狂神の執着と憎悪③
出身はしがない男爵家の生まれであるブランシュは、神童と呼ばれる優れた頭脳を持っていた。大人でさえ解くのが困難と言われる魔法計算式や複数の古代語を交ぜた複雑極まる難読書を読み解き、新たな魔法式を完成させてきた。天に与えられた頭脳を持ってしても得られないものがあった。
それは魔力。
生まれつき常人より少ない魔力しか持てなかったブランシュは、自身より魔力量の多い者達に嫉視され様々な嫌がらせを受けて来た。頭では敵わずとも、魔法の力なら自分達が上だからと。何度も大怪我を負ったブランシュは何時しか自分を嘲笑う魔力量の多い魔法使い達を憎むようになった。ブランシュの類稀な才能に目を付けたのは現皇帝ガイウス。仮令、魔力量が少なくともブランシュにしか出来ない事があると力説され、ブランシュは帝国の魔法使いとなり、己自身の実力で皇帝直属にまで上り詰めた。
ある時、ブランシュに転機が訪れた。
十一年前。ジューリアが大教会で洗礼を受けた時の事。男爵家出身だろうと同僚には平等に接するシメオンから、第二子が誕生したと聞かされており、この時は魔力量が異常に多い以外ジューリアに対する印象はなかった。洗礼を受ける際、魔力量の多いジューリアが万が一魔力暴走を起こさないようブランシュは大教会の警護に当たった。シメオンがいるなら自分は不要では? と唱えるも、シメオン本人の希望もあって同席した。
「ジューリア様は赤子の頃より膨大な魔力を持ち、それ故に肉体と魔力の調整がされず肉体の弱さが問題視されました。シメオン様やマリアージュ様は、片時も目を離してはならないと医者に言われ、貴女を必ず立派に成長させると意気込んでいましたっけ」
「……」
「私がヘルト殿や其方にいらっしゃるセレナ様と会ったのも丁度その頃でした」
新しい魔法の開発、魔法式の解読、更には神聖力を使った魔法の開発にも積極的に関わっていたブランシュは大教会でも限られた関係者しか入れない秘蔵書に入れる許可を得ており、足繁く通っている時に二代前の神とその妻に出会った。
「どうやって秘蔵書に入ったかまでは教えてもらっていません。目的だけは話してくれましたよ」
「ジューリアの……『異邦人』の魂を狙ってるんだろう」
「ええ」
ヴィルの言葉に頷いたブランシュ。初めは同僚の娘を狙う危険人物だと判断し、二人を殺そうと決めた。
神聖な力を発しているものの、その力は微弱でブランシュ一人でも倒せると判断してしまった。
——これが間違いだった。
隙を突いたヘルトに体内に入り込まれ、今のような状態になってしまったのだ。
「私の身体から出て行ってもらおうとしたのですよ? でも、ある取引を持ち出されて考えを変えました」
自分は天界を統べる元神であり、力を奪った息子に復讐をしたい、その為にはジューリアの魂が必要だ。ジューリアの魂を手に入れられればブランシュの肉体から出て行く。更にジューリアの膨大な魔力をブランシュのものにしてやれる。
甘言を囁くヘルトの言葉にブランシュは屈した。膨大な魔力を手に入れれば、今まで自分を馬鹿にしてきた奴等に復讐が出来る、誰もブランシュには勝てなくなる。悩んだのは一瞬。以降十一年間ヘルトの指示に従ってきた。
「私が七歳の時に受けた魔力判定の儀で公爵様に見捨てられるように仕向けたのも貴方の仕業なんですか?」
「ええ。ジューリア様は『異邦人』特有の体質のせいで魔法も癒しの能力も使えないとヘルト殿は存じておられました。あの時のシメオン様の絶望した様子は忘れられません」
「……」
喜色満面な顔のせいで愉快で堪らないと出ているブランシュに抱くのは、純粋な苛立ちと怒り。魔力判定の装置には細工をしておらず、結果を見たシメオンがジューリアを見捨てるよう催眠魔法を掛けたのだ。但し、相手は自身と同じ皇帝直属の魔法使い。普通に使用しては身の異変を感じ取り、魔法を解除される恐れがある。ジューリアだけを見捨てるようにしたけれど、もしもイレギュラーが起きれば敢えて魔法の効果を消すようにした。周囲にも影響が及ぶよう細工をしたともブランシュは言う。
「一番解りやすく言えば、マリアージュ様がそうでしょうか。シメオン様の影響を直に受け、ジューリア様への当たりがキツくなっていったでしょう?」
「長男の方は?」
「グラース様やメイリン様には何も掛かっておりませんよ」
術の影響を受けたシメオンやマリアージュと違い、グラースとメイリンは両親のジューリアに対する姿を見ていたせいでああなった。ジューリアの予想通りである。
「貴方の術の影響もあるでしょうが公爵様達が私を見捨てたのは本心ですよ」
「何故そう言えるのです?」
「伊達に前世の記憶は持っていませんので」
人は本心から来た言葉を発した際、言葉の意味を解し呆然となる傾向にある。ジューリアは樹里亜だった時長くそれらを見ていた。シメオンやマリアージュがジューリアを見捨てたのは術の影響以上に本心によるもの。事実を聞いたところで然程驚きもショックもない。
怪訝な面持ちをしたブランシュに一つの疑問をジューリアはぶつけた。
「貴方の身体に入り込んだ二代前の神がどうやって天使の子供を人間界へ?」
「ああ、そんな事。簡単ですよ、孫の母親を使って将来有望な天使の子供に取り入った催眠を掛け、秘密裏にこの部屋に運ばせたまでです」
周囲には子供達の死亡や行方不明を偽る為認識阻害の術を掛けて欺き続けた。悪びれもなく語るブランシュに険しい表情でネルヴァが自身の母である物体を指差し、堕天した理由を訊ねた。父はブランシュの体内に入り込んで堕天を免れたにせよ、理由を知りたいネルヴァは止めるヴィルやヨハネスの声を聞き流し物体の前に立った。
「プライドだけは高いこの人が堕天したのか、どうしても知りたくてね。そして、態々堕天化を食い止めている理由も」
「ああ」
ニタリと嗤ったブランシュの周りを不気味な黒い靄が出現し、対峙するネルヴァの足下へ伸びて来た。
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