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Track.2,2 あたしたち付き合ってないの!?


「えー、なんでー? お義姉(ねえ)ちゃんって呼んでよぉー。あたし、超可愛い妹が欲しかったんだよねー」

「呼びません! 天地がひっくり返ってもあなたを姉と呼ぶことはありえませんから!」


 結局、ヒナちゃんと犀川さんの関係は非対称のままだった。

 この日の登校は、ヒナちゃんにまとわりつこうとする犀川さんと、それを振りほどこうとするヒナちゃんという構図に終止したのだった。

 僕の妹と、僕の推し。

 せっかくなんだから仲良くして欲しいというのが人情なんだけど。、

 女の子同士には女の子同士のしがらみ、というヤツがあるのだろう。




   ☆   ☆   ☆




 さて、と。

 突然始まった犀川さんとの高校生活。

 どんなハチャメチャな青春が待っているのかと思っていたけれど、実際はそう大きく変わらなかったんだ。

 犀川さんは瞬く間に人気者になった。

 常にクラスの話題の中心で、休み時間は人に囲まれている。

 僕はと言うと窓際族の日陰者だ。

 本来、犀川さんのような人気者とは住む世界が違う地味な存在だ。

 表向き、僕と犀川さんは普通のクラスメイトということにしているし、みんなの前ではあまり露骨に絡まないようにしているのだった。


「もー、雛木くんとの薔薇色の青春が始まるかと思ってたのに全然絡めないじゃーん!」


 放課後、犀川さんは不満タラタラでそう言った。


「仕方ないよ。下手に僕と絡んでたら変なウワサになるかもしれないし」

「変なウワサって?」

「そりゃあ、付き合ってるんじゃないか……みたいな? 高校生ってそういう話題好きだし」

「え、あたしたち付き合ってないの!?」

「なんで今さら驚いてるのか僕が聞きたいよ! 付き合ってないから! 人気上昇中のアイドルに彼氏なんて大スキャンダルでしょ!」

「そっかぁ……そうだよね、やっぱり。雛木くんは、あたしのことを一番に考えてくれてるから彼氏にならないんだもんね。そゆトコ、しゅき……♡」


 そんな風に雑談しながら廊下を歩いているところで、急に気になってきた。


「今更だけどさ、犀川さん」

「何かしら、雛木くん? あたしの性感帯はどこかって聞きたいのかしら? いいわよ、今後二人の性活を営む上で重要になってくる情報だから今から保健室で手取り足取り腰取り――」

「その情報もかなり気になるところだけど今はそっちじゃないよ」

「あたし今アイドルにあるまじきスッゴイ爆弾発言してたと思うんだけど、雛木くんのスルースキルには毎回舌を巻くしかないわね。さすがあたしのすきぴ……」

「ありがとう。僕が聞きたいのは、どうしてわざわざ転校なんてしてきたのかってことなんだ。今更だけど気になって」

「ああ、そんなコトね」


 犀川さんはなんてことないように赤毛をかきあげた。

 ふわりとなびく彼女の髪に目を奪われる。

 何気ない所作も美しい。彼女はやっぱり天性のアイドルだった。


「簡単なコトよ。あたし、欲張りなの。欲しい物は全部欲しい。叶えたい夢は全部叶える。そう決めたから」


 キッパリと断言する犀川さん。

 そんな迷いのない彼女の姿を見て、僕は――素直にかっこいいと思った。


「トップアイドルになることも、雛木くんと結ばれることも、あたしの叶えたい夢なの。どちらかを諦めるなんて考えられない。たとえ雛木くんが、その2つは矛盾するから両立できないって言ったとしてもあたしは諦めない」

「だから僕と同じ高校に来たってこと?」

「そうよ。たとえ恋人じゃなかったとしても、一回しかない青春の時間を一番好きな人と過ごしたいじゃない。あたしは、あたしが後悔しない道を歩んでいたいの。たとえ失敗しても、自分が選んだ道だって思えば後悔はない。でしょう?」

「……やっぱり、かっこいいよ犀川さん。さすが僕の推しだね」

「なに言ってんのよ――」


 犀川さんは僕をまっすぐに見つめて言った。


「あたしが前に進めたのは、あんたがいたからでしょ?」

「え……?」

「はぁ、やっぱり自覚なかったんだ。ま、そこが雛木くんのいいところでもあるんだけど」

「さっきから一体なんのことを……?」


 不可解なことを言う犀川さんを問いただそうとしたそのときだった。

 廊下の奥から、ピアノの音色が聞こえてきた。

 音楽室からだ。美しい旋律が僕らを二人を包んだ。


「このピアノ……すっごく綺麗。誰が弾いてるんだろう」


 あまりに見事な演奏だったからだろう。犀川さんも足を止めて聴き惚れるほどだった。

 僕はこの音色の主を知っている。


「ヒナちゃんだ」

「え、ヒナちゃん! 雛木くんの妹ちゃんの!?」

「そうだよ。ヒナちゃんはピアニストで、音大を目指してるんだ。もうすぐピアノのコンクールがあるから練習してるんじゃないかな」

「すごっ、あんなに可愛くてしかもピアノも上手なんて! さすがあたしの妹ね!」

「いや君の妹じゃないけど……って犀川さん!? ヒナちゃんは練習の邪魔されると怒るから今入ったら――!」


 僕の制止にもかまわず、犀川さんは音楽室に突入した。


「ヒナちゃーん! 久しぶりー、会いたかったわー!♡」

「うわっ、いきなりなんですか。ミス・水差しアイドル。私は練習中なんですけど」

「練習熱心なのねー、関心関心♡ あたしもライブ近い時はいっぱい練習するから気持ちわかるわー。やっぱり姉妹同士通じ合うモノがあるのねー♡」

「勝手に姉妹にしないでください。それに、一緒じゃありません」


 ヒナちゃんは抱きつこうとする犀川さんを必死で振りほどきながら言った。


「こんなんじゃ、全然ダメです。私はもっと練習しなきゃならないんです!」

「そうなの? あたしの耳からすれば、じゅうぶん上手に思えたけど」

「あなたのアイドルソングとは違うんです。あんなチャラチャラした音楽モドキじゃなくて、私の目指している音楽は――」

「――ヒナちゃん!!」


 二人の会話を断ち切ったのは、僕だった。

 突然大声を出した僕をヒナちゃんは目を丸くして見る。


「……兄さん?」

「今、君が言おうとしたことはプロのアイドルを立派にやってる犀川さんに失礼だよ。君が個人的に犀川さんを嫌うのは仕方ないし、無理して好きになれだなんて言えないけどさ。アイドルが歌う音楽も、君がピアノで奏でる音楽も、本質的に違いはないハズさ。真剣に音楽に取り組んでいるヒナちゃんならわかるだろ?」

「……っ」


 ヒナちゃんは目を伏せた。


「そう、ですね。兄さんの言うとおりです。冷静じゃありませんでした。すみません、犀川さん」

「あたしは別に気にしてないわよ、実際アイドルソングってチャラチャラしてるわよね。そういう見方してくる人って珍しくないし、言われるのは慣れてるから」

「……」


 あっけらかんとした犀川さんの返答に、さらに表情を曇らせたヒナちゃんは唇を噛む。


「っ……犀川さんは、そんな風に言われるのに……どうして歌うんですか? どうして人前で堂々と歌えるんですか?」

「そんなの決まってるじゃない。あたしが歌いたいから、それだけ。ヒナちゃんはどうなの?」

「え……?」

「どうしてピアノを弾くの? 音大に行くため? コンクールで審査員に認められるため?」

「わ、私は……っ、し、失礼します。帰って練習しなきゃならないので」


 ヒナちゃんは犀川さんの問いに答えることができず、逃げるように音楽室から出ていった。


「ちょ、ヒナちゃん!?」


 追いかけようとする犀川さんを僕は止めた。


「今は一人にしてあげよう。ヒナちゃん、コンクールが近くて神経が苛立ってるんだ」

「あたし、ヒナちゃんを怒らせるようなコト言っちゃったのかなぁ」

「ううん、犀川さんは間違ってないよ。妹のこと、冗談じゃなくて真剣に考えてくれてありがとう。兄としてお礼を言わせてもらうね」

「……雛木くんって、ちゃんとお兄ちゃんしてるのね」

「そうかな? 優秀なヒナちゃんに助けられっぱなしの不甲斐ない兄だけど」

「そんなコトないわよ。あーあ、あたしもこんなかっこいいお兄ちゃん欲しかったなー」


 犀川さんは残念そうにそう漏らした。

 そして、ぽつりとこうつぶやく。


「ねぇ、ヒナちゃんって本当に雛木くんの妹?」

「全然似てないって言われるけどちゃんと兄妹だよ。一緒に住んでるのは見たでしょ?」

「外見が似てる似てないの問題じゃなくて……さっき抱きつこうとした時に思ったんだけど、ヒナちゃんて雛木くんと同じ”遺伝子の匂い”がしないのよね」

「い、遺伝子の匂い……?」


 なにそれ。

 ”遺伝子の匂い”ってなんだ? 彼女にはそれがわかるというのか?

 頭の中が疑問で満たされるけど、今さら犀川さんの謎言動を気にしたら負けだと思った。

 そして同時に、彼女の言わんとしていることをなんとなく理解できた。

 僕は答えた。


「犀川さん、やっぱり勘が鋭いね。そうさ、ヒナちゃんと僕は本当の兄妹じゃない――って言い方は適切かわからないけれど、俗に言う義理の兄妹ってヤツなんだ」


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ΦOLKLORE:オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー
作者は普段はこちらのホラー小説を書いています。
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