意外
姿を消して外を出歩くというのは中々に便利であるが、まだまだ魔法の使えないジューリアには遠い話。ヨハネスと正面入り口に回ると帝国に属する魔法使いの集団とヴィルがいた。側にはケイティや神官のセネカがいる。
見たところ、ジューリアが悪魔——それも魔族——に攫われたという情報がいき、魔法使いが派遣されたと見た。ケイティの方は両手で顔を覆い泣いていて、セネカはケイティを慰めていた。
「ケイティは悪くないのに悪いことしちゃった……」
ジューリアの為にセレーネと交渉をしたケイティは、自分がジューリアの側を離れたせいだと自身を責めている。魔法使いの集団と言葉を交わしていたらしいヴィルがそこを離れケイティに近付き、何事かを話す。顔を上げたケイティは驚いたようにヴィルを見ている。多分、セレーネとケイティのやり取りをジューリアがこっそりと見ていたことを話しているのかもしれない。数度頷き、ケイティは頭を下げた。
「叔父さんが魔法使い達のところに行ったよ」
ぼく達も行こう、とヨハネスに手を引かれ、ジューリアは彼等の後を追った。
——大教会の客室で話が纏まったネルヴァは「どこ行ったの!?」と声を上げたビアンカの台詞でいつの間にかジューリアとヨハネスがいなくなっていることに気付いた。今一番外へ出てはいけないジューリアと一緒にいても戦闘経験がゼロなヨハネスという、弱小コンビにも程がある二人がいない。
「ヴィルを追い掛けて行ったな」と額に手を当て、前髪をぐしゃりと握ったネルヴァは仕方ないと吐き出した。
「私が二人を連れ戻す。リゼ君達はさっき話した通りにね」と言い残し姿を消した。
心配をするリシェルと呆れるビアンカ。自身が狙われていると知っていてこの行動は、本人に危機感が不足していると見ても反論はできない。前世で暮らしていた国が幾ら平和だろうと前世は前世、此処とは自身の置かれている状況から抑々違う。
誰かが深く息を吐いた時、室内に眩しい光が発生。リシェルとビアンカが目を瞑り、リゼルは開いたまま突然の訪問者を見ていた。薄い金色の髪に青い瞳をした男性二人はリゼルを一目見て驚き、内一人が「ネルヴァ様は?」と訊ねた。
「ついさっき出て行った」
「入れ違いになったか」
何時戻るか訊ねられてもリゼルは肩を竦めるだけ。
「ならば仕方ない。ネルヴァ様が戻られたら伝えてほしい。今現在、二代前の神が『異邦人』の少女を狙っている件の手掛かりがないか天界ではユリア様が調査しています」
「現神の母親だったな」
「ええ。ユリア様は、お二人の話し相手としてよく離れに向かわれていましたので怪しまれません」
「人間界にいる天使共を帰還させているんだったな。他の天使や神族は人間界に来るのか」
「帰還した天使達の浄化作業を優先させる為、大人数は其方に回されます。アンドリュー様の命令で上位天使は引き続き天界に残ってアンドリュー様の補佐に。ヨハネス様を説得する役目は私が承りました」
リゼルと話す天使はネルヴァと連絡を取り合っていた主天使。名をキドザエル。一緒にいるのは大天使ミカエル。何か言いたげな視線を寄越すミカエルにキドザエルが促せば、普通にリゼルと話しているのを訝しいと見ていたらしい。
「相手は魔王よりも強い魔族だが話の通じない相手じゃない。ネルヴァ様に付き合い続けるなら柔軟な思考を持つことだ」
「ネルヴァ様、ヴィル様、イヴ様の性格を考えると……まあ、そうなのですが……」
それでもまだ何か不満げな様子のミカエルに一つある事実を伝えた。
「リゼル=ベルンシュタインとは一度面識がある。無駄話をしてこないのもそれがあるからだ」
「何時会っていたのですか!」
「幼いネルヴァ様が天界に戻られてすぐ、看病をして匿ってくれた魔族にお礼がしたいと私に言い、人間界の菓子を持って魔界に行ったんだ。迷惑を掛けた相手にはお詫びをするのが常識だと、その魔族に教えられたとか言われて」
「……」
悪の象徴たる魔族に、正しさの象徴たる神族が常識を教わるなど誰が信じるか。唖然とするミカエルに「私も同じ気持ちだったよ」とキドザエルは諦めの息を吐いた。
「ああ、覚えている。お前やネルヴァが持って来た人間界の菓子をエルネストが気に入って、それ以来あいつの好きな物になっていたな」
「……パパ、魔王陛下がよく食べていたラズベリーパイがそうなの?」
「そうだよリシェル」
魔王城を訪れ、魔王に会うとよく一緒に食べようと誘われ食べていたラズベリーパイはリシェルも好きなスイーツ。あのラズベリーパイがまさかネルヴァが主天使を連れて渡したのが始まりだったとは。驚きと呆れとどう表現していいか不明な感情に包まれれば、話を変えようとキドザエルは咳払いをした。
「行方不明の天使の子供が帝国の魔法使いにされているとネルヴァ様は言っていたがどうすれば会える?」
「一人、此処にいる」
異空間から出現させたテミスをキドザエルやミカエルに見えるようにしたリゼル。二人が来た直後、見つけて騒がれても面倒だと咄嗟に隠していた。顔は大火傷を負い、全身も傷らだけのテミスを見るキドザエルやミカエルは瞠目する。
怒りの炎を瞳に宿らせたミカエルの腕を掴み、止めたキドザエルは抗議するミカエルを黙らせリゼルに向いた。
「言っておくがこれが天使とは気付けなかった」
「分かっている……人間と感知するよう擬態されている。……まさか、こんな所にいたとは」
「知り合いか?」
「私の姪です。名前はアスカ。生まれつき強い神力を持ちながら、同時に心臓の弱い子でした」
「人間の方はテミスと呼んでいた。行方不明になった時の姪の年齢は?」
「五歳です。三年前、心臓発作を起こし亡くなったと聞いていたが……違ったみたいだ」
神力と肉体のバランスが整うまでは、と屋敷に籠って生活を送っていたアスカは庭で亡くなっているのを発見された。死因は心臓発作と診断されたが認識阻害の術が作用し、皆そうだと信じてしまった。
「いなくなったのが三年前で年齢が五歳なら、まだ八歳の子供か。ネルヴァ達が言っていたが、行方不明になった天使の子供の内、帝国の魔法使いになっている者は成長促進の薬を飲まされている」
「帝国内部に根を張る為の手駒にする為、でしょうな。二代前の神が『異邦人』の娘を確実に捕らえる為に育てたのでしょう」
嘗て自身の力を奪ったネルヴァに復讐し、もう一度神の座に座る為に。
○●○●○●
深刻な面持ちで席に着き、重苦しい雰囲気の中深い溜め息を吐いた皇帝ガイウス。重要な議題を論する場合に使用する会議室には、ガイウスの他に皇帝直属の優秀な魔法使いが揃っている。魔法騎士の称号を持つシメオン、魔法士長のネメシス。他の魔法使い達は他国への任務で出払っている者と現在帝都へ向かっている者とで分かれ、三人はもう間もなく到着する連絡を受けている。
「シメオン……」
「……申し訳ありません、陛下」
「いや……」
少し前、フローラリア邸が半壊されたとの連絡がガイウスに届けられた。詳しく聞けば、テミスが屋敷を訪れた際、姿を隠した悪魔とシメオンと共に交戦。圧倒的実力差でシメオンとテミスは敗北。その上、テミスは連れ去られた。姿を見せた悪魔は高位魔族でしかも片腕にジューリアを抱いていた。
「ジューリア嬢は魔族に脅されていたんだ。お前が気にすることじゃない」
「……いえ……ジューリアはきっと……自分の意思で魔族に付いて行ってしまった」
人外の美貌を持った魔族はジューリアの記憶をシメオンやマリアージュ達に見せ付けた。七歳の時の魔力判定以降、自分達がジューリアにしてきた仕打ちを見せられ、ジューリアとやり直したいという気持ちを踏み付けられた。
「死に場所くらい自分で決めたいと、フローラリア家にいて冷遇されるより、魔族に付いて行くと言われましたっ。私は、ジューリアを助ける資格がないっ」
「……」
子供の頃から付き合いのあるガイウスは、追い詰められ憔悴するシメオンに何と言葉を掛けてやればよいか悩んだ。信頼する友を助けられない己に苛立つも皇帝として国を守れと命じた。
「シメオン、ジューリア嬢については他の者達に任せる。お前は帝都に潜伏する他の悪魔の捜索に当たってくれ」
「はい……」
「傷はもういいのか?」
「マリアージュに無理を言って治してもらいました」
無理矢理の治療は寿命の減少にも繋がる。シメオンはマリアージュを説得してどうにか会議に出られるまでに回復した。
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