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Track.1,2 【悲報】推しが性的に迫ってくる


 これまでのあらすじ。

 僕の推し、犀川(さいかわ)あぐりさんは僕のストーカーかもしれない。以上。


「つまり、あたしの雛木くん愛はホンモノだってコトよ。あんたがあたしを押してる気持ちに釣り合うくらいね」


 彼女はシリアスな顔で僕にこう問うた、


「あたしじゃダメ? 他の女の子だったらOKしてた?」

「順を追って答えるよ。まず君じゃダメなのか? という質問だけど、君だからダメなんだ。君は僕の推しだからね、男と付き合ってほしくない。たとえ交際相手が僕自身だろうとそれは例外にならない。第二に、他の女の子だったらという仮定だけど、これは意味がない。そもそも僕はモテないからだ」

「それは違うわよ、現にあたしにモテてるじゃない。ちゃんと他の女の子に告白されたらどうするか仮定しなさいよ」

「君がそういうなら……仮に、君以外の女の子から告白されても断ると思うよ」

「どうして? あたし以外は推しじゃないんでしょ?」

「そう、推しじゃないからさ。僕がこの世界で唯一推しているのは犀川あぐりさん――君だけだからだ。君以外の女の子と恋愛する僕もまた、解釈違いだよ。そうなったら僕は僕を(ゆる)せないだろうね」

「っ……♡」


 彼女は頬を赤くして目をそらした。


「あ、あたしのコトそんなに推してるなら……恋人になったらいいじゃない!」

「それはダメ。推しと恋人になるのはオタク失格だからだ」

「あぁーもぉー!! この変人バカオタク! 実質両思いなのになんでそうなるのよ!」

「どうしようもない奴だろう? どうだい、僕に失望したよね?」

「ううん、めっちゃ好き……あたしのことそんなに深く推してくれるのがわかって……もっと好きになっちゃった……サイアク……もうマヂムリ、どうしよ」


 犀川さんは犀川さんで理解不能なことをブツブツと口にした。

 ステージ上や番組上じゃない彼女と話すのは当然初めてだけど、素の犀川さんは僕のことを言えない程度には愉快な人みたいだ。

 そういう君も最高に可愛いくて、ただぼんやりと見つめてしまう。

 そのうち彼女はうつむいていた顔を上げて、気を取り直したようにこう言った。


「……わかった、だったらもうちょっと時間をもらうわね。あたしたち、アイドルとオタクとしては長い付き合いだけどプライベートで会ったのは今が初めてだから。あんたも戸惑ってるだけなのよね。まずはお互いを知る段階から始めるべきだと思うの」

「それは一般的な男女論としては正しいと思うけど、僕の考えが変わるとは思えないよ?」

「うるさぁい! 黙って付き合いなさいよ!」

「交際はしないけど、まぁ君と話すのは楽しいからしばらく続けてもいいかな。素の犀川さんもやっぱり可愛くて新鮮だし、表情がコロコロかわって見てるだけで面白いから」

「え、楽しいの?♡ やった♡ やっぱり相性いいじゃん、あたしたち付き合っちゃう?♡」

「それはダメ」

「こいつっ……!」


 キレイな白い額に青筋をピクピクと立てて彼女が震えた。

 必死に怒りを抑えながら、犀川さんはこう提案する。


「プレゼン、するわ」

「プレゼン?」

「あたしと付き合ったらどういうメリットがあるのか。それを聞いて判断してみて」

「いいけど……」

「その1!」


 犀川さんは勢いよく指を立てて宣言した。


「現役アイドルのおっぱい揉み放題!!」


 ドン!!!!

 という擬音が付きそうなほど堂々と宣言した。

 そして、沈黙が流れる。かろうじて先に口を開いたのは僕だった。


「……何を言い出すかと思えば、随分(ずいぶん)即物的(そくぶつてき)だね」

「でも魅力的でしょ!? あたしの写真集を100回見たってことは水着も見たのよね!」

「そうだね。27ページのビキニはヤバかった。最高だ。現役アイドルとは思えないほどのサービス精神に感服したと同時に、これを僕以外も見ているのかと思うと他のファンに嫉妬(しっと)せざるをえないよ」

「でしょでしょ、嬉しい! あたしの胸、自信あるのよ! アピールポイント!」

「確かに大きい。しかもハリがあって柔らかそうで、グラビアアイドル路線でもたぶん大成功していただろうなと思う。そんなスタイルの良すぎる君にその顔と歌唱力まで与えるなんて、さすがに才能の過剰搭載だとさえ思うね」

「ほ、褒めすぎだって……♡ と、とにかくあたしのバスト86の胸を自由にできるのよ、あたしの彼氏になればね! どうよ、最高の条件でしょ!」

「最高の条件だけど、君は一つ嘘をついているね」

「え……?」


 僕は息を深く吸い込み、言った。


「君のバストは実際には92cmで、逆サバしている。理由は90を超えると大きすぎてアイドルとして可愛げがないんじゃないかという可愛すぎる悩みのせいだ」

「なっ……なんで、それを……」

「デビュー当時から君を見続けているんだ。トップ・オタクの眼力を舐めないほうがいい。写真集で縮尺を勘定に入れながら定規を当てて君の身体のサイズを測定するなんて、当然だろう?」

「き、キモいっ! あたしの胸ばっかりジロジロみてたなんて……しかも定規で測定してただなんて、最強にキモすぎるわ!」

「ふふふ、そうさ。僕はキモオタだ。いいや、キモオタを超えたキモオタ……スーパーキモオ(じん)(ツー)ってトコかな。これでわかっただろ? 僕なんかとは付き合わないほうが――」

「正直――キモすぎて逆に好きぃ……♡」


 犀川さんは頬に手を当てて目をうるませて僕を見つめた。


「あたしのことだけをそんなに見て、想ってくれるなんて……世の中の男であんただけよ。どんなファンでもあんたのキモさには追いつけない。オタクのキモさは……推しへの愛の重さ。逆サバを見抜けた男はあんただけよ。あんただけはあたしの全てをわかってくれてる。やっぱり雛木くんがあたしの運命の人なのよ!」

「えぇ……」


 キモすぎる発言をしたのは僕のほうだったハズなのに、なぜだか僕のほうがドン引きさせられていた。

 彼女はそんな僕のげんなりした様子を尻目に、目にハートマークを浮かべて明るく話を続ける。


「あたしと付き合うメリットその2!」


 ドン! という某海賊漫画みたいな擬音が付きそうな勢いで犀川さんが指を二本立てた。


「え……えっちなコトとか、めっちゃできます!!!!」

「1と2の内容が(かぶ)ってない?」

「仕方ないじゃない! 男の子と付き合ったことないんだから恋人になってすることなんてエッチなことくらいしか思いつかないのよ! 悪かったわね、発想が貧困で!」

「いや、いろいろあるじゃん……カラオケいったり、映画見にいったり……」

「な、なるほど……。じゃあそれで」

「『じゃあそれで』じゃないよ! プレゼンとして雑すぎる!」

「もぉー、さっきから文句ばっかり! 雛木くん、あたしの身体に興味ないの!? ドルオタのくせに推しのことエッチな目で見てないの!?」

「見てるよ?」

「はへ?」

「見てるよ。正直、君のことをめちゃくちゃ性的な目で見ている」

「へ、へぇー……♡ そうなんだ♡ ふふ、だったらオタクな雛木くんは、推しであるあたしにどういうコトをしたいと想ってるのかなぁー?♡」

「そうだね……手」

「て?」

「手とか……繋いでみたいかな……」

「やだ……意外とピュア……♡ 童貞キモ・オタクがピュアな側面を見せてくるのって、こんなにキモかったんだ……でもそこが良い……雛木くん、かわち……♡」


 「かわち」? 何のことだ? 河内長野市(かわちながのし)のことか?

 そんな疑問を抱いているうちに、犀川さんは三本目の指を立てた。


「メリットその3、あたしはけっこう稼いでるから、雛木くんはヒモになってダラダラ生活してくれてもいいのよ!」

「わぁー、すっごい即物的。いつもキラキラして夢をくれる推しが意外と俗物(ぞくぶつ)思考で驚き隠せないよ」

「えっ……嘘、雛木くん、あたしのこと嫌いになった?」

「ううん、世界一好きだよ。一生推す」

「あたしも好き! 一生好き! カップル成立、はいラブホに行きましょう!」

「だんだん誘惑の仕方が雑になってきたな……」

「だって! あんたが! 全然なびかないから!」


 そこまで言い終えて、彼女はうつむいて、ため息をついた。


「はぁ……あたしってそんなに魅力ないかなぁ」

「そんなワケないだろう、君は世界一魅力的な女性さ。少なくとも、僕にとってはね」

「だけどあたしと付き合うのは嫌なんでしょ?」

「そうだね」

「……もしも、もしもよ? あたしが他の男と付き合うってなったらどうする?」

「付き合うの?」

「そんなワケないじゃない! あたしが好きになった男はあんただけ! あくまで――仮定の話として、よ。他の男にとられるくらいなら、自分のモノにしちゃおうとか思わないワケ?」

「……そんなこと、考えたくもない。君が誰かのモノになるなんて」

「だったら――」

「君がアイドルとしてファンみんなのために頑張ってくれる姿を今まで見てきたから」

「ぁっ……!」


 彼女は僕のその言葉に、目を見開く。


「誰か一人のモノになる君なんて、僕の推してる君じゃなくなると思ったんだ。たとえ、その相手が僕だったとしても」

「あんたはアイドルとしてのあたしが好きなだけで、プライベートのあたしは好きじゃない……そう言いたいの?」

「違うよ。君の全てが好きだ。だからだよ。だからこそ、僕だけを特別扱いする君は、今まで頑張ってきたアイドルとしての君と矛盾すると思ったんだ。僕は君にそんな自己矛盾を抱えてほしくなんかないんだ」

「そんなのあんたのエゴじゃない。思い込みじゃない。あたしは完璧なアイドルなんかじゃないわ。ただの人間よ、一人の女の子でしかない……普通に恋だってするし、この人いいなって思うし、結婚したいとか添い遂げたいとか……思うわよ」

「そうだね、今日君と話して、それがよくわかった」

「あたしに……失望した?」

「いいや、しないよ。君の人間性を知って、もっと好きになった。これからも僕は君のことを推し続けようと思うよ。あくまで、いちファンとしてね」

「気持ちは変わらないってワケね……」


 犀川さんは腕時計を確認して、言った。


「時間切れよ。スケジュールの合間を縫ってこの時間を作ったけれど、ここまでね。話せて良かったわ、雛木くん」

「……僕も、話せて良かった」


 こうして推し(アイドル)(オタク)の告白騒動は幕を閉じた。

 ――かに、見えた。

 本当の初恋(たたかい)は……ここからだったのだ。


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ΦOLKLORE:オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー
作者は普段はこちらのホラー小説を書いています。
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