自ら手放してしまったもの
『お前は私の娘じゃない!』
三年前の魔力判定の儀で膨大な魔力を持っているにも関わらず、扱う才がないと判明した娘に向かってシメオンが放った第一声がこれだった。言った直後ハッとなったシメオンだが、既に時遅く。ジューリアは呆然とシメオンを見つめていた。一度放った言葉は決して元に戻らない。
産まれた時から膨大な魔力を持っているせいで身体が弱く、些細なきっかけで熱を出していたジューリアをシメオンもマリアージュも、周囲も大切に育てて来た。成長するにつれ、瞳の色が青から青緑の色に変わり、癒しの能力に関しては平均くらいでも魔力量が膨大な為将来への道は無限であると確信した。
魔力しか取り柄のない無能の烙印を押されようとジューリアは大切な娘、フローラリア家の長女。あんな台詞を言うつもりはなかった、どうして言ってしまったのか。屋敷に戻ったシメオンをマリアージュが詰っても理由は最後まで分からなかった。
謝りたかった、すぐに誤解だと撤回したかったのに、それ以降シメオンを始めマリアージュまでもジューリアを無能扱いし始めた。そのせいで周囲もすっかりとジューリアを冷遇してしまった。当主夫妻に無能扱いをされている娘になら何をしてもいいと使用人達が勘違いをしたのは全て自分達のせい。
グラースがジューリアに冷たかったのも親であるシメオンやマリアージュが原因。メイリンにしてもそう。妹が姉を見下すのはあってはならない。
「シメオン……」
「……マリアージュ」
五日後、ジューリアの十一歳の誕生日がある。魔力判定の儀以降も欠かさず毎年誕生日パーティーを開いた。ジューリアにとっては多大なストレスだったろう。九歳になる前、誕生日パーティーは要らないとジューリアは二人に話した。その頃のジューリアは勉強をせず、家庭教師のミリアムや侍女のセレーネの言うことを聞かず我儘放題、周りを困らせてばかりだと聞いてきたせいでジューリアの印象は最低になってしまっていた。八歳の誕生日パーティーでジューリアが親族一同からかなりの嘲笑や中傷を受けていたと知ったのもまた最近。
現在、大教会で暮らしているジューリアに十一歳の誕生日パーティーを開くから一旦屋敷に戻ってくれないか、プレゼントは何が良いかを聞きに行った際知った。ジューリアが誕生日パーティーを嫌がっているとは思ってもいなかった。いつも沢山の人に囲まれ、沢山のプレゼントを贈られて喜んでいた。
七歳までの誕生日の話であり、以降は当主娘をいびりたい親族によって散々な一日を過ごさないとならない地獄に変わった。欠席したいと申すものならマリアージュが叱りつけ顔を打ったこともある。叩かれた頬を手で押さえ、感情が削げ落ちた無機質な眼で見上げられる度、大切な物が崩れ落ちていく感覚があったのに手を止めなかったのは自分達。
「ジューリアにプレゼントを贈ってあげたいの。あの子に要らないと言われても、誕生日にプレゼントを渡さないなんてやっぱりできない」
「私も同感だ。けど……ジューリアは受け取ってはくれないだろう」
誕生日プレゼントもパーティーも要らない。フローラリア家は四人家族になればいい、謝罪もやり直しも必要ないとジューリアは徹底的にシメオンを――フローラリア家を――拒絶した。あの時感じた絶望は忘れられない、同時にジューリアをそこまで追い詰めてしまったのは紛れもなく――フローラリア家だ。
ただ、幸い天使様がフローラリア家が代々家宝として大切にしている“浄化の輝石”が見たいということで誕生日パーティーを開催しない代わりとして“浄化の輝石”を見せる運びとなった。元々は九日前に見せる筈だったのだが天使様の都合で誕生日当日に変わった。シメオンやマリアージュとしても、ジューリアに接触ができるかもしれないと承諾した。
昨日登城する用事があったシメオンは顔を合わせた皇帝にその旨を話した。
そこで意外な提案を受けた。
「神官様の検査はまだ終わらないか?」
「ええ。もう少しかかるみたいよ」
「そうか。大丈夫だといいが……」
以前皇后主催のお茶会が開催された時、天使の祝福が授けられたブルーダイヤモンドから祝福が奪われていると天使様が見抜き、改めて検査をするとブルーダイヤモンドから祝福が失われていた。前代未聞の事態として皇帝は速やかに調査チームを結成し、犯人捜査を続けている。何時盗まれたか天使様も分からないと首を振った程、簡単には見つからない。
「グラースはジューリアと仲直りがしたいとジューリアの好きな物を贈ろうとしたの。そうしたら、メイリンが――」
『お兄様が用意しようとしているそれ、お姉様じゃなくてわたしの好きな物です!』と指摘した。たった三年でジューリアの好きな物が何か分からなくなった。グラースも、シメオンもマリアージュも。
ずっとセレーネに嘘の報告をされ続けたせいでジューリアに関して知っていることが極端に少なくなってしまった。
今のジューリアは何が好きか、どんなことに興味を持っているのか……ジューリアが連れて行ったケイティに報告させる手だってあるものの、シメオンは敢えてさせていない。もしもジューリアに知られてしまえばケイティは屋敷に戻され、ジューリアを知れるフローラリアの息の掛かった者が一人もいなくなってしまう。ジューリアが元気かどうかだけ報せるようにだけ留めた。
これだけならジューリアが聞いても何も思わないだろうから。
「全て私の責任だ。七歳の魔力判定の儀で私がジューリアを見捨ててしまったばかりに……」
「シメオン……」
力無くソファーに腰掛けているシメオンの側に寄ったマリアージュは、膝の上に置かれた拳を自身の両手で優しく包み込んだ。
「貴方だけの責任じゃない。私だって同じ。自分を責めないで」
シメオンがジューリアを見捨てようと母親のマリアージュだけでも味方でいてやれれば違う現在があったかもしれない。過ぎ去った過去は戻らない。未来でいつかジューリアが許してくれる日が来ると祈るしか今は……何もない。
沈黙が室内を包み、二人の息遣いだけが聞こえる。静まり返った室内だったが慌ただしい足音によって消え去った。ノックをした後でも勢いよく扉を開けた執事に注意をしたシメオンが何事かと訊ねれば、神官が検査をしていた“浄化の輝石”に宿る祝福や力が全て失われているという結果が今し方出たと報告。急ぎ事実確認をするべくシメオンとマリアージュは地下室へと急ぎ向かった。
――フローラリア家から届けられた便りは、ある意味で予想通りの結果であった。
「ヴィル達のご両親は、ヴィルの兄者に力を奪われているのに、どうやってブルーダイヤモンドや“浄化の輝石”から祝福や力を奪ったの?」
「問題はそこだ」
報せを届けた神官セティカを大教会に戻し、席に座り直したジューリアは尤もな疑問をヴィルにした。
ヴィルもジューリアの疑問が最大の謎だと肯定した。
「有り得るとしたら、ジジババに協力者がいる」
「天使か神族?」
「いいや」と会話に入ったネルヴァは恐らく人間が手を貸していると判断した。というのも、もしも神族か天使の仕業なら、神力や聖なる力が微かでも残り、ネルヴァやヴィルなら感知が出来る。初め、ブルーダイヤモンドから祝福が奪われていると知った時に漂っていたのは魔力だったとヴィルもネルヴァの意見に同意した。
「物体に掛けられた祝福を奪うのは並大抵の実力者ではまず不可能。あの二人に手を貸している人間は厄介な魔法士の可能性大だ」
「うわ……」
誕生日当日に帝国を出て行けるのか、不安になってきたジューリアである。
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