狂神の執着と憎悪②
蝶々やダンゴ虫は別として、基本虫嫌いな人間からすると体に虫が歩いているだけで発狂もの。ジューリアは想像してしまい身震いを起こした。
「想像しなきゃいいのに」
「うん……だよね」
「兄者。あいつは?」
名前は白なのに、髪が青い男性は今後の対策をガイウスやシメオン達に話していた。ジューリアの目には名前と髪の色が一致しない男性という認識しかないが神族三人は違う。口を揃えて言うのは、居心地が悪く体に虫が走っているようなムズムズ感があるというもの。
「陛下。彼の国の大魔法使いに協力要請を出す許可を頂けませんか。悔しいですが魔王級の魔力を持つ魔族を相手にするとなると、我々だけでは太刀打ち出来ません」
「うむ。会議が終わり次第、すぐにエレン国王陛下に報せる」
「ありがとうございます」
「ねえヴィル。さっきも話に出ていた大魔法使いってそんなにすごい人なの?」
「さあ。俺は会ったことないけど、一緒にいるイヴ曰く、魔力量や扱う魔法の種類に於いては人間という種族から超越してしまっているってさ」
「末っ子さんが一緒にいるんだ」
もしも件の大魔法使いが来るなら、四兄弟の末っ子イヴに会える可能性が高まる。ネルヴァやヴィルに聞いた話では、女性に間違えられてしまう美しさを持つ美青年。ジューリアにとって一番はヴィルであっても美男美女を見るのは大好きだ。
「シメオン、リューリューは帝国内にいる他の魔族の捜索を。ブランシュは情報の整理を。コレット、ティア、ネメシスは消えた魔族と攫われたテミス、ジューリア嬢の捜索を。皆、気を引き締めて任務に当たれ」
皇帝の一声によってブランシュ以外の面々は姿を消した。
残ったブランシュも席を立った。
「陛下。私は資料室に行って魔族への対抗手段がないか探してみます」
「ああ、頼む」
一礼をしたブランシュが会議室を出て行くと「後を追うよ」とネルヴァが動き、ヨハネスやヴィルに続いた。ジューリアは引き続き抱っこをされている。
長い回廊を歩くブランシュは通り過ぎる騎士や役人に声を掛けられると人当たりの好い笑みで言葉を交わし、目的の場所へと足を進めた。
段々と人気が無くなり、陽光が差し込んでいた回廊の奥へ奥へ進み、軈て窓もなく明かりも灯されていない薄暗い場所まで来てしまった。
「こんな所に資料室があるの……?」とヨハネス。
「絶対違うと思う」とはジューリア。城内にあるならもっと利便性の好い場所を使う。会議室を出てまあまあの距離を歩いたのにブランシュは歩き続ける。
漸く到着したのは巨大な扉の前。豪華絢爛な城には似つかわしくない不気味な雰囲気が扉から醸し出され、誰かがゴクリと生唾を飲み込んだ。
ドアノブを回して扉を開けたブランシュは中へ入り、内側から鍵を掛けた。
「ふむ……」
扉に触れたネルヴァは「魔法は掛かってない。通れる」と発し、一人先へ行った。
「ううっ」
顔を青褪め、両二の腕を擦るヨハネスの背をヴィルが押して無理矢理中へ入らせ、自身もジューリアを抱っこしたまま入った。
「叔父さんっ」
涙目でヴィルに抗議をするヨハネスに返されたのは溜め息一つ。
「此処まで来たんだ、お前も最後まで来るんだ」
「だってヤバイよ此処。何がヤバイかって聞かれたら説明出来ないけどっ!」
「俺も同感。俺やお前が感じているなら兄者だって承知の上だよ」
「うわ」
早く行けと言わんばかりにヨハネスの背を押すヴィル。涙目になりながらも渋々ヨハネスは歩き出した。
「ヴィル……大丈夫? 私には全然分からない」
「人間には感じられない。神族と多分魔族も感じられる」
こんな時人間は不便だという思いを抱くジューリア。扉の先は真っ暗であるがブランシュが灯りを宙に浮かせているお陰で視界に困らないで済む。壁や床は人の手が行き届いておらず、罅や小さな穴が大量にあり何時崩れても不思議じゃない。ブランシュの靴音だけが響く静かで不気味な空間を歩き続けると巨大な扉が出現した。薄汚い鼠色の扉には複雑な魔法式が描かれており、ヴィル曰く高度な結界魔法との事。
ブランシュが扉に触れると魔法式は消え、両手で扉を押した。重厚な造りの扉は見た目程重くないのかと見ていたジューリアの青緑の瞳は、次の瞬間大きく見開かれた。
ヴィルの服を掴む手に力を込めた。
外とはまるで違う、一面真っ白な世界。何もない真っ白な世界の中心にどす黒く大きな物体が一体いた。太く膨れ上がった腕や足には頑丈な枷が嵌められ、ブランシュが側に立っても物体は身動き一つも取らない。
「な、何あれ」
ドン引きするジューリアとは反対に、ネルヴァとヴィルは警戒心を強くする。ヨハネスに至っては震えてヴィルの後ろに隠れた。
「コソコソするのは終わりにしましょう」
姿や気配を消している筈のネルヴァ達がいる方に向かって語り掛けたブランシュ。気付かれていたか、と肩を竦めたネルヴァはあっさりと結界を解いた。ヴィルも溜め息を一つ吐くとネルヴァと同じく結界を解く。
「何時から気付いてた?」
「貴方方が会議室に入って来た時からです」
「最初からか……」
「此処に入ってもらう為に敢えて気付かない振りをしていました。これを見てほしくてね」
ブランシュが手を示したのは謎の物体。
「これが何か解りますか?」
「強力な呪いを掛けられたようにしか見えないけど?」
「正解です。正確には堕天化を食い止めた為にこんな姿になってしまいました」
「堕天……?」
両腕や両足は太く膨れ上がり、胴体や顔も人の形をしていたのだろうと推測する程度しか分からない。原形を留めていない時点で深刻な進行具合なのは明白。
「貴方方に会いたいとうるさい方がいます。是非、会ってやってください」
喜色満面の笑みを崩さず、魔法使いのローブを脱ぎ捨てたブランシュは上の服まで躊躇なく脱ぐ。露わになった男性の上半身を見て赤面する……という事はジューリアにはなく、寧ろ食い入るように凝視した。
「な、なな、何だよそれ!」
ヴィルの後ろに隠れながら叫ぶヨハネス。その視線の先にあるのは、ブランシュの腹部に埋め込まれた人の顔。額と鼻に痛々しい傷跡、皺が多く、老人に思える人物の顔を目にした直後ネルヴァやヴィルが息を呑んだ。
それを見たブランシュは歪に口端を吊り上げた。
「知っていますよね? 知っていて当然です」
「……協力者の魔法使いに取り込まれていたとは。欲を出した罰が身を滅ぼしたんだ。……という事は、そっちの堕天を食い止めている方はババか」
「え!?」
彼等のやり取りを見ている内、嫌な予想を抱いたジューリアは、どす黒い物体をヴィルがババと呼んだ事により、ブランシュに取り込まれている老人の男性とどす黒い物体が先代神夫妻だと知った。
「しかし」とはネルヴァ。
「どうやって神族を取り込んだ? それも、神の座に就いていた神族の神力は並の神族と濃度が違う。君自身特別な体質を持っているのかな?」
「偶々、運が良かっただけです。私とこの方……ヘルト殿の欲しいものが一致したに過ぎません」
「欲しいもの?」
問うたヴィルに答えず、青の瞳はヴィルに抱っこされているジューリアに移った。
「私は高位魔族すら欲する膨大な魔力を、ヘルト殿は『異邦人』の純粋で清廉な魂を。それらを手に入れれば私の肉体から出て行ってもらう契約を交わしました」
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