嫌いなんだから
一人で街に出たジューリアはヴィル達といても変わらない人の多さを前に、迷子にならないことと人にぶつからないようにすることを心掛けた。
「何処に行こう」
普段は神官のお手伝いでパンを買ったり、消耗品を買うお店に行く程度。
「いつも同じお店にしか行かなかったんだよね……今日くらい初めて行くお店に行ってみよう」
そうと決まれば出発だとジューリアは歩き出す。まずは大教会御用達のパン屋のある中央通り。人気のお店が多く人の通りも多い。
パン屋に近付くと美味しいパンの香りが漂い、釣られそうになるも今日はパンを買いに来ていないと邪念を振り払い、前をスルーした。
「危ない危ない」
お腹が空いていたら香りに釣られて入店していた。
中央通りは飲食店が多いようでお昼なのもあり列を成しているところが殆ど。
「お腹は空いてないし……雑貨屋に行ってみよっと」
中央通りを真っ直ぐ進んで行き、人が多少少なくなると一軒の店の前で止まった。
「『GREENAPPLE』……リンゴのお店?」
看板に書かれた店名でリンゴ関連のお店かと想像し、扉の横に提げられている【OPEN】の木札を確認後入店した。
店内に入った途端香るリンゴの香り。客はジューリアの他に何名かいて、店内には真っ赤なリンゴ、リンゴの絵柄が描かれたコップやお皿、鞄や刺繍等が陳列し、ジューリアはその中でもガラスケースの中のブローチに目を付けた。お店の名前と同じグリーンアップルのブローチはジューリアの手持ちでも買える値段。
派手過ぎず、大きすぎないブローチは鞄に付けてもいい。
「おい」
「え」
お店の人は誰だろうとガラスケースを離れた途端、声を掛けられ身体が宙に浮いた。つい最近初めて聞いたその声の主は——体をぐるりと反転させられ相手の前へ向かされた。
「補佐官さん」
リシェルの父——リゼル=ベルンシュタイン。全く店に似合わないリゼルが一人? という訳はなく。
「ジューリアさん?」
リゼルの後ろからひょっこりと顔を出したのはリシェル。他の姿は見当たらない。
「ヴィルの兄者は一緒じゃないの?」
「ネロさんはヴィルさんを連れて祝福を奪った魔法使いを探してみるって言ってたよ。ジューリアさん侍女の方は?」
「私一人!」
「え!?」
リシェルに驚かされてしまい、ジューリアも驚いてしまう。理由を訊ねると当然だと言わんばかりにジューリアの身が現在最も危険だからと話された。力の大半をネルヴァによって奪われたと言えど、協力者の魔法使いが側にいると考えて間違いなく、魔力量が膨大なだけでまだまだ操作能力のないジューリアが一人でいるのは捕獲してほしいと相手に伝えているのと同等。眉尻を困ったように下げたリシェルに説明をされれば、ジューリアは笑うしかない。
「そ、そうですよね……」
「侍女の方を一人連れて歩くだけでもきっと抑止力にはなっていたと思うよ」
「私の侍女は別件で用事があって」
「別件?」
どうせ隠したところで意味はなく、包み隠さず、フローラリア家で自身の侍女をしていた女性が解雇されたこと、再雇用してもらいたくてジューリアと接触を図ろうとしていることを話した。解雇された理由も勿論全て話した。
「はあ……」
リシェルが聞いているのでリゼルも興味がなくても一応は耳を傾けていて。ジューリアが話し終えるとどうでもよさそうに息を吐いた。そうだよね、とジューリアは抱きつつ、グリーンアップルのブローチを思い出した。
「これが欲しいの?」とリシェルに訊ねられる。
「はい。私の手持ちでも買える値段だし、鞄にでも付けようかなって」
見たところ一点物のようなので早めに買おうとジューリアは店主を呼び、ガラスケースに入ってあるグリーンアップルのブローチを指差した。購入する旨を伝えると子供相手でも店主は丁寧な対応で接し、代金を支払ったジューリアが鞄に付けたいと頼めば快くブローチを付けてくれた。
ジューリアが店を出たらリゼルとリシェルも外へ出た。
「ジューリアさん。私とパパと一緒に行きましょう? その方が安全だよ」
「でも……」
魔界を統べる魔王より強く、鬼畜補佐官と名高いリゼルが一緒なら、並大抵の事は解決する。ヴィルの言っていたジューリアの一番好きな美顔を拝められるなら同行は万々歳。しかし、リゼルにすれば愛娘とのデートを邪魔されたも同然。それに、ジューリア本人人気の多い街で手を出してくると考えづらいと思っていた。
「なるべく人の多い場所にいるようにしますよ」
「駄目。ネロさんが言ってたけど、ネロさん達がご両親がいなくなったことを気付けなかったのは……放置してたのもあるけど、認識阻害の魔法を使っていた可能性が高いって言ってた。人の多い場所にいてもそれを使えば、ジューリアさんに何かあっても他の人が気付いてくれない場合があるの」
そういえばネルヴァがさらっと言っていたような気がする。
「リシェル」
最初に二度目の溜め息を吐いたリゼルはジューリアの首根っこを掴むなり、次の行き先をリシェルに求めた。悪いことをして捕まった気分になりつつ、抵抗する気分になれないのは、リゼルの麗しい顔を動かず眺められる位置になったせい。
「パパ。ジューリアさんを雑に扱っちゃ駄目」
「こうでもしないと何時此処から動けるようになるか分からん。お前はこの娘が心配なんだろ? 手っ取り早い方法を取るなら、こうするのが一番なんだ」
「でも……」
「あー、私はこのままでいいです」
何か言いたげにするリシェルを止めたのはジューリア。
ジューリアが言うならとリシェルは気にしつつも苦言を呈さないでくれた。
「ジューリアさん、行きたい所はある?」
「私、上の人や妹と違って何処にも連れて行ってもらえなかったんで帝都の街に何があるか全然知らないんです」
「そうなんだ……」
「リシェルさんや補佐官さんは行きたい所ってあるんですか?」
「私もパパもないよ。二人で街を歩こうって私が誘ったの」
目的地がないのは三人同じ。なら、とリシェルは気になるお店に入って行こうと提案し、ジューリアは了承、リゼルはリシェルの提案を抑々拒否する気がない為自動的に賛成派になる。
行く前にリシェルがリゼルにお願いしてジューリアを下ろさせた。キョトンとするジューリアは手を握られる。
「じゃあ、行きましょう」
「……」
何故? と首を傾げるも、美少女と手を繋ぐというまたとない機会に他の考えは捨て去った。
「入りたいお店があったら言ってね」
「はーい。……げっ」
「?」
美少女は笑顔も最高。今日は良い日だと感じたのはある方向を見るまで。ジューリアの声に釣られ、リシェルとリゼルも同じ方向を見た。
ジューリア達のいる場所より前方にあるジュエリーショップの前。ジューリアより薄い金色に、よく似た顔立ちの少女が護衛や侍女といた。
「メイリンじゃん……なんでここに。普段は貴族街にしか行かないってよく言っていたのに」
「ジューリアさんのご家族?」
「さっき言った妹です」
家族仲は既に話し済み。下手に話し掛けず、メイリンに気付かれず、ささっと移動しようとリシェルの手を引っ張って早足で距離を取った。後ろを向いてメイリンが見えなくなった辺りで一旦足を止めた。
「ふう。これで安心。見つかったら絶対絡んできてた」
「ジューリアさんの妹君は、兄君とはあまりお話しないの?」
「どうしてですか?」
「ジューリアさんの話を聞いているとジューリアさんにだけ自分で会いに行っているのかなって」
「うーん……」
お前は娘じゃないシメオンの発言以降、家族団欒から遠退いたジューリアはグラースとメイリンの関係をよく知らない。悪くはない、どちらかと言えば良好の類に入る気がする。癒しの女神と名高く、我儘なのがマイナスとしても、癒しの能力の特訓や勉強について文句を言っている場面を見たことがない。ジューリアに対してだけ傲慢であれ、ただ甘やかされた我儘娘ではない。筈。
「興味がありませんので分かりません。私が無能判定されて以降、フローラリア家は四人家族になりました。家族じゃない私が他所の家族について知っている訳ないじゃありませんか」
「ジューリアさん……」
「メイリンのことなんか忘れて歩きましょう。気にしてもしょうがない相手のことを考えてたって時間が流れるだけですよ」
「うん……」
メイリンはジューリアを嫌っていて、ジューリアは屋敷で一番話しているのがメイリン、という認識。嫌いと好きで言われると好きじゃないが特別嫌いでもない。シメオンやマリアージュ、グラースのように掌返しがなく、本音でジューリアを嫌っている。その方がある意味で気楽だ。
「ジューリアさんお腹は減ってない?」
「ちょっと空いてきたかも……」
「良かった。私もちょっとだけお腹が空いていたの。喉も乾いててね。パパもどこかで休憩しよ?」
「ああ」
リシェルが相手だとリゼルの声色は柔らかくなる。ただ、とジューリアは現在中央通りのカフェやリストランテは人が多く、店の前には行列が出来ていると話した。
「すぐに入れるお店とかにします?」
「どうしよう……」
とてもお腹が減っている訳でも今すぐに飲み物が欲しい訳じゃないのなら、多少並ぶのもありだとはリゼルの言葉。リゼルの言葉に二人も賛成し、来た道を戻ることに。ジュエリーショップの近所を通る際、店の前にメイリン達の姿はなかった。
「良かった」
何時までもいる訳がないかと安心する。
中央通りに戻り、どのお店にしようかとジューリアがリシェルを見上げた時だ。
「お姉様?」
内心絶叫しつつも、外面には出さず、声のした方へ振り向けば——ジュエリーショップの前にいたメイリン御一行がいた。
ジューリアだと分かるとメイリンはあからさまに不機嫌な表情をし、護衛と侍女を引き連れジューリアの側へやって来る。
「そちらの方々は?」
「天使様のご友人だよ」とリゼルを見ながら言う。リゼルは拒否したいだろうがネルヴァの目線で言うとリゼルは友人という位置にある筈。魔族と話す訳にもいかず、メイリンを納得させる最も効果のある言い方がこれだった。
天使の友人と紹介されればリゼルも天使だと思うのは当然で。メイリンやその他が慌てて礼を執ろうとしたのをリゼルが阻止した。
「いい。要らん」
抑々天使ではないから敬われる筋合いもない。
「お姉様はこんな所で何をしているのですか」
「街を見て歩いているだけ。メイリンこそ、一人で何してるの」
「お父様もお母様も“浄化の輝石”の祝福が盗まれていると判明してからずっと忙しくして、お兄様は無駄なのにお姉様の誕生日プレゼントを探すと言って構ってくれませんし、人を連れて街へ来ただけです」
本当に無駄である。ジューリアは顔に出ていたらしく、メイリンはキッと睨みつけてきた。
「ちょっとは嬉しく思ったらどうなんです?」
「無駄だって言ったのはメイリンじゃない」
「わたしからすれば無駄です。お兄様にとっては無駄じゃありません。お姉様は、多少なりともお兄様の思いやりを受け取るべきでは」
「要らない。メイリンにあげる」
今更兄面されても全く嬉しくない。メイリンには優しく、時には厳しい兄であっても。
「お姉様が我儘を言ってお誕生日パーティーを開かないせいで一部の親族が“フローラリア家は長女の誕生日パーティーを開かない”って陰口を叩いてたのですよ? 知ってましたか?」
「興味ないし、無能の娘に毎回開いていたのが可笑しかったのよ」
開いたところでジューリアは親族の主家に対する鬱憤を晴らすサンドバッグ扱い。良い事は何一つない。
「お父様とお母様は、たとえお姉様が無能でも差別はいけないと言ってましたもの」
「あっそ。まあ、でも、今年以降私のお誕生日パーティーを開く手間は無くなるんだから、メイリンも機嫌悪くしないことね」
「どういう意味です」
つい口を滑らせてしまったジューリアは、意味を知りたいと迫るメイリンを誤魔化す言葉を探し、咄嗟にフローラリア家に戻るつもりが一切ないと言い放つ。ヴィルに出会わなくても家を出る気でいて嘘じゃない。
「ずっと大教会にいるつもりですか。天使様はいずれ帰還されてしまうのに」
「天使様がいようといまいと大教会にいつまでもお世話にはならない。フローラリア家を出て行くって意味」
「は!?」
「驚く事ないじゃない。今まで家族四人でやってきているんだから、本当に私がいなくなったって何も困らないじゃない」
「本気で言っていますか? 魔法も使えない、癒しの能力も使えないお姉様が家を出て行く? そんなことをすれば、お父様やお母様だけじゃありません、わたしやお兄様の評判まで悪くなってしまいます!」
「悪くならない。ずっとフローラリア家は、私を無能扱いしていたんだもの、とうとう無能の私に耐えきれなくなって家を追い出したって周りは同情してくれるよ」
ジューリアを気遣ってくれる人は誰もいなかった。ジューリアに同情する人もまたいない。
「……」
それが分かっているメイリンは次の言葉を言えず、黙る。護衛や侍女は二人の言い合いに困惑とし、侍女にジューリア様と呼ばれるも顔を背けた。
「これ以上は時間の無駄。メイリンは私の事が嫌いなんだし、もうお姉様って呼ばなくて済むんだからちょっとは喜んでもいいんだよ」
「っ!」
「ジューリアさん」
ジューリアとしては事実を言ったまでだが、リシェルに咎められてしまい罰が悪そうに視線を逸らす。
「本当の事だもん」
「だとしても、言っていい事と悪い事があるよ。妹君がジューリアさんを嫌っているかどうかなんて、妹君にしか分からないわ」
「それは周りに聞けば皆私が嫌いだって答える自信があります!」
「……私はこれで失礼します」
「え」
メイリンの物とは思えない、とても小さく弱弱しい声。天使様の友人設定にしたリゼルに一礼をした後、メイリンは護衛と侍女を連れて離れて行った。悲壮感漂うメイリンの後姿。
「なんで落ち込んでるの……?」とジューリアは訳が分からず、リシェルとリゼルを見上げた。
リシェルは同情の目をメイリンの後ろ姿に注ぎ、リゼルの方はどうでもいいと言わんばかりに目を閉じた。
読んでいただきありがとうございます。




