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Track.2,3 兄さんがそんなに強く求めてくるなら……いいわよ


「犀川さんは僕が医学部志望だって知ってるんだよね?」

「ええ、もちろん」

「医学部志望ってのは父親の影響であることが多いんだ」

「聞いたことがあるわね。蛙の子は蛙、医者の子は医者って」

「うちはけっこう前に母さんを亡くしてから父子家庭になった。自分の病院を経営していた父さんは忙しすぎて、子育てなんて言ってられない状況だったんだ。そんな時父さんは、医療事務をしていた女性――今の僕の義母(かあ)さんと出会ってね。丁度同じ時期に夫を亡くした彼女と父さんが打ち解けるのに、そう時間はかからなかった」

「それで再婚した、と」

「きっとお互い打算もあったんだろうけどね。裕福だけど息子の面倒をみられない父さん。母子家庭で経済的に不安があった義母さん。利害の一致というヤツさ。再婚してからは義母さんが専業主婦になって僕ら兄妹の面倒を見てくれたんだ。ヒナちゃんは義母さんの連れ子だよ。僕とは似ても似つかないしっかりした子で、しかもアイドル並みにかわいい」

「わかる。ヒナちゃんかわいいわよね~」

「ま、そういう事情があって血が繋がってないんだ僕らは。でもちゃんと兄妹だし、それなりに仲も良いと思うよ」


 一通り説明を終えると、犀川さんは深く頷いた。


「よくわかったわ。雛木くんにとってもあたしにとっても、あの子は大切な義妹ってことね」

「今の説明を聞いてどうしてその結論になるのか全くわからないけど、納得してくれたようでよかったよ」


 「にしても――」犀川さんは真剣な目つきになって続けた。


「ヒナちゃん、気負いすぎじゃないかしら。練習するのは大事だけど、緊張しすぎよ。あれじゃあピアノコンクール本番までに潰れるわよ」

「わかるのかい?」

「当然。あたしだってアイドルとして活動してきたんだから、ライブ前にああいう感じ(・・・・・・)になっちゃう同業者は見慣れてるわよ。ヒナちゃんは……そうね。ミスタッチもないしテンポキープも完璧。だからといって機械的ではなく抑揚もついてるし、技術的にはじゅうぶん優勝を狙えるんじゃないかしら。問題はメンタルのほうね」

「……やっぱり、わかるんだね。さすが犀川さん」

「ヒナちゃんのお義姉ちゃんにふさわしいでしょ?♡」


 真剣なのかふざけてるのかわからない犀川さんの様子に、なんだか安心する。

 こんなこと、ヒナちゃんや僕の事情でしかなくて、犀川さんに相談するようなことじゃないのかもしれないけど。

 つい、話してしまう。


「ヒナちゃんはさ、責任感が強い子なんだ。優秀だから他人に期待されて、その期待にこたえることができる才能があるから。また次も次もって、際限なく期待にこたえようとする。ピアノコンクールだって、いままで優秀な成績を残してきたからこそ、どんどん責任に囚われていっているみたいなんだ」


 言っているうちに、自分が無力であることに否応なく気付かされてくる。

 僕はうつむく。


「僕は……お兄ちゃんなのに、何もできてない。ヒナちゃんみたいな才能はなくて、平凡で……こういうとき、本当は何かしてあげるべきなのに。犀川さんは僕のことを『ちゃんとお兄ちゃんしてる』って言ってくれたけど、ぜんぜんそんなコトないんだ」

「……ううん。やっぱり雛木くん、立派にお兄ちゃんしてるわよ」


 犀川さんは力強く宣言した。


「ヒナちゃんのことはあたしにまかせて、考えがあるの! まずは今週末――」


 そして彼女はカバンから一枚の紙切れを取り出した。


「そ、それは……!」




   ☆   ☆   ☆




「ヒナちゃん、練習お疲れ様」


 その夜。

 家の防音室でピアノの練習を終えたヒナちゃんに飲み物を差し出しながらねぎらった。


「ありがとう、兄さん」

「もう夜遅いから、あんまり根を詰めて練習しすぎちゃダメだよ?」

「……もっともっと練習しなきゃ。私は結果を出さなければならないの」

「コンクールは来週だろ?」

「だから今から追い込みに入ってるのよ」


 やっぱり、犀川さんの言う通り妹は気負いすぎだ。

 僕は放課後に提案された彼女の作戦に従うことに決めた。


「ヒナちゃん……!」


 彼女の肩をつかみ、顔を近づける。


「な、何……?」


 さすがに勢いよく迫りすぎたのか、ヒナちゃんの白い頬が赤く染まった。

 距離感をミスった気がするけど、ここで引き下がるわけにはいかない。


「週末、一緒に出かけないかい!?」

「で、でも練習が……」

「僕と一緒に来てほしいんだ! イイところにつれて行ってあげるから!」

「い、イイところ……!?」


 ヒナちゃんは顔を真赤にしながら目をそらして、


「わ、わかったわ。兄さんがそんなに強く求めてくるなら……いいわよ」




   ☆   ☆   ☆




 そして週末。


「ヒナちゃん、はやくはやく!」

「急かさないで、女の子にはいろいろあるものなの!」


 身支度が長くてつい急かしたら、息を切らしながらヒナちゃんが家から出てきた。

 白いワンピースに赤いサンダル。

 赤いリボンのついた帽子。彼女の高貴さを感じさせる美しい容姿とあいまって、深窓の令嬢を思わせる風貌だった。


「ヒナちゃん、今日は気合入ってるね。いつもだけど今日もかわいいよ」

「そ、それはそうじゃない。兄さんが私をあんなに情熱的に……で、デートに誘うから……」


 デート。そうか。兄妹でデートって発想はなかったけど。

 男女が休日に出かけたらデートだよね。

 だから服装に気合を入れたのか。ヒナちゃんは何をするにも真面目だと感心してしまう。


「それにしても随分長く準備してたみたいだけど?」

「そ、それは……下着とか……可愛いのじゃないとダメじゃないの……」


 ごにょごにょと小声でいうからあまりよく聞き取れなかった。

 なんにせよ、今からイイところに行くんだから服装に気合を入れてくれたのはありがたい。


「行こっか、ヒナちゃん」

「……」


 ヒナちゃんは動かなかった。

 ただ唇をツンととがらせ、無言で手をさしだしてくる。


「え……?」

「今日は兄さんが誘ったんだから……デートは男の子がエスコートするモノでしょう?」

「……ふふっ、いいよ。今日はちょっと甘えたさんだね」


 僕はつい笑ってしまった。

 なんだ、いつも大人っぽくてクールなヒナちゃんだけど、妹らしいところもあるんだ。

 手をつないで歩くなんて、兄妹らしいことしたのは初めてだな。

 そう思いながら、僕は彼女の手を取った。


 電車で数駅移動し、目的に到着した僕たち兄妹。

 

「あの、兄さん……ここは?」

「ライブ会場だよ?」

「え……私たちのデートは……? イイところっていうのは……?」

「もちろんライブのことさ! 犀川あぐりミニライブ!」

「はぁ……そうよね、兄さんだものね。期待した私がバカだったわ。勝負下着……無駄になったわね」


 ヒナちゃんが小声でなにか嘆いていたけど、進むごとに大きくなる会場の喧騒にかき消されて僕には届かなかった。


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ΦOLKLORE:オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー
作者は普段はこちらのホラー小説を書いています。
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