お断りです!③
帝都でも指折りの数に入るフローラリア邸がリゼルによって半壊され、既に思い入れがないとはいえ、ジューリアはドン引きした。幸いマリアージュやグラース、メイリンのいたシメオンの部屋というのは強固な結界によって守られていたらしく、天井や壁は崩れても三人は無傷だった。他の人達については……大丈夫と思っておこう。
「シメオン!」
「お父様!!」
「ち、父上!」
シメオンが倒れているのは三人のすぐ側。腹を抑え、血が混ざった吐瀉物を吐き出すシメオンにマリアージュは癒しの能力を掛けた。腰を抜かし、青い顔で泣くグラースやメイリンに声を掛けながらもマリアージュは必死にシメオンの傷を癒す。
離れた場所にはテミスが倒れていて、足付近にリゼルが立っていた。
「その人死んじゃったんですか……?」
微動だにしないテミスを見て一抹の不安を抱くジューリア。「死んでない」とリゼルに言われ、安堵した。
「補佐官さんの魔力を注がれただけでダメージを負ったなら、この人は天使か神族ってことですか?」
「……違うな。天使や神族なら、魔族の魔力を流されれば堕天の兆候が出る。この女にはない」
リゼルに抱っこをされたままテミスを見やった。
帝国魔法使いのコートは所々焦げてしまって未だ煙が上がり、リゼルに鷲掴まれた顔は全体的に大火傷を負って重傷。他の部位も屋敷と衝突された影響によって傷だらけで体内の臓器も深い傷を負っているだろう。
「父上っ、父上えぇぇ」
「グラース、情けない声を出すのではありません。シメオンは生きています。私が必ず傷を癒します」
「は、はいぃっ」
泣き喚くグラースを叱りながら、励まそうとするマリアージュの顔色は悪い。
「お、お母様ぁ……、わ、わたしも、お手伝い、しますっ」
以前、ミリアムの身体を乗っ取った魔族が街で暴れた際、泣きながらもマリアージュと共に負傷者の治療をしていたメイリン。現在は腰を抜かしながらも、這い蹲ってシメオンの側へ行き、マリアージュと同じ癒しの能力を使う。
ジューリアに対しての態度は最悪でもフローラリア家の一員として、癒しの能力を持つ者の自覚がメイリンにはある。
泣きながら癒しの能力をシメオンに掛けるメイリンを見てジューリアは呟いた。
「これをあの殿下も見られたら良かったのに……」
最早意地になっているとしか言い様のないジューリオも必死なメイリンの姿を見れば、ジューリアのことはさっさと切り捨てメイリンを選ぶだろう。
「奥様!!」
破壊されていない建物の方から執事を先頭に使用人達がやって来た。
「すぐに帝国魔法士団に救援要請を!! それと医療魔法士の派遣も!!」
「直ちに手配します!!」
マリアージュに命じられた執事は、後ろに控える使用人達にそれぞれ指示を飛ばした。
「……マリア……ジュ……」
「! シメオン、喋っては駄目」
治療によって意識が回復したシメオンは掠れた声でマリアージュを呼んで、その声に釣られジューリアはつい向いてしまう。
「まだ、悪魔がいる、それも……魔族だ……」
「ま……魔族……?」
周囲を見ても誰もリゼルとジューリアには気付かない。
テミスを見つめていたリゼルが抱っこをしているジューリアと顔を合わせた。
「おれがいいと言うまで暫く狸寝入りをしていろ」
「え。何をするんですか」
「……あの女の正体を掴む為だ」
そう言われてしまえば黙って従うしかない。リゼルにしがみつき、肩に頭を乗せて狸寝入りの準備は完了。
姿を隠す結界をリゼルが解いた。
突然、人外の美貌を持つ男とその男の片腕に抱かれたジューリアが現れ、マリアージュやマリアージュの異変を感じ取り無理矢理体を起こしたシメオンは顔を青く染めた。
「ジュ、ジューリア!」
「貴様っ、上位魔族かっ」
「だったらなんだ。人間風情がおれに勝てると思っていたのか」
悪魔、とりわけ魔族は上位に位置するほど美しい容姿を持つ。中位の悪魔さえ、人間では極僅かしか相手が不可能となり、大天使の出番となる。今まで戦っていた悪魔が魔族、それも見目から察するに上位と知ったシメオンの心中は想像を絶する。
癒しの能力が止まったマリアージュや傷口を抑えながら睨むことしか出来ないシメオンの前に立ち、狸寝入りをしているジューリアを見下ろした。
「この娘の記憶を見た。お前達にとってこの娘は不要なんだろう? 代わりに処分してやる」
「屋敷に潜り込んでいた魔族の親玉が貴様かっ」
「いいや? その魔族はもう死んだ。以前、おれがこの手で処刑したもんでな」
「しょ、処刑?」
魔界の事情を説明してやる義理はないと吐き捨て、マリアージュとシメオンからグラースとメイリンへ向いた。その直後、リゼルの顔面に大きな火球が出現。触れもせず、呪文すら唱えず、一瞬で消したリゼルは口を開閉させ全身を震わせるグラースを見下ろした。マリアージュが悲鳴と同等の声でグラースの名を叫んだ。
「あっ……ああっ……」
「この娘以外は、大した魔力を持たないな。死にたくないなら大人しくしていろ」
「ジュ、ジューリアを、か、返せ。ぼ、ぼくの、妹を返せ」
「ほう? 妹と言う割には、妹と思っていなかったようだが?」
ジューリアの頭を指で触れ、離せばジューリアの頭から光が現れ、彼等の所に抛った。
「娘の記憶にあるお前とは別人だな」
光はあるジューリアの記憶で……
『お兄様、私もご一緒して——』
メイリンと手を繋いで邸内を歩いていたグラースは、呼び止めたジューリアに。
『二度とぼくをお兄様と呼ぶな。お前は妹じゃない』
『……』
『分かったら早く部屋に戻るんだ。おいでメイリン』
呆然とするジューリアを放ってグラースはメイリンに笑むと歩き出した。
偽者の記憶だと叫ぶマリアージュを鼻で笑い、正解を見て見ろとグラースを見やった。グラースの顔色は真っ青に染まり、汗と涙が流れ出て顔全体が濡れてしまっていた。
他にも——
『お父様。あの——』
『お前は私の娘じゃない。私の娘が魔力しか取り柄がないなど前代未聞だ』
魔力判定の儀で魔法や癒しの能力が使えないと判明したジューリアに向かって言い放ったシメオン。
『ジューリア! ミリアムから、日頃の貴女の授業態度が目に余ると聞きます。どうして真面目に受けないのですか!』
『私はちゃんとしてます! 気になるなら、私がミリアム先生の授業を受けているところをご自分の目で確かめたらどうですか』
ミリアムの言葉を信じ切っていたマリアージュは一方的にジューリアが悪いと決めつけ、ジューリアの言葉に耳を傾けようとしない。
次々に見せられるジューリアの記憶は、シメオン、マリアージュ、グラースのジューリアとやり直したいという思いを踏みつけていく。唯一、メイリンだけは現在と変わらない。
「魔族から見ればお前達人間は等しく無能で無力だ。だが、人間とて無能で無力なお荷物は嫌う。小娘一人失ったところでお前達に痛手はないだろう」
誰も、何も言えない。
シメオンやマリアージュすら何も。青い顔をして、止めなく涙が流れ続けた。
狸寝入りを決めているジューリアはリゼルの謎の行動に多大な疑問を抱いていた。今更フローラリア家に過去の所業を突き付けて意味があるのか、と思っていれば、妙な気配を感じこっそりと目を開けた。リゼルがフローラリア家の面々を向いているお陰で抱っこをされているジューリアはリゼルの真後ろが視界になっていた。微動だにしなかったテミスの指がピクピク動いている。小声でリゼルを呼べば「知ってる」と返された。
フローラリア家を責めているのもテミスの正体を掴む為らしく、ジューリアはこっそりテミスを見つつ狸寝入りを続けた。
ピクピクとしていただけの指は軈て土を掴むまでになって——いきなりテミスの身体は立ち上がった。直ぐに異変を察知したリゼルはテミスへ振り向いた。
攻撃を受ける前の姿から程遠い焦げた外見はジューリアにとって一種のホラーで。リゼルの肩に顔を埋めると自身を抱く腕の力が強くなった。
「やはりな」
「な、何がですか」
「あの女は人間じゃないと言ったな」
「は、はい」
「女から神力を感じる。おれの魔力を食らって堕天の兆候もなければ天使や神族でもないと言ったが……肉体改造をされているな」
「え!?」
狸寝入りをしていることを忘れたジューリアが驚きの声を上げるのとテミスが動き出したのはほぼ同時だった。
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