セレーネはやはり
ジューリアの誕生日まで後四日。フローラリア家が保管している“浄化の輝石”に宿っていた祝福が奪われてしまった以上、態々ヴィル達を連れてフローラリア家に戻る必要がなくなり、誕生日当日は戻らない旨を書いた手紙をケイティに届けさせたのが昨日。犯人捜しは難航する、というより足取りすら掴めない。
大教会で借りている客室のベッドに寝転がるジューリアは今朝ヴィルに聞かされた話を思い出す。
『皇帝とフローラリア家が共同捜査に乗り出したけど、見つかる筈ない』
『ヴィル達のご両親に手を貸してる魔法使いのせい?』
『そいつがどの程度の力を持っているかで今後の対応は大きく変わる。皇帝や公爵には、ここ十年で脱退したり行方不明になった魔法使いがいないか調査させてる』
十年とはジューリアの年齢と同じ。異邦人の魂を持って生まれたジューリアに目を付けたなら、二代前の神が人間の協力者を探し出してもおかしくない。
手紙をケイティに届けさせたのは昨日の昼過ぎ。今は朝食を食べ終えて少し経った。そろそろフローラリアの誰かが来そうな予感がする。
「ヴィルの所に行こう」
一人でいても退屈。魔法の練習は何時でもできる。ベッドから降り、ヴィルの部屋に行こうと早速ドアノブに手を掛けたら——ジューリアが回す前に扉は開かれた。
「お嬢様? 何処かへお出掛けですか」
「ケイティ」
相手はケイティだった。
「ヴィルの所に行こうかなって。ケイティはどうしたの?」
「先程、お嬢様宛の手紙をフローラリア家の方が届けに来ていました」
「げ、やっぱり」
嫌な予感程的中する。当たってほしい事ほど当たらない。
ケイティから手紙を受け取り、差出人はシメオンとマリアージュ、どちらかと思えば二通あった。
一通はシメオン。予想通り。
二通目は意外にもメイリンだった。
「公爵様はともかく、メイリンがどうして」
「受け取っただけなので私はなんとも」
「だよねえ。……あ、ねえケイティ」
不意に、昨日セレーネが大教会の正面出入口でケイティに食って掛かろうとしたのをセネカに止められていた場面について切り出した。ケイティはジューリアや天使様に見られていたと気付いておらず、瞠目し瞳が揺れた。
「私のせいでごめん。私が間に入った方が良かったかもしれないんだけど」
「いいえ。お嬢様が来ていたら、セレーネはより感情を露わにしていました。お嬢様には黙っているつもりでしたが……見られていたなら隠しようもありませんね」
昨日セレーネがジューリアを訪ねに来たのは、前回と同じ。フローラリア家に再度雇用してもらえるよう頼みに来たのだ。
「遠目だけどセレーネがお金に困っているのは何となく分かったよ。セレーネのご実家に勘当を解いてもらうよう頼む?」
「恐らく意味がありません。お嬢様が思う以上に、平民にとって貴族は畏怖の対象なのです。お嬢様がセレーネのご両親を説得して勘当を解いたとしても、セレーネがフローラリア家の長女を虐げていた事実は変わりありません」
人の噂はすぐに広まる。セレーネが帝国の名家の侍女を馘にされた理由は近所では恐らく有名となってしまっている。肩身の狭い思いをする両親にとってセレーネは邪魔。家に置いておくなど出来はしない。
「持っている装飾品とかを見栄を張らずに売り飛ばす、なんてことはしなかったの?」
「昨日聞いてはみました。フローラリア家を追い出される際、荷物だけは持ち出せたようで溜め込んでいたお金や装飾品を持って実家に帰りました」
実家に戻ったセレーネは驚く両親にフローラリア家を解雇された事や理由を馬鹿正直に話してしまい、自分は間違っていないのにと憤慨するセレーネは即刻両親に家を追い出された。
どうして馬鹿正直に話してしまうのか。当主夫妻に嘘の報告をしていたように、自分の身を最優先にすれば良かったものを。呆れて何も言えないジューリアは半笑いを浮かべるしかない。
「お嬢様のお気持ちはお察しします。さすがの私も、どうして馬鹿正直に話したのかと言ってしまいました」
「大体の予想はつくよ」
帝国の名家フローラリア家の長女として生まれ、膨大な魔力を持つのに扱う術を持たず、フローラリアの女性の象徴たる癒しの能力も使えない無能。当主夫妻や兄妹に見捨てられ、周囲に冷遇されるジューリアの侍女になっただけで役立っていたとセレーネは語っていた。ジューリアは我儘ばかりでセレーネや家庭教師ミリアムを困らせてばかりと印象付けられていたせいで散々な生活を強いられていたのに。
「その後は?」
「その後は、お嬢様が目撃したようにセレーネに襲われそうになったところを神官様に助けていただきました」
「そうだったんだ」
セネカに大教会を追い出された後のセレーネの行方については不明。念の為、ケイティが貧民街へ行ってセレーネの行方を捜しに行くと申し出た。一人では危ないとジューリアは止めるがセレーネを野放しにする方が危険だと返されてしまう。
「あ。ねえケイティ、私も貧民街に行ってセレーネを探す」
「いけません。貧民街は貧しい者が集まるだけではなく、犯罪を犯し、表では生き辛い者も生活しています。明らかに貴族の出で立ちをしたお嬢様は連れて行けません」
「勿論天使様もです」と、ヴィル達がいれば良い? と言いそうになったジューリアは諦めた。
「お嬢様、ご心配には及びません。私なら貧民街へ潜り込んでも怪しまれません」
「本当に?」
「はい。セレーネが何処に住んでいるか分かれば、すぐに戻ります」
「うん。分かった。気を付けてね、ケイティ」
ケイティにここまで言われてはジューリアは一緒に行きたいと言えない。
部屋を出て行ったケイティを見送るとジューリアはその場に立ち尽くす。
「……ヴィルの所に行こう」
元々ヴィルの所に行くつもりだった。予定の変更はない。
部屋を出たジューリアが向かうのはヴィルのいる部屋。ノックをするが反応はない。ドアノブを回せば鍵は掛かっておらず。室内を覗くと誰もいなかった。
「出掛けてるんだ」
大抵外へ行く時はジューリアに声を掛けてくれるのに珍しい。
隣のヨハネスの部屋を訪問。此方はベッドの上で気持ちよさげに寝ていた。
「甥っ子さんは寝てる……ヴィルが何処かに行ったら追い掛けて来るのに」
此方も此方で珍しい。
「どうしようかな……」
ヴィルは不在。
ヨハネスは就寝中。
ケイティはセレーネを探しに貧民街へ。
「……」
ケイティに貰ったフローラリア家の使者が持って来た二通の手紙を読む気にもなれず、かと言って他にしたい事がないジューリアは「散歩しよう」とやる事がない時の定番の行動を選択した。
手紙は自身の部屋に置いて行き、念の為にとお金を入れたバッグを手に外へ出た。
「そういえば……一人で外に出た事って今までなかったなあ……」
お茶会の参加は禁じられ、お買い物に連れて行ってもらえず、外出した記憶は指で数えられる程度。その時だってマリアージュのお小言が常に飛ばされ、とてもじゃないが楽しむ余裕はなかった。
転生して初めての一人外で買い物。
嬉しくなったジューリアはルンルンで街へ赴いた。
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