大人になった天使様には
人間や魔族は魔力を増幅する方法があるのに対し、神族が神力を増幅する方法は全て外法しかなく、生まれつき恵まれた力を持つネルヴァやヴィル、ヨハネスが力に恵まれなかったアンドリューの劣等感を理解するのは到底無理な話だった。理解を求めても彼等にはきっと分からない。ヴィル達と同じで生まれつき恵まれた力を持っていても、使う方法を持てなかったジューリアは今更ながらアンドリューの劣等感を解してしまった。父の力が自身より弱いのは生まれつきだからとヨハネスは然して気にしていない。ヴィルが元の姿に戻っても天界に連れ戻される心配がないと解ったヨハネスのお腹から大きな音が鳴った。
「叔父さん達が来て力抜けた。お腹減ったからカフェに行こうよ」
「お前が勝手にお腹を空かせてるだけ。まあ、俺も甘い物食べたいかも」
ヨハネスはともかく、ジューリア達はつい先程まで戦いの場にいた。安全な場所に移動した途端、身体が休息を訴えるのは自然の摂理。ヴィルに釣られてジューリアは両手を挙げて賛成の意を表し、ビアンカの方へ向いた。
「ビアンカさんも行きますか?」
「喉が渇いているからわたくしも行くわ」
「じゃあ、皆で移動しよっか」
片手を下ろし、もう片手はヴィルの手を繋いで宿屋の近所にあるカフェへと歩き始めた。
「ヨハネス。兄者が戻るまで人間達の意識を逸らしていてよ」
「分かってるよ。それより早く行こうよお腹減った!」
「はいはい」
ヴィルが元の姿に戻ってもヨハネスとのやり取りは変わらない。
ヨハネスからすれば今の姿が当たり前だったのだから当然だ。
「甘い物って言ってたよねヴィル。ケーキを頼む?」
「どうかな。メニュー次第」
「私はあるならフルーツタルト。後、リンゴジュース」
「好きだねジューリア。俺も嫌いじゃない」
「前世の頃から好きだったんだ」
目線が大きく変わってしまったが会話の内容も殆ど変わらない。子供姿のヴィルといても楽しくて、元の姿に戻ったヴィルといるのも楽しい。
どちらもヴィルという個人だから楽しいのだ。
「ジューリアは」
「うん」
「九日後の誕生日で欲しい物はない?」
「ないというか浮かばない。ヴィルが一日付き合ってくれるだけでいいよ」
フローラリア家に戻らないとならないのが面倒極まりない、と小さな声で愚痴を零しつつ、改めて自身の欲しい物は何かと考えてみた。口うるさく言われてきたがお小遣いは与えられていた。高価な宝石もドレスもその他色々欲しいと感じず、かと言って行きたい場所も特になく、ヴィルに一日付き合ってもらうだけで十分だと結論付けた。
帝都で人気なだけあってカフェの店内は満員だったが外の席は空きがあり、四人でテーブルを囲った。
給仕からメニュー表を引っ手繰る勢いで奪ったヨハネスに呆れつつ、別のメニュー表を給仕に手渡しされたジューリアはヴィルにも見えるようにテーブルに広げた。
「ヴィルの言ってたケーキがあるよ」
「じゃあ、それにするか」
「私は……タルトはないか。私もヴィルと一緒にする」
飲み物はヴィルがレモン水、ジューリアはリンゴジュースに決めた。
「ビアンカさんは?」
一人メニュー表を開いて眺めていたビアンカの視線が上げられた。
「ミルクティーをアイスで。それとパンケーキを二枚、トッピングはハチミツだけで」
「畏まりました」
「ねえ! ぼくはパンケーキ十枚と生クリーム沢山、追加料金払うからアイスティーをジョッキに入れて!」
「は、はい!」
何度も注文するのが面倒ならジョッキに入れてもらえというヴィルの言い付けを律儀に守っているみたいでアイスティーをジョッキサイズに注文したヨハネス。恐らく初めてそんな注文をされたのか、給仕はメニュー表を回収すると慌てて店内へ駆け込んだ。
「呆れた。貴方の胃袋には空間魔法でもあるのかしら」
「ほっといて。ぼくはお腹が減ったの! ぼくのお陰で大教会にいる人間達が騒ぎを起こさないんだから感謝してよ!」
「あー確かに」
もしもヨハネスが様子を見に来なかったら、こうしてゆっくりしていられたか怪しい。胸を張って偉そうに言い放ったヨハネスに多少イラついた様子のヴィルだがジューリアに呼ばれると機嫌は治った。
「ヴィルの兄者や補佐官さん達もこっち来る?」
「人間達を異空間から救出したら来ると思うよ」
「隣のテーブル席空いてるから確保しておこうよ。それなら、席が離れないよね」
「ジューリアの好きにしたらいいさ。ところでさ、ジューリア。ジューリアに——」
早速給仕を呼んで席の確保をしようとジューリアが動き掛けた際、ヴィルが何かを言い掛けて「どうしたの?」と向いたジューリアは視界の端に誰かが走り去ったのを見た。気になって見るとローブを纏った子供がカフェから走って離れていく。
後姿が見えなくなっても気になって見続けていれば、溜め息混じりにヨハネスがあれは皇子様だと教えた。
「皇子様? 皇子様って……え、殿下?」
「心の声が聞こえた。あの子は君の婚約者の皇子だよ」
走り去って行く姿を見るに一人で来ていた。未成年の皇族がどうして一人でいたのか驚愕するジューリアは、ジューリオが走り去っていった方を眺めるヴィルに気付かなかった。
——ジューリア達のいるカフェから体力切れになるまで走り、建物の裏に入って休憩するジューリオ。呼吸が落ち着いてくるとその場に座り込み膝を抱えた。
「……んか……、ジューリアなんか……あんな無能……僕の方から願い下げだっ」
子供だった天使様が何時大人の姿になったのかジューリオは知らない。子供の姿の時以上に天使様に好意を見せていたジューリアに大きなショックを受け、本来の目的を遂げられないままジューリオは撒いた護衛に見つけられるまで此処で静かに泣き続けた。九日後にはジューリアの誕生日があると教えられ、ジューリアの好きな物も欲しい物も知らないジューリオは直接本人に聞いてみるべく護衛を連れて街へ赴いたのに、何の意味も無くなってしまった。
「どうせすぐに天使様は天界へ帰られてしまう。その時、天使様に置いて行かれたらいいっ」
そうしたら……。
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