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Track.1,3 【悲報】推しがナンパされたので助けました


 交渉は決裂した。僕は推しの告白を断ったのだ。

 僕たちは喫茶店を出た。


「さよなら、雛木くん」


 犀川さんは僕に背を向けて歩き始める。

 一瞬だけ交差した推しとオタクの道。

 ここからは別々の道をゆくことになる。

 彼女の背中を見送りながら思った。これで良かったんだと。

 アイドルとドルオタ。とても近くにいて、だけど最も遠い。

 2つの道は決して重なることはないし、重なってはならないんだ。

 たとえその選択が彼女を悲しませてしまったとしても、それだけは譲れない。

 彼女を推すドルオタとしての僕の矜持(きょうじ)なんだ。


「さよなら、犀川あぐりさん。次に会うときは、ただのオタクとして――」


 そうつぶやき、去りゆく彼女に背を向けた。


「お姉ちゃんめちゃくちゃかわいいじゃーん。どう、オレとカラオケでも?」

「あの、あたし急いでるので」

「いいからいいからー、メンバー足りなくてさー。オレ(おご)るからよぉー」

「そういうのいいですから、嫌っ、腕掴まないでください……やめてください……だ、誰か……助けて……」


 ――聞こえる。

 推しの困っている声が。

 そうだ、今になって気づいた。犀川さん、僕の前で変装を解いたっきり、伊達眼鏡をかけるのを忘れてる!

 今の彼女は露骨に美少女! そのへんのナンパ男に捕まるなんて時間の問題じゃないか――どうして気づかなかったんだ!


「っ――!」


 葛藤(かっとう)も迷いもなかった。

 自然に身体が動いていた。

 僕はナンパ男と、絡まれる犀川さんとの間に走って割り込んだ。


「はぁ、はぁ……や、やめろ!」

「はぁ? なんだオメェ。ヒョロガリのガキが、邪魔すんじゃねェ」

「うわっ、漫画に出てくる噛ませ犬みたいなヤンキーだ……実在するんだな、こんな露骨な雑魚キャラ」

「テメェ……おちょくってんのか……? いきなり現れてなんなんだよテメーはよ、その子の何なんだ、彼氏か?」

「僕は……」


 ちらりと背後の犀川さんを見た。

 震えていた。

 ステージの上ではあんなに自信満々で大きく見える彼女が、今は年相応に小さく見えた。

 守らなきゃ。自然にそう思えた。

 そして僕は叫んだ。


「僕はこの子の――オタクだ!!」

「は……?」


 予想外の返答にあっけにとられるヤンキー。

 そのすきをついて、僕は犀川さんの手をとった。


「逃げるよ!」

「えっ……? 雛木くん、華麗にコイツをぶっとばしてあたしを助けてくれるんじゃ……?」

「ただのキモオタがヤンキーに勝てるわけ無いだろ! 走れ!」


 逃げた。

 逃げて、逃げて、逃げて。

 たぶん追いかけてこなかったと思うけど、なんとなく手を握って遠くまで逃げた。


「はぁ、はぁ……さすがにここまでくれば大丈夫かな」


 息が上がる。だけど彼女を見ると、全然平気そうだった。

 さすがトップアイドル、ライブで何曲も歌って踊る体力は伊達じゃないな。


「大丈夫、雛木くん?」

「はぁ、はぁ……君のほうこそ無事かい? あいつに腕つかまれてたけど」

「あたしは平気よ。ああいう強引な男には慣れてるから。雛木くんがこなかったらあたしがコマンドサンボでボコってやるつもりだったわ」

「え、できるの!? ソビエト連邦で開発された軍隊格闘術を!?」

「もちろん、護身術はアイドルのたしなみよ」


 シュシュシュ、とシャドーボクシングをキメる彼女。

 本当に言葉通り、そうしてしまう凄みが犀川あぐりにはある。

 なんでコマンドサンボなんだろうという疑問はおいておくとしても――。


「そうだとしても、君には危ないことしてほしくないよ……君は僕の推しなんだからね」

「推しってだけで身体張ってまで助けるの? とんだお人好しね」

「……そうだね。認めるよ。あの男が君にちょっかいかけたのを見てさ……嫌だって思った。他人が君の身体に触れるなんて耐えられないと思った。だから……だから君の手を握ったんだ」


 そうだ。思い出した。

 「手を握る」って、ずっと僕が恋人としたいと思ってたことじゃないか。


「本当は僕……君の手を握りたかった。恋人になりたかったんだと思う」


 素直にそう認めるしかなかった。

 だけど犀川さんは嬉しそうじゃなくて、つんと唇を尖らせる。


「そーゆーコトはもっと早くいって欲しかったわね。今更もう……遅いわよ」

「そうだね。だから今度は僕から言わせてほしい」

「え、ちょ、マジ……? 心の準備が……♡」


 僕は彼女の肩をつかんで、真正面からその目を覗き込んだ。

 目と目をあわせ、宣言する。


「僕は君のことを一生推し続けるって誓うよ」

「うん……うん……」

「だからもしも君がアイドルを卒業した、そのときは――」

「うん? 雲行きが怪しくなってきたわね……?」

「そのときは――僕と付き合って欲しい!!」


 言った。言ってやった。推しに告白してしまった!

 僕はオタク失格だ。遠くから見つめるだけでいい、自分で決めたハズの”適切な距離感”を捨ててしまった。

 なのに彼女はあはは、と笑って、


「ほんと、雛木くんらしい告白ね。それって今すぐ恋人になるってコトじゃないんでしょ?」

「そ、そうだ。君がアイドルじゃなくなった時……恋人になろうって意味さ」

「あたしの引退までずっとあたしのことだけ推し続ける……移り気なドルオタくんに、そんな一途な気持ちを貫けるのかにゃー?♡」


 彼女はニマニマといたずらっぽく笑う。

 そんな初めて見る表情もかわいくて、


「で、できるさ! 一生君だけを推し続けるって誓うよ! 何度だって誓う!」


 つい、語気が強くなってしまう。

 そんな僕の情けない姿に、犀川さんは笑って言った。


「いいよ、ずっと待ってて。あたし、雛木くんの言う通りアイドルを貫き通す。頑張って、頑張って、頑張って、あんたのもとへたどり着く。その先でずっと待っててよね」


 こうしてドルオタとアイドルの告白騒動は終わったのだった。

 この後僕らがどうなるかはわからない。

 僕たちは神様じゃないし、人の気持ちがずっと変わらないなんて誰も保証できない。

 だけどそれでも、僕の今の気持ちは本物だって信じたかった。

 僕はオタクで、彼女は僕の”推し(アイドル)”。この気持は変わらない。

 彼女のアイドルの夢が終わる、その日まで。


「そういえば一つ聞きたかったんだけど」

「なぁに、雛木くん?」

「僕なんかのこと、どうして好きになっちゃったの?」

「ああ、そのことか。そうね、きっとあの時泣いてた(・・・・)……あたしの」

「え?」

「ううん、なんでもない――」


 その日、彼女を最寄り駅まで送り届ける最中。

 そんな質問をした。

 彼女はいたずらっぽく笑って、唇の前に指を立てて、ウインクをした。


「その理由は恋人になるまで秘密でーす♡」


 恋を知った推しのその表情は。

 ステージの上で見る彼女よりも、ずっとずっと魅力的に感じたんだ。




   ☆   ☆   ☆




 アイドル。

 それはこの世で最も業の深い生き物だ。

 地上の人々が天に輝く月に向かって手を伸ばすように。

 決して手が届かないとわかっているのに、それでも求めずにはいられない。

 それがあたしたち、アイドルなんだ。


「ライブやりまーす、お願いしまーす!」


 このあたし、犀川あぐりが駆け出しアイドルだった頃のことだ。

 事務所の先輩がインディースのCDを出すということで、前座としてあたしも一曲歌わせてもらえることになった。

 デパートのイベントスペースという小さな箱だったけど、その時のあたしにとっては数少ないチャンスで、とにかく一人でも多くの人に見てもらおうと必死だった。

 だけど現実は厳しくて。

 チラシ配りをしてみても、誰も振り向いてくれない。

 知名度のない駆け出しアイドルへの世間の風当たりは、冷たかった。


「はぁ……あたしなんかのこと、誰も見てくれないのかな……」


 そして本番の時間が来た。

 震える脚でステージの上に立つ。

 観客は少ないけどちらほら見えた。

 だけどみんなスマホをイジったりして、あたしには興味を抱いていないみたいだった。

 あたし……ここで歌うの?

 誰もあたしを見てくれていないステージで歌うの?


「っ……」


 イントロが流れ始めた。

 だけど歌えない。声がでない。

 地味で弱虫だった自分を変えたくて芸能界に飛び込んだ。

 何かを始めたら、何かが変わると思ってた。

 でも人は簡単には変われない。

 あたしは今でも、前に進めない臆病者のまま――。


「――がんばれー!」

「っ……?」


 うつむいていた顔をあげると、客席に一人の男の子が立っていた。

 一人。

 たった一人だけど彼はたしかにそこにいて、声援をあたしに向けてくれた。


「僕がっ、君のファン第一号になるから! ここで君のことを見てるから! だからがんばれ!」


 ああ……。

 一人だっていい。この広い世界で、あたしのことを見てくれる人が現れた。

 だからもう怖くない。

 前に進めると思ったんだ。

 あたしはマイクを強く握って、誓いの言葉を叫んだ。


「ありがとう。これから歌うから、いっぱい頑張るから……ちゃんとあたしのことを見ててね!」




   ☆   ☆   ☆




 僕が犀川あぐりと出会って分かれて、一週間以上が過ぎた。

 今となっては夢か幻か、なにかの間違いだったんじゃないのかと思ってる。

 推しが僕なんかに告白してくれるなんて。きっと何かの勘違いかなにかだったんだ。

 そうだ、それがいい。


「なんか転校生が来るらしいぞ」

「マジで、こんな時期に? どんな人かなぁ」

「ウワサだとめちゃくちゃ美少女らしいぜ」


 学校、教室の喧騒の中、僕はぼんやりと窓の外を見ていた。

 流れてくる噂話とか、世間話をいい感じに聞き流して。

 ただ彼女に思いを馳せた。


「お前ら席につけー。ホームルームはじめるぞー」

「「「「はーい」」」」


 担任の先生の一声で、ガヤガヤと騒がしく席に着く生徒たち。

 今日も代わり映えのない一日が始まる。

 乾いた日常。

 彩りのない青春。

 これが僕の世界。

 そんな日々が続くと思っていた。

 そんな日々も悪くないと思っていた。


「今日は転校生を紹介する。おーい、入ってきなさい」


 だから先生の言葉だって、日常の一コマに溶け込んで。

 全然特別だなんて思ってなくて。

 でも――ふわりと揺れる赤みがかった茶色の長髪を視界に捉えた時。

 半分眠っていた僕の脳みそが飛び起きたんだ。


「な……なんで……君が……?」


 小さくつぶやく。

 間違いない。教室に入ってきた”転校生”は。

 天使にも見紛う美しい少女の名は――。


「はじめまして、犀川(さいかわ)あぐりです! アイドルやってます。みんなー、よろしくねー!!」


 そう。

 推し(アイドル)この僕(ドルオタ)、決して交わることはないと思っていた2つの道が今この時交差し始めたんだ。

 こうしてこの日、世界のすべてが変わった。


 僕、雛木ユウと推し、犀川あぐり。

 二人の奇妙な青春の日々が始まったんだ。




   Track.1 END

これで短編版の内容に相当するTrack.1は終わりです。

面白かったという方は評価をお願いします。

評価はこの下の☆☆☆☆☆を押せばできますので、お気軽にお願いしますね!


次回からはTrack.2が始まります。アイドルとドルオタ、二人の奇妙な青春の行方をどうか見守ってあげてくださいね。

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ΦOLKLORE:オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー
作者は普段はこちらのホラー小説を書いています。
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