堕天使⑧
「ベルンシュタイン卿……」
複雑極まる表情のビアンカを心配しつつ、掴まれていた腕を離してもらったジューリアは強い殺気を感じて後ろを向き、迫りくる堕天使達に悲鳴を上げた。元々リシェルを助けようと駆け付けたのにリゼルの登場で忘れかけていた。
一人あわあわとしていれば、首根っこをリゼルに掴まれリシェルに託された。
「パパ」
「すぐに終わらせるから、そこで待っていなさい」
言うが早いか、一斉に飛び掛かった堕天使へ振り向きもせず、身体から放たれた濃度が桁違いに濃い魔力の衝撃波を発生させ、跡形もなく消し去ってしまった。身体を動かしもせず、視線すら合わせず、リシェルが苦戦した堕天使四体は瞬殺された。
高位魔族でも実力の差は激しいとは誰の言葉だったか。神力と魔力がぶつかり合う方向を見たリゼルはすぐにリシェルに向き直った。
「足を見せなさい、リシェル」
「う、うん」
一体どの部分から見ていたのか、足を挫き立っているだけでやっとなリシェルの状態を見抜き、赤く腫れる足首に触れた手から淡い光が。腫れた部分を光が包み、見る見るうちに肌の色は元通りに。
「終わったよ」
「ありがとうパパ」
リゼルが離れた頃には、リシェルの足首の痛みはすっかりと消えた。
「パパ、ネロさんがまだ」
「ああ」
「ネロさんが心配だけど、私が行っても役に立てないよね……」
「堕天使となった智天使を相手取っているんだ、幾らネルヴァが強かろうと手を抜けない。神力が濃く漂う場所にお前を行かせられない」
「うん……」
父と娘の会話に入ってもいいものかと思案していれば「ジューリア」といつの間に近くまで来ていたヴィルに呼ばれた。
「ヴィル。ヴィルやビアンカさんに怪我は?」
「俺にはない。向こうは知らない」
「そっか」
アメティスタ家の当主は決してビアンカを傷付けるなと天使達に命令していたのなら、ビアンカについては問題ない。銀瞳がジッと見つめてくる黄金の瞳を睨み付けジューリアも気になり同じ方向に変えた。
「ネルヴァやエルネストが聞いてもいないのに人間界の様子を逐一伝えてくるせいで大体は把握している」
「あ、そう。俺は兄者の交友関係に口を挟む気はないからどうでもいい」
肩を竦めたリゼルの視線はヴィルからジューリアへと流れる。え、と声を漏らしたジューリアは次に話される内容に驚愕する羽目に。
「アメティスタの当主が生前狙っていた人間の娘がお前か」
「みたいです」
「魔族のおれから見ても……なるほど、確かに純度の高い魂を持っている」
「魔族の人達には、魔力目当てで狙われてますよ」
「魔族も純度の高い魂を食らうと神族や天使への攻撃に耐性がつく」
ほんと? と吃驚してヴィルに振り向くと頷かれた。初耳な内容だが更に衝撃的な内容を聞かされる。
「これだと力を失った神族がお前を狙うのは納得だな」
「……へ」
さっきの初耳以上の内容。何度も瞬きを繰り返し、ヴィルに振り向けば、ヴィルの方も初耳なのか銀の瞳が大きく開かれている。再度リゼルに向き、詳しく知りたいと求めた。
「アメティスタの当主が生前お前を狙って帝国を調査している時に知ったんだ。力を失った神族が人間の振りをして帝国に紛れ込んでいると」
「え、え? 神族が力を失って……どうして?」
ジューリアの問いには答えず、黄金の瞳は険しい顔付きで考え事をしているヴィルへ移された。ヴィル、と呼ぶと徐に深い溜め息を吐かれてしまった。
「……皇族が管理している、天使の祝福が掛けられたブルーダイヤモンドから、祝福を奪ったのはその神族だ」
「力を失ったから?」
「奪われたっていうのが正しい。兄者に」
「ヴィルの兄者?」
「ああ。最悪。ヨハネスがジジババを見ていないって聞いた時に少しは疑うべきだった」
曰く、幼いヴィルを次代の神の座に就かせようと強制的な教育を施し、逃げようとしたヴィルを熾天使に命じ大怪我を負わせた張本人がヴィル達四兄弟の両親。両親は事態を知ったネルヴァに熾天使共々瀕死の重傷を負わされ、挙句ネルヴァによって大幅に神力を奪われてしまった。以降はヨハネスが産まれても大人しくしていたのだが……。
「ヨハネスも何時からジジババを見ていないかは思い出せないようだけど。少なくとも、フローラリア家にジューリアが生まれた時点で目を付けた筈だ。『異邦人』の魂はとても清廉でリゼル=ベルンシュタインの言う通り純度が高い。失った神力を取り戻すには、ジューリアの魂を食らうのが一番確実だからね」
神や天使であろうと人間の魂を食らうのは禁忌中の禁忌。発覚すれば極刑は免れない。力を取り戻したい理由……ヴィルの予想では力を奪ったネルヴァへの復讐。これのみである。
「ジジババが本当に帝国にいるなら、ジューリアがフローラリア夫妻に見捨てられた理由にも納得がいく」
「前にヴィルが言ってた、私を見捨てる術をかけたってやつ?」
「ああ」
「うわあ……」
決定でないしにろ、三年間のジューリアの冷遇生活の元凶が自身の両親と知ったヴィルは両手で顔を覆った。ジューリアの方も予想外な方向からの相手にドン引きしてしまっている。
だが、ふと、とある疑問が浮かんだ。
「私がフローラリア家に見捨てられたのが七歳の時の魔力判定の儀だから……帝国に所属する魔法使い、若しくは大教会の関係者にヴィル達の両親がいるってこと?」
「かもしれないね」
魔法も癒しの能力も使えないと判断されたあの時。絶望に染まった父シメオンや落胆したマリアージュを思い出してしまう。お前は娘じゃないと言い放ち、その後すぐに後悔したシメオンの事も。
魔法のせいだけとはジューリアは絶対に思わない。
それにしても、とジューリアは魔族より神族の物騒度が高いのは何故と言う。普通では魔族の方が物騒なのに。
「同感ね」と此方もいつの間に来ていたのか、ジューリアの側で立っていたビアンカは肯定した。
「ベルンシュタイン卿。お父様がこの子の魔力を狙っていた理由を知りませんか」
「お前の為だ。次期魔王の妃にする為に、お前の魔力増幅を画策していたところに異様に強い魔力を持つ人間の娘に目を付けたんだ」
相手の魔力を奪うのは魔族ではよくある行為。方法は幾つかあれど、最も多いのが相手を食らうこと。人間も魔族同様、魔力の源は心臓にある。生きたまま心臓を抜き取り、鼓動が消えぬ内に食らえば相手の魔力を丸ごと手に入れられる。
リゼルの説明を受け、青い顔をして口元を抑えたビアンカは同じく顔を青くしたジューリアを見やった。視線を感じたジューリアはビアンカを見上げて気にしていないと首を振る。
「結局、未遂で終わっているからビアンカさんは気にしないで。……魔力の奪い方がグロくて想像したら気分悪くなってきただけ」
「……仮にお父様が実行していたとしても、動く心臓を食らうなんてわたくしは御免よ」
ジューリアと知り合わずとも、同じ気持ちを持ったとビアンカは言う。
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