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まあ、いいか【連載版】  作者:
悪魔狩、再追試
111/134

提案

 



 泣いて走り去った?

 誰が? ——ジューリオが。



「どうして?」



 頭から大量の疑問符を飛ばし、全く解せないとジューリアは意味不明だと言わんばかりに首を振る。護衛の一人も付けないで皇族がお忍びで来ていたのは問題だが、何故ジューリアを見てジューリオが泣くのか。心の声を聞いたらしいヨハネスに理由を訊いてみるも、ジョッキに注がれたアイスティーが届くと気持ちはそちらへ行ってしまい「知らない」と素っ気なくされてしまった。困ったジューリアはゆるりと視線を自分に向けたヴィルに訊いてみることに。



「ヴィルは殿下の心の声を聞いた?」

「聞いたというか、届いたというか」

「何を言ってたの、殿下は」

「興味ない」

「えー」



 ジューリアでは他者の心の声を聞けない。ヴィルもヨハネスと同じでジューリオの心の声を聞けてもジューリアに教えてくれない。二人の違いは理由だろうがヴィルに関しては興味がないというより……。



「やっぱりあの婚約者、貴女に気があるみたいね」

「えー」



 今度の「えー」は不満げな声色。



「どこがですか」

「知らなわいよ。少なくとも、貴女に気がなければ、そこの神族といるところを見てショックを受けたりしないわよ」

「うーん」



 ビアンカの指摘は的を得ていると思うがどうもしっくりと来ない。初対面の時から、魔力しか取り柄のない無能のジューリアとの婚約を嫌がっていた。ジューリオの心情が変わったのは悪魔に身体を乗っ取られた時だとヴィルは話すものの、誰だって心配はする。一応は。



「一時的なものかな。殿下が私に気があるとは思えません」



 椅子に背を預けたジューリアは前世の時の話をした。



「前世の私は、お母さんが私を出産と引き換えに死んでしまったから父親や兄二人に憎まれてました」

「聞いた」

「小さい頃は父親や兄二人に構ってほしくて、家族として見てほしくて何でもやりました。でも、全部無駄だと、あの人達にとって私は大好きなお母さんを殺した娘でそれ以下でもそれ以上でもないのだと知ったら、途端にどうでもよくなったんです」



 兄、特に次兄は長兄以上に樹里亜を執拗に虐めた。父親に叱られても目に見えない場所を重点的に狙って暴力もふるわれた。数度だけ、仲直りをしたいと言われ信じた樹里亜だが結局それは嘘で。呆然とする樹里亜を腹を抱えて大笑する次兄の醜い顔が今でも思い出せる。



「兄二人の出産は安産だったから、尚更、私はあの人達にとってお母さんの命をお腹の中で奪い続けた悪魔だったんですよ」

「悪魔はそんなことしないわよ」



 態々人間の生命力を奪って誕生する悪魔はいない。母体に影響が出る程、強大な魔力を持って生まれる子がいようと悪魔は子を嫌わない。人間や天使を忌み嫌うものの、血を分けた家族には深い愛情を示す。

 悪魔の方が神族や人間より愛情深く、物騒度が低いのは何故なのだろう。



「殿下が私に気があると言われても信じないのは前世の影響がやっぱり強いです。信じたところで馬鹿を見るのは信じた側です。嫌な思いをするくらいなら、自分を嫌う人とは遠く距離を作る。これが一番平和に暮らせる方法なんだって私自身よく知ってます」

「ジューリア」



 前世の父や兄二人、ジューリオは同じようで違う。頭で分かろうと無理なものは無理。



「ジューリアの誕生日に俺がお願いをしてもいい?」

「いいよ。どうしたの」

「ジューリアの誕生日に帝国を出よう」

「え」



 フローラリア家を捨ててヴィルと共に帝国を出て行くとは、出会った時から話していた。子供の姿になってしまい、暫く先になってしまったのの、大人の姿に戻った今のヴィルならジューリアを連れて帝国を出て行ける。

 けれど二代前の神がジューリアを狙っていると判明し、状況は大きく変わったのだ。



「このまま帝国にいれば、何れジジババがジューリアの魂を奪いに来る。兄者に封印を解除してもらったとは言え、完全には戻っていない。力の大半を兄者に奪われてはいるが、あのジジババは自分達の目的の為なら手段を厭わない傾向にある」



 経験のあるヴィルの言葉には説得力があり、神妙な面持ちになってしまう。



「私はいいよ」

「駄目!!」



 あっさりと承諾したジューリアを遮るようにヨハネスが否定した。



「ヴィル叔父さんが帝国にいなくなったら、ぼくどうやって生活すればいいの!!」

「知るか。大教会に世話になれば」

「嫌だよ! 他の天使が来るかもしれないじゃないか!」



 人間界にいた上位天使は熾天使ガブリエル、智天使カマエルの二人。他に上位天使がいるかどうかミカエルと連絡が取れない以上知る術はない。唯一あるとすれば、ネルヴァが密かに連絡を取り合っている主天使くらいなものだが、監視の目が強くなっている現状聞くのも調べるのも一苦労となろう。



「だったら、甥っ子さんとビアンカさんも一緒に行こうよ」



 あっさりと爆弾発言を投下したジューリアに一驚したヨハネスとビアンカ。先に反応したのはヨハネス。



「百歩譲ってヴィル叔父さんと行くのはいいよ! 何で魔族なんかと一緒に行かなきゃいけないのさ!」

「こっちの台詞よ! 大体わたくしは魔王の陛下の人間界での用事が終わるまで此処にいるだけであって、貴女達と一緒に行くなんて冗談じゃないわ!」



 未だ魔界の王子との復縁を望むビアンカ。事実を魔王から聞いたジューリアは内心王子に微妙な気持ちを抱いていた。

 本当に好きなのはリシェルなのに、リシェルの一番になれず、拗らせた気持ちを持ち自分に恋心を持つビアンカを利用した。王子がビアンカを本心から愛していたなら、変態貴族に売り飛ばされた彼女を助け出すことだって出来た筈。魔王曰く、リゼルは自身の手が離れ魔王や王子が助けるなら好きにしろという方針だったらしく、助けたところで小言を飛ばしたにしろ何もしなかっただろう。


 ビアンカを怒らせてしまうだろうがジューリアは敢えて逆鱗の領域に足を踏み入れた。



「魔界の王子様よりもっと良い人を見つけようと思いませんか?」

「ノアール様以上の殿方なんている訳ないでしょう」

「私は会ったことがないから、偉そうなことは何も言えませんけど、少なくともリシェルさんっていう婚約者がいたのにビアンカさんを恋人にするなんて不誠実ですよ」

「お嬢さん。知った風な口をきかないで頂戴。ノアール様は」

「魔王さんから大体聞いて思いました。王子様はよくビアンカさんを伴ってリシェルさんに突っ掛かっていたって。一人で絡めばいいものを態々ビアンカさんを付けたのはどうしてですか」

「そんなの! ……リシェル様よりわたくしを愛しているとリシェル様に分からせる為によ……」

「聞いた感じじゃ、十分分からせていたのでは」



 段々強気な声はなくなるビアンカの顔色が曇りを見せ始める。魔王やネルヴァ経由で知っているヴィルに話を聞き、ビアンカの恋心を利用するだけして変態貴族に売り飛ばされた彼女を助けようとしない魔界の王子を想い続ければ、惨めな思いをするのはビアンカだと思い至った。折角仲良くなれそうなところにビアンカの地雷を踏んだ結果嫌われても仕方ないとジューリアは覚悟して話を切り出した。



「補佐官さんのことが怖かったにしても、ビアンカさんのお家の力を使えば魔王さんが折れてリシェルさんと王子様を婚約破棄なり解消なりさせられた筈です。しなかったってことは——」


「そんなに会いたいなら会わせてやろうか」



 ジューリアの声を遮る様に間に入った声はリゼル。いつの間にか隣の空いていたテーブル席にあの場に残った三人がいた。居心地が悪そうなリシェルは俯き、ネルヴァはメニュー表を眺め、リゼルはビアンカを見ずもう一度同じ言葉を口にした。何時来たのかは置いておき、ジューリアが魔界の王子を人間界に呼ぶのかと疑問にすると違うと否定された。



「アメティスタの娘。お前を魔界に連れ帰って王子に会わせてやろう。その後はお前達の問題だ、好きにしろ」

「どういう風の吹き回しですか」

「どうもこうもない。ただ、これだけは覚えておけ。王子がお前を受け入れたとしても、アメティスタ家の後ろ盾もないお前を引き摺り落としたい連中は山のようにいる」



 魔王の座は魔力さえ強ければ最悪周囲が助ける。魔王の妃の座は魔力だけが強かろうと魔王の寵愛を得たい女性達が家の力を最大限に使ってくる。本人の力だけでどうしようもない場合もくる。妃に関心の薄い魔王だと助けてもくれない。



「ノアール様がわたくしを見捨てる筈がっ」

「その娘の言う通り、真にお前を愛しているならエルネストの反対を押し退けてお前を助けていた。アメティスタ家を処刑した後、おれは手を出さないとエルネストには言ってあった。仮に王子がお前を助けようとしてもあいつは邪魔をしなかっただろうがな」

「……」



 当事者たるリゼルの言葉はビアンカに重くのしかかり、膝の上に拳を置いて俯いてしまった。

「ねえヴィル」とネルヴァ。



「此処に来る途中、お嬢さんの婚約者の皇子様が走って逃げて行ったけど、またお嬢さんに突っ掛かっていたの?」

「違う。泣いて走り去ったんだ。というか兄者、人間達をちゃんと異空間から助けたの?」

「勿論。そうじゃなかったら此処へは来ない」



 異空間に捕らわれていた神官達やケイティに幸い記憶はなく、大教会にずっといたという記憶を植え付け置いて来た。



「泣いてたって何故?」

「俺とジューリアが仲良しだから」

「ヴィルとお嬢さんが仲良しなのは今に始まった事じゃないだろう」

「叔父さんが元の姿に戻ったからだよ」



 ジョッキに注がれたアイスティーを全部飲み干しお代わりを給仕に頼んだヨハネスがテーブルに突っ伏し、二人の会話に割り込んだ。



「その子の誕生日を知って、その子の欲しい物が何か本人に聞きに来たら、元の姿に戻った叔父さんと仲良くしてるから泣いて何処かに行ったんだ」

「え? 私の誕生日を殿下が知ってた?」



 何で? と驚くジューリア。婚約者になって日が浅く、関係良好を目指す気は一切ないのに、どうして誕生日を知っているのか。考えるジューリアにビアンカの呆れ声が飛んだ。



「周りが話すに決まっているじゃない。この国の皇帝は、貴女と皇子様を婚約者でいさせたいのだから、貴女の誕生日が間近だと教えて関係改善を図らせようとしたのではなくて」

「あー有り得そう。適当に貴族の令嬢が好きそうな物を送っておけば良かったのに」

「貴女……本当に興味がないのね」

「ないですよ」



 好きになれなくても友達として仲良くなりたかった気持ちを木っ端微塵にしたのはジューリオの方。ジューリアは誰に何と言われようと関係改善をする気は更々ない。

 一人でいたのは護衛を撒いた可能性が高い。何故撒いたかまで考えない。



「ヴィルと一緒なら、魔力判定の儀以降久しぶりにまともな誕生日を迎えられて嬉しいって思える」

「そっか」

「七歳から今までほんっと嫌で嫌で仕方なかった」



 それが今年から解放される。嬉しくて飛び跳ねたくなるのは仕方ない。


「“浄化の輝石”を見るのはジューリアの誕生日当日に変えようか。帝国を出て行くこともジューリアへのプレゼントにするよ」

「ありがとう。フローラリア家で“浄化の輝石”を見たら帝国を出て行こうね、ヴィル」

「何処へ行きたいか決めておいて」

「うん!」


「ちょっと待った!」



 さっきはヨハネスがかけた待ったを今度はネルヴァがかけた。

 咎めるような声でヴィルを呼ぶも本人は涼しい表情のまま。



「兄者に力の大半を奪われたジジババが帝国の外までジューリアを追ってくるとは考えづらい」

「帝国にいるよりかは安全だとは私も思う。ただ……」



 心配な色を籠めた銀色の瞳がジューリアに注がれる。ネルヴァが言いたいのはジューリアの年齢の問題だ。



「お嬢さんが成人するまで待ちなさい。その間は、私も帝国にいるようにするから」

「待っている間にジジババが力を付けたらどうするつもり」

「そうはならない。あの二人が力を取り戻すには、お嬢さんの魂を食らう以外の選択肢はない」



『異邦人』の持つ清廉で純粋な魂以上に神力を取り戻す物はなく、それ以下だと神力は取り戻せない。

 側にネルヴァがいる限り、二代前の神は手を出せず、ジューリアが成人したらすぐに帝国を去れば問題はない。


 ヴィルが納得しかけた時。



「おい」



 鋭く声を放ったリゼルはこう述べた。



「天界はどうするんだ」

「ぼくは戻らないからね!」



 リゼルが何を言おうとするか本能で察したらしいヨハネスが逃げの体勢に入る。

 ふと、ジューリアは前世で小菊がプレイしていたゲームを思い出した。



「あの」



 全員の視線がジューリアに集まった。



「甥っ子さんのお父さんに神になる力がないなら、ヴィル達のご両親の力を借りて神になるっていう方法は無し……かな?」

「兄者に力の大半を奪われてるんだって」

「返せないの?」



 どうなの? とヴィルに目を向けられたネルヴァは「返せるけど考えたことがなかった」と興味深そうに零してジューリアに詳細を求めた。





読んでいただきありがとうございます。



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