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まあ、いいか【連載版】  作者:
悪魔狩、再追試
100/133

堕天使①

 


 腹が一杯になってしまうと襲ってくる眠気を回避する術は……考えたらあるのかもしれない。自身の食い気と眠気に忠実なヨハネスは、眠気に従ってテーブルに突っ伏した。魔王が滞在している宿に突撃したのは朝早く。パンケーキが食べたいと押し掛けたヨハネスに呆れながら部屋に通す魔王は魔族のくせにかなりのお人好しだ。人間以上にお人好しかもしれない。勝手に魔界に行って魔族に喧嘩を売って返り討ちに遭って重傷を負ったネルヴァを完治するまで看病したくらいだ、やはりお人好し過ぎる。

 パンケーキが部屋に運ばれ食べている間にも、やって来たネルヴァと共に魔王はヴィルやジューリアのいる大教会へと行った。長くはいないからとリシェルは宿に置いて行き、ビアンカの方も付いて行かなかった。

 その内、魔界にいる父親から通信蝶を受け取ったリシェルは魔王への伝言を伝えるべく大教会へ行ってしまった。


 部屋にいるのはヨハネスのみ。お腹一杯になった後は寝るだけ。テーブルに突っ伏して寝る体勢になった途端、隣の部屋にいたビアンカが入った。



「あら。貴方一人なの」

「ふわあ……ん……そうだよ。誰もいないよ」

「神の座に就いているくせに随分と無防備ね」



 ヨハネスの座るテーブルの向かいに座ったビアンカは腕を組み、挑発的な言葉を出すが当のヨハネス眠気が勝って何も感じなかった。



「君はぼくを殺せないだろう」

「な、何よ。私だって殺そうと思えば」

「騒ぎを起こしたら魔王に追い出される……はなくても、抑々魔界のお嬢様な君に人間も天使も殺せないだろう。口では何とも言ってもさ」

「馬鹿にしないでちょうだい! 私は高位魔族なのよ? 人間であろうと天使であろうと、神族であろうと殺せるわ」

「無理なんじゃない」



 馬鹿にしているつもりも侮辱しているつもりもヨハネスには一切ない。感情が高ぶっていたビアンカは無機質な銀の瞳を見続けていると軈て気分を下降させ、渋々ヨハネスの言葉に耳を傾ける側に回った。



「周りがしているのを見ていられても、いざ自分がってなったら君じゃ無理。想像と現実は異なる」

「リシェル様でさえ天使を殺せるのよ? 私に出来ない筈がないでしょう」

「魔王の補佐官の子は……無意識だろうけど自分の身に危険が迫れば反撃するっていうのを刷り込まれてるんじゃない」

「会ってたった一、二日しか経っていないのにどうして分かるのよ」

「相手を一目見たら大体の事は分かるよ。そう育てられた」

「……」



 生まれた時から神となると決められていたヨハネスにとって初対面の相手を知るのは容易い。ある程度の情報があれば尚更。此処に来てからヨハネス等神族の話を聞いていたビアンカは黙ってしまった。魔族よりも容赦のない環境で育てられたヨハネスを知ってしまっているが為に。



「それにさ、もしも君が誰かを殺そうとなった時、君の周りは絶対にさせなかったんじゃないかな」

「……」



 否定されないのは心当たりがあるのだろう。

 神妙な面持ちで黙るビアンカを一瞥し、何だかどうでもよくなってきたヨハネスは大きな欠伸をして瞳を閉じた。

「あ、そうだ」と眠る前に一つだけ言っておくよと前置きしてビアンカにある事を告げた。



「魔王やネルヴァ伯父さんが戻るまで外に出ない方がいいよ」

「どうして」

「大教会の方向から強い神力を感じる。伯父さん達が言ってた上位天使が来ただろうから、うっかり顔を見せたら殺されるよ」

「なっ」



 現在大教会には魔王がいる。先代神の座にいたネルヴァがいなくても魔王が天使に遅れを取るとは思えない。ヨハネスが朝早くから押し掛けたのは、パンケーキを食べたいのは勿論起きた瞬間から嫌な予感がしたからだ。大教会にいるより宿にいた方が安全だと判断した。



「ふわあ……寝る……」



 今度こそ寝ようと瞳を閉じた。ビアンカが何か言っているが眠気に負けたヨハネスはすぐに眠ってしまったのだった。

 そこへひらり、ひらりと通信蝶がやって来てヨハネスの銀色の頭に降りた。起きないヨハネスの代わりにビアンカが蝶に託された伝言を聞き、美しい顔を驚愕に染めた。



 ●○●○●○



 タイミングの悪い時に誰かがやって来るのは小説、漫画ではお馴染みでも現実で起きてほしくない。多数の天使がリシェルに迫る中、制止するヴィルの声に構わずジューリアは駆け出した。硬直してしまったリシェルでは天使を倒すのは不可能。リシェルの名をジューリアが叫んだところで漸くハッとなるが、既に天使は目前。側にネルヴァも魔王もいない。

 ヤバイヤバイと焦ったジューリアは咄嗟に閃いた。絶賛魔力操作の特訓中の自分でも使えるとても簡単な魔法。明かりを出現させる魔法だ。左手の平に多量の魔力を込めて大きく目を開けていられない眩しい明かりを出現させた。



「くそっ、なんだこれは!」

「目が、光で目がっ!」



 似たような台詞を前世でよく読んでいた漫画で見たなと思いつつ、自分でも眩しくてジューリアは足を止めた。天使達が眩しさにより悶える声が聞こえ、消すタイミングが掴めない。



「ジューリア!」

「ヴィル」



 近くでヴィルの声を拾うと腕を掴まれる。途端、ジューリアが出した明かりは消えた。



「あ」

「眩しすぎて俺も目を開けていられないから消したよ」



 体内の魔力を外部から操作されたのだ。明かりが消えてしまえば天使が……と焦るも、もろに明かりの眩しさを食らった天使達は皆目を手で覆い地面に転がっている。少しの間は大丈夫というヴィルの言葉に安心しつつ、此方に来たリシェルを見上げた。



「ありがとうジューリアさん」

「いくら箱入り娘だからって、天使の気配くらい察せるだろう」



 冷たいヴィルの言葉に俯くリシェル。不安げに二人を交互に見やるジューリアが声色と同じ瞳をやるヴィルを止めた。



「ヴィル、言い過ぎだよ」

「魔族なら天使の気配くらい察しろ。側に兄者がいるからって、お前自身魔族なのは変わりないんだから」



 ヴィルの言葉が正しくてジューリアはこれ以上何も言えない。



「うん……ごめんなさい」

「……」



 正論を放たれてしまうと誰も何も言えない。この場に流れる空気を変えたくて此処へは何をしに来たのかとリシェルに問うたジューリア。曰く、魔界にいるリゼルから魔王への伝言を預かった通信蝶がやって来てそれを届けに来たのだと言う。



「陛下やネロさんは?」

「今大教会にいるにはいるんですけど……」



 件の天使が大教会内の人間を異空間に閉じ込め、更に外部からの接触を断つべく結界が貼られて外へは簡単に出られない旨を伝えた。出ようと思えば出られるのはヴィルで実践済み。



「大教会に来ているのは智天使で今ヴィルの兄者が相手してるから、あまり時間は掛からないとは思います」

「ネロさんが? だけどそれって、天使が神族に危害を加えるってことでしょう?」

「此処に来ているその天使は、特別な権限があるから神族を攻撃しても罰は受けないみたいですよ」



「だよね? ヴィル」と確認をすれば頷かれる。

「で? 魔界からは何て伝言が来てるの?」とヴィルに問われ、リゼルから一時的に魔界へ帰還しろという言葉があったとリシェルは答えた。

 魔王が長期不在でも鬼畜補佐官と名高いリゼルがいれば大した問題はなかった。それがここにきての帰還要請。魔界で何かが起きたのだ。



「パパが通信蝶を寄越す程だから、魔王陛下じゃないと対処が無理だって判断したんだと思う。ネロさん達が出て来るのを待つしかないんだよね」

「まあ、はい、そうです」



 因みに何が起きているか心当たりは? と訊ねてもリシェルにはなく、試しにヴィルに聞いたら「分かる筈ないでしょう」と呆れられた。



「だよねー」

「はあ。取り敢えず、目を潰した天使共がその内復活するだろうから、一旦此処を離れるよ」

「宿に行く?」

「無難だね」



 リシェルの同意を得ると三人は急ぎ魔王が滞在する宿へ足を向けた。

 直後——視力が回復した天使の一人がふらつきながらも立ち上がり、槍を三人へ構えた。更に続々と他の天使も立ち上がる始末。のんびりし過ぎたと軽く舌打ちをしたヴィルの横、もう一度明かりを出すかとジューリアが左手を上げた。万全の状態でないなら同じ手が二度通用する気がする。



「わ、私が」



 左手に魔力を込めようとした。ら、ヴィルとジューリアを庇うようにリシェルが前へ出た。



「え!? 危ないですよ!」

「殆ど使ったことはないけどパパにちゃんと魔法は習っているから、多分大丈夫」



 不安しかない!


 声に出して叫んでしまうも現状頼れるのはリシェルしかいない。天使達がヴィルを神族だと認識してくれれば話は早いがそうもいかない。

 リシェルが魔法を使うべく魔力を上昇させていくが天使達の動きの方が早い。もう一度眩しい明かりを、とジューリアが念じかけた時。



「ごめんよ待たせてしまって」



 状況には似合わないのんびりとした声。迫りくる天使達は銀色の光に包まれ、粒子となって消えていく。え? え? と瞬きを繰り返すジューリアの横、ヴィルはいつの間にかリシェルの側に立っているネルヴァの足を蹴った。



「痛った!?」

「遅い。たかがカマエル程度に時間取りすぎ」

「戦えないヴィルに言われてもね〜」

「……」



 事実なだけにネルヴァを睨むヴィルの眼光は濃い苛立ちが灯される。揶揄う笑みを見せつつ、三人を見回したネルヴァは息を一つ吐いた。



「三人とも怪我はないね」

「ない。兄者、カマエルは?」

「大人しくさせた。ただ、異空間に閉じ込めた人間達を解放したがらなくてね。仕方ないから一旦気絶させることにしたよ」

「兄者が異空間を開けて見つけて来たらいいだろう」

「それをするにしても、カマエルの意識がある時にしないと」



 しなかったのは外から感じる気配を察し、気になって出て来てしまったから。

 天使が魔族のリシェルを襲うのは有りだとしても、神族であるヴィルを襲うのはアウト。神族の顔を知らなくても、身に纏う神力で判るだろうとジューリア達から話を聞かされたネルヴァは呆れが多分に含まれた息を吐く。



「全く。下位天使達の教育はどうなってる」



 顔を見る機会のない天使ならば仕方ないと思えないのは、上記の理由から。「あ」と声を出したジューリアが魔王はどうしたのかと問う。ネルヴァがいて魔王がいないのは、結界の外に出たらリゼルから連絡を受け取ったからだ。

 リシェルが此処に来たのは連絡の取れない魔王へリゼルの代わりに伝言を伝える為。リゼルの連絡を受け取った魔王は結界の外へ出るなり、魔界へ緊急帰還した。



「魔王さんがこの状況で戻るのは、よっぽどの事が魔界で起きたからですか?」

「リゼ君が呼び戻すから、そうなんじゃない? リシェル嬢。ヴィルとお嬢さんを連れて宿へお戻り。暫く外へ出てはいけない。ヨハネスにもそう言っておいて」

「ネロさんは戻らないの?」

「私は後始末をして戻るよ」



 異空間に閉じ込められている大教会の人達を元に戻し次第、一旦ヨハネスに天界の扉を開錠させてカマエルを放り込む心算である。以前ガブリエルを退散させる際、ヴィルがヨハネスにさせた手。天界に戻りたくないヨハネスなら嫌でも応じるだろう。


 


読んでいただきありがとうございます。


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