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まあ、いいか【連載版】  作者:
悪魔狩、再追試
102/134

堕天使③

 



「リゼ君が処刑した魔族が思念になったか」

「狙いは多分私みたいです」

「だろうね」



 ビアンカも言っていたがビアンカに会うのなら、売り飛ばされた魔族の所へ向かう筈。人間界に来たのは生前狙っていたジューリアの魔力を奪うのが目的とすれば、辻褄が合う。問題は智天使のカマエルを何故連れ去ったかという点。



「カマエルに意識がない分、俺の嫌な予想は当たりそう」

「私も同感」



「どういう事?」とジューリアが問えば、ヴィルとネルヴァ二人揃って堕天使化させる為だと言い放った。理性も知性も外見も崩壊し、死ぬまで暴れ続ける化け物になるパターンともう一つある。黒く染まった羽と肌を持つと本来持っていた力が倍以上になり、破壊の限りを尽くす本物の堕天使となるパターン。後者の方が圧倒的に厄介で智天使であり、唯一神族をも罰する権限の持つカマエルとなれば、並の実力者では歯が立たない。

 魔族で言えば魔王やリゼル、神族で言うとネルヴァしか相手は不可能。若干顔を青褪めるリシェルとビアンカを横目に、どうにかしてカマエルを見つけようと意気込むジューリア。黒い靄がビアンカの父の思念なら、娘の声に応えるのではとビアンカが言い出した。



「カマエルを見つけるのが最優先か。兄者、感知能力は?」

「さっきから使ってる。一向に見つからない」



 原因が黒い靄にあるなら、魔族の気配を辿ればいいとリシェルも感知能力を使う。目に神経と魔力を集中させ、周囲を慎重に見渡していくが魔族の気配が一つも見つけられないと首を振った。



「一体どうして」

「天界の合図が出たんだ。人間界にいる魔族達は挙って魔界に帰還する。リシェル嬢が見つけられないなら、少なくとももう街に君達以外の魔族はいないんだろう」



 更に黒い靄はあくまでも思念。魔力という形に捕らわれ補足するのは無理な話。カマエルの力を探しても見つからないなら、上手く隠れているというだけ。早速の行き詰まりにジューリアは次を考えようと言うも、表情を難しくするだけで誰も言葉を発しない。

 自分でも何か良案はないかと考え出した直後、人がだんだん集まってきていると気付いたジューリアが声を上げた。帝国の象徴とも呼ぶべき大教会が知らない間に破壊されていれば、騒ぎが起きるのは必然。一旦ネルヴァの転移魔法で帝都を東に進んだ先にある草原に移った。

「危なかった」とヴィル。

「あ。異空間に捕らえられたケイティや神官様達は、まだ助けられてないんだよね?」とジューリアに訊かれたネルヴァは「そうだよ」と肯定する。



「カマエルがいなくても助け出す方法とかは……」

「あればとっくにやってる」

「ですよね……。甥っ子さんを一人にしていいのかな?」

「危機察知能力は優れているようだから、私達が戻るまで外へ出ないことを祈ろうじゃないか」

「誰に?」

「さあ」



 祈りを聞き入れる存在が此処に一人と宿に一人いるというのに……。

 ふう、とジューリアが息を一つ吐いたその直後。足首にひんやりとした感触が触れ、ギョッとして視線を下に向ければ、黒い靄がジューリアの足首に巻き付こうとしていた。悲鳴を上げ掛けた瞬間、強い力で地面と引き離され、強く香った甘い香りが鼻腔を通っていく。自分を片腕で抱くネルヴァの眉間には険しい皺が寄せられており、光る銀瞳はジューリアが立っていた場所。地面から飛び出ている黒い靄はすぐに地中に引っ込んだ。

「最悪」とはヴィルの台詞。リシェルとビアンカは唐突な出来事に思考が停止するもヴィルの声を受けてその場から距離を取る。

 隆起していく地面は軈て大きな変化を遂げ、結界で土を除けながら地中から出て来たのは虚ろな目をしたカマエル。

 カマエルの身体には黒い靄が巻き付いていた。



「ビアンカ……!!」

「あ……」



 声の主はカマエルでもなければ、この場にいる者達の声でもない。誰の声かを知っているビアンカとリシェルは顔を強張らせ、特に名を呼ばれたビアンカはその名を紡いだ。



「お……お父様……」



 カマエルを連れ去った黒い靄の正体は、リゼルへの憎悪を糧とし、思念となって蘇ったアメティスタ家の当主。



「ビアンカ……!! ああっ、ビアンカっ、良かった、お前が無事で。何故人間界にいるかは今は聞かん! お前の無事が分かったことが大切だ。お前を買った魔族をすぐに殺しに行き、お前を自由にしてやるからな」

「あ、お、お父様、わたくしは」



 既にビアンカを買った魔族は死んでおり、自由の身となっている。

 話したいのにビアンカから出るのは纏まらない言葉のみ。



「リゼル=ベルンシュタインの娘……! 何故お前がビアンカといる! ビアンカ安心しなさい、お父様の目的を遂行した後はすぐにリシェル様を殺してやるからな!」

「お父様! わたくし、お父様に聞きたいことが」

「後にしなさい。ああっ、忌まわしいリゼル=ベルンシュタイン! 殺されても尚奴への憎しみは増してばかりだった私は、思念となって蘇る事に成功した。人間界へ来たのだって奴を殺す為の力を手に入れる為だ!!」



 ぐるりとカマエルの身体を動かしジューリアとネルヴァに向けられる。



「そこのお前! お前が抱えている娘を私に渡せ! そうすれば、命だけは助けてやる!」

「思念になると目も悪くなるのかな?」



 安い挑発に簡単に乗った当主だが、ネルヴァを凝視しているのか、途端に黙ってしまった。黒い靄が忙しなくカマエルの身体の上で動く。動揺が見て取れる。



「この濃い神力……貴様も天使か」

「そんなとこかな。死んでも尚消えないリゼ君への復讐心で蘇って、早速することが人間を殺すことかい?」

「ただ殺すだけじゃない。その娘が持つ魔力は高位魔族と同等かそれ以上。聞けば、魔法も生家特有の能力も使えないその娘は誰にも必要とされない無能と聞く。そんな娘がいなくなったところで誰も悲しみはしない、寧ろゴミを処分してやった事に感謝してほしいくらいだ!」



 あんまりな言い分にショックを受け……ないのがジューリアだ。七歳の時の魔力判定の儀で魔力しか取り柄のない欠陥の烙印を押されて以降、ジューリアの周りは大きく変わった。冷遇され続けた影響か、お陰か、あんまりな言葉を放たれてもへこたれないのが今のジューリアだ。当主もジューリアはショックも受けなければ動揺もしないので逆に困惑としだした。



「な、なんだ、何故冷静でいられる」

「生憎と今更何言われようとどうも思わないの」

「強がりは見苦しいぞ」

「全然? だって、私にとって家族は向こうから私を捨てた存在。私だって、もうあの人達は要らないの」



 予想が外れ、大いに焦る当主。その間にもネルヴァは当主をカマエルから引き剥がす策を講じているとジューリアは気付いていた。

 小声で「どうしますか?」と訊ねた。



「まずは、奴をカマエルから引き剥がすのが最優先だ。一旦降ろすね」

「はい」



 宣言通りネルヴァに降ろされたジューリア。濃度の高い神力を行使するからとヴィルの方へ行くよう背を押された。言われた通りにしようとした矢先、カマエルの絶叫が発生した。

 驚いて振り向けば、カマエルの足下から黒い光が噴出し、全身に黒い靄が張り付き、体の上を滑っていた。見る見るうちにカマエルの髪が、肌が、羽が黒く染まっていく。



「あ゛ああああぁ、あああああ゛あああぁ!!!」



 全身が黒く染まっても尚叫び続けるカマエルの周囲が黒い光に包まれ力の増幅が感じられる。言わなくても解る。危険極まる状況だと。

 咄嗟にネルヴァへ向いたら、大層面倒くさそうに顔を顰めていた。



「一番当たってほしくなかった予想が当たった」

「ヴィル」



 ジューリアの側にヴィルが来ていた。



「こ、これって、堕天使になっちゃった?」

「なっちゃったね。兄者にやられてカマエルの自己防衛機能は著しく低下していた。そこを魔族につけこまれてあの様だ」

「智天使が堕天使になったことってあるの?」

「どうかな。少なくとも、俺の記憶ではない」



「兄者は?」と問われたネルヴァは「私もない」と溜め息混じりに紡ぐ。



「ヴィル。お嬢さん達を連れて遠くへ逃げろ。ヴィル達を気にしながらだと私も満足に力を使えない」

「だろうね」



 先代神であり、四兄弟の中で最も強い神力を持つネルヴァですら油断の許されない相手。張り詰めたネルヴァの空気から、本気で危険だと察知したジューリアはリシェルとビアンカの二人を呼び、此処から逃げるよう促した。リシェルもビアンカも視線の先は違えど、この場を去ることに抵抗があるように見える。



「ネ、ネロさん。私もネロさんのお手伝いを」

「駄目。リゼ君から預かっている君を危険な場所にいさせられない。仮に預かっていなくても駄目」

「はい……」



 リシェルはしょんぼりと落ち込み、ビアンカの方は未だ絶叫を上げ続けるカマエルを見ていた。堕天使の進行を進めているのは自身の父。唇を噛み締めたかと思えば、ビアンカは大きく口を開いた。



「お父様!! 今すぐにその天使を解放してください!!」

「心配しなくていいビアンカ。堕天使を操り、邪魔な奴等を殺した後お前を買った魔族をすぐに殺しに行ってやるから!」

「そうではありません! わたくしは!」

「ビアンカ、私の大切な娘、私の……命より大切な娘のお前を不幸にした奴等を全員消す! そこで待っていなさい!」

「お父様お願いです! わたくしの話を聞いてください!」


「無駄だよ」



 悲痛な声で当主に呼び掛けるビアンカを止めたのはネルヴァ。



「君の声は届いていない。邪魔だから、ヴィル達とさっさと逃げなさい」

「っ……」



 反論しかけるも、唇に力を入れ、悔し気に瞼を伏せたビアンカは背を向けた。



「……行きましょう」

「ビアンカ様……」



 自身では掛ける言葉がないとリシェルは何も言えず。心配げに見守っていたジューリアは、不意に空が煌めいたのを見逃さなかった。何気なく空を見上げ、ヴィルの名を叫んだ。



「ヴィル〜!!」

「なに」

「あ、あれー!!」



 必死の様子で空を指差すジューリアに釣られ、全員が空を見上げた。





読んでいただきありがとうございます。



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