堕天使④
「あれー!!」とジューリアが指差した上空には、空を覆い尽くさんばかりの多数の天使がおり、皆体や頭を抑え苦しんでいた。周囲に走る黒い靄はカマエルを堕天使にしている靄と全く同じ。げんなりとした顔をするネルヴァやヴィル、呆然とするリシェルとビアンカ、口をあんぐりと開けてこの状況を打開する策は何かと現実逃避をしたくなったジューリアとで反応が分かれた。
「今頃気付いたか。愚鈍な奴等め」
「お、お父様、あれは一体」
「ああ、怖がらなくていいビアンカ。お前には一切の危害を加えさせない。この天使の力を使って他の天使共を呼び寄せ、私の力を分散させ堕天使に堕としたのだ」
そして堕天使はもう間もなく誕生する。カマエルは完全な堕天使へ、他の天使達は原形が崩れ異様な怪物の姿に成り果てるかカマエルのように完全な堕天使へ変化するどちらかになっていった。
「はははは、どうやらこっちの天使の堕天使化は終わったようだな」
当主の声に釣られてカマエルを見やれば、腰まで伸びた漆黒の髪、黒くそまった羽、白魚の如き美しかった肌が薄い黒に変色し、青かった瞳も異様にギラつく赤い瞳へと変わっていた。
最も大きな異変はカマエルから発せられる桁違いの殺気と……魔力。天使や神族では持たない魔力を持つことは堕天使の特徴の一つ。
「これじゃあ逃げられない……ネロさん、やっぱり私も残ります。ネロさん一人で」
「駄目だってば。こうなってくるとリシェル嬢達を余計いさせられない」
「わ、私だって少しは戦えます」
「そうじゃないんだ」
堕天使になったのが智天使のカマエルだけでもネルヴァは手加減も油断も許されないというのに、そこに下級天使達の堕天使化ときた。魔族にとって神力は猛毒に等しい。先代神であるネルヴァの神力をまともに食らって無事なのは、リゼルか魔王くらいなもの。リゼルの娘であろうとリシェルが受ければ大怪我では済まない。
「リシェル嬢。君を傷付けたくない。私のお願いを聞いて」
「……うん……」
ここまで説得されてはリシェルもそれ以上は言えなくなった。未だ、当主を見つめ複雑な面持ちを浮かべるビアンカにジューリアがそっと近付いた。
「ビアンカさんも行こう。ビアンカさんのお父さん、全然ビアンカさんの話を聞こうとしないじゃん」
「……お父様はきっとわたくしの為だからと思い込んでいるのよ」
「ビアンカさんは強い魔力が欲しいですか?」
「強い魔力を手に入れたって……お母様もお兄様も……弟も戻って来ないわ」
何でもありなイメージのある高位魔族と言えど、死者蘇生は禁忌中の禁忌。家も家族も財産も失ったビアンカが今更ジューリアの魔力を手に入れたとて何も戻って来ない。
何より——
「貴女に魔力の操作方法を教えるのは悪い気がしない」
「へ」
「人間界にいる間は、貴女の面倒を見ている方が楽しいもの。面倒を見る貴女が死ねば、わたくしの楽しみがなくなってしまうわ」
瞬きを繰り返す内にビアンカに言われた言葉の意味を理解したジューリアは青緑の瞳を喜びに光らせ、満面の笑みを見せた。
陽光を注がれた海面のように瞳をキラキラと光らせたジューリアを見ていると、初対面でジューリアを拒絶しておきながら執着を見せている皇子様の気持ちが分かってしまう。下心はあれど、それは美女と仲良くなりたいという十歳の少女に似合わない理由と言えど、ジューリアから好意を向けられるのは悪い気がしない。
顔が一番好きだと言われているヴィルがジューリアを手放したくない理由も分かるような気がして呆れが生じる。
「ヴィル、お嬢さんも。早く行きなさい」
空にいる天使達の堕天現象は全て終わり、怪物になった天使と堕天使になった者は半々といったところ。ジューリアが空を見上げていたら、強い衝撃音と強風が発生した。
受け止められず尻餅をついてしまい、ヴィルに差し出された手で立った。
「ありがとうヴィル」
「どういたしまして。兄者の言う通り、そろそろ逃げるよ。カマエルがこっちを攻撃しだした」
あっち、とヴィルの視線の先を辿るとカマエルが放つ黒い魔力を防ぐネルヴァがいた。
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