は絶対な熾天使は逃げるヴィルを痛めつけ大怪我を負わせた。問題のない行為だと夫妻とアンドリューが認めてしまったせいでネルヴァの怒りを買った。


 アンドリューは力の限り殴られ、夫妻は瀕死にされた挙句大半の神力を奪われ、熾天使は重傷を負った状態でヴィルに人間界へ捨てられた。

 此処までが全部ヴィル達から聞いていたジューリアが知っている話。



「兄者に神力を奪われて以降大人しくしていたくせに、今更になって事を起こしたのは何故」

「機会を窺っていたに決まっているだろう。子供の分際で親に逆らう等、長き天界の歴史でネルヴァ、お前が初めてだ!」



「だってさ」とどうでも良さげに言葉を投げたヴィルに対し、最も敵意を向けられているのに冷静さを崩さないネルヴァは「どうでもいい」と吐き捨てた。



「貴方の末路は自業自得。幼いヴィルを散々縛り付けた罰が当たっただけに過ぎない」



 当然と言ってのけるネルヴァは今にも飛び掛かって来そうな相手にもう一つ、と付け足した。



「ヨハネスの肉体を人間と同じ早さにした理由は?」

「私は知らん。それについてはアンドリューの独断だ」

「だが、ユリアが知らない筈はない。彼女から何も聞いてないの?」

「私達に相談はしてきた。たかが肉体の成長を早めるくらいなんだ、と一蹴してやったがな」

「ふむ」



 ヨハネスの肉体の成長が薬によって強制的に早められたと知った時の見解と同じで、やはりアンドリューによる独断で当たっていた。先々代神がユリアの相談を受けてもアンドリューを止めなかったのは、彼等にとって些末な事だからだ。



「お喋りは終わりだ。ネルヴァ、ヴィル。『異邦人』の娘を渡せ! そうすれば、お前達や帝都にいる魔族共を見逃してやってもいい」

「嘘ばっかり。虫の姿をしていようと悪魔なら殲滅しろと天使達に叩き込んだ貴方が言う台詞じゃない」



 ジューリアを差し出す代わりにリゼル達を見逃させる気は更々なく、ネルヴァに一瞥されたヴィルは「ジューリア、掴まってて」と小声で言うなり自身の後ろにいたヨハネスに振り向いた。



「逃げるよ」

「え!?」

「早く!」



 不意の発言に驚く間も与えず、ヨハネスの背を押して無理矢理走らせるとヴィル自身もジューリアを抱えたまま走り出した。

「ヴィル!? 兄者置いて行っちゃうのー!?」ジューリアの絶叫を背に、残ったネルヴァは厭らしい笑みを浮かべたままのヘルトから一定の距離を取った。銀の瞳が同じ色の光を纏うとネルヴァの全身を光が包む。目に見える濃度の神力を纏ったのだ。



「罪のない人間を神族は殺せない。貴方が肉体を乗っ取った彼も同じ。なら、彼から貴方を無理矢理引き剥がして今度は殺す」

「お前に私は殺せない。ネルヴァ、私がこの人間の肉体を乗っ取ってお前への対策を何も講じていないと思うか?」

「私に神力の大半を奪われた貴方に何が出来る。仮令、天使の子供を喰らって奪った力を得ても私には勝てない」

「ああ、お前にはな」



 引っ掛かる物言いのヘルトに眉を寄せたネルヴァは、次に聞かされた話に瞠目した。



「お前の言う通り神族や天使は罪を犯していない人間を殺せない。なら、無実の人間を敵に回せばどうなる?」

「……まさか」

「帝国には優秀な魔法使いが数多くいる。お前やヴィルがいくら強かろうと大勢の人間を無傷のまま相手にしていられんよ!」



 皇帝直属の魔法使いともなればネルヴァやヴィルも手加減が難しくなる。十一年間ジューリアの魂を狙いつつ、万が一計画がネルヴァに知られた場合に備えて帝都に住む人間達の深層意識に種を植え付けた。

 皇帝や直属の魔法使い達も例外ではない。


 溜め息を吐いたネルヴァは予想通りだと心の中で呟いた。






 ——ネルヴァを置いて外へ出たヴィル達だが、逃げ道は多数の騎士によって塞がれていた。



「お、叔父さんっ、これって」

「……ああ最悪。兄者が予想していた通りじゃないか」



 ジューリアは自身を抱く腕の力が強まった事を受け、街にいるビアンカやリシェルが心配になった。側にリゼルがいると言えど何が起きてもおかしくない状況になってしまった。





読んでいただきありがとうございます。



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