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Track.2,5 兄妹でキスするなんて普通のスキンシップでしょう?


 ついにピアノコンクール当日。

 黒のドレスに身を包んだヒナちゃんを僕は客席から見守っていた。

 慣れないスーツとネクタイに身を引き締められるようで、ドギマギする。

 対してステージの上で堂々とお辞儀をして、着席するヒナちゃんは落ち着いているように見えた。


「がんばれ……!」


 口の中で小さくつぶやいた。

 そして、ヒナちゃんの演奏が始まった。

 凍りつくほど正確で鋭い旋律がホールを満たした。

 そうだ、これがヒナちゃんの持ち味。皆無といっていいミスタッチとテンポキープ。

 だけど――。


「っ――!?」


 どれだけ反復練習して完璧に備えていても、本番という環境は人を変える。

 練習では見たこともなかったヒナちゃんのミスタッチが今ここで!

 前のコンクールでは、一度のミスで後半が崩れてそのまま悪い結果につながったんだっけ。

 僕は心配になって妹の顔を遠目に見る。

 そこには――。


 ヒナちゃん――笑ってる。


 ミスをしたというのに、口元を緩ませる妹の姿があった。

 ここからが本番だとでも言うように、演奏が持ち直す。氷のように鋭く的確な演奏から、徐々に温かみのある音色に変わってゆく。

 まるで犀川さんのライブみたいに。

 会場が熱気に包まれ始めた。

 そうか、僕にはわかった。ヒナちゃんは……壁を超えたんだって。




   ☆   ☆   ☆




「すごかったよ、ヒナちゃん!」


 演奏を終えて控え室に戻るヒナちゃんに僕は声をかけた。

 振り返った彼女はパァっと花咲くような笑顔で僕に駆け寄ってくる。


「兄さん!」


 そのまま思いっきり抱きついてきた。


「私ね、ミスが怖かった。ミスしたら全部失うんじゃないかって、期待を裏切るんじゃないかと思って怖かった……だけど、その先にやっと踏み出せたわ。ありがとう、兄さん……全部、全部兄さんのおかげよ!」

「ううん、僕だけの力じゃないさ。ヒナちゃんの努力が一番大きいのは当然だし、なにより今回は君には犀川さんが……強い味方がついてたからさ」

「っ……そうね。正直、あのヒトのライブが良いインスピレーションを与えてくれたのは認めざるをえないわ」


 ヒナちゃんは冷静になったのか、僕から身体を離して言った。


「ねぇ、兄さんは……あの女性(ヒト)のコト……好き、なの?」

「もちろんさ、ドルオタの僕の唯一にして一番の推しなんだからね」

「私には推しというのがよくわからないのだけれど……それは、恋愛として好き――ということ? 彼女と恋人になりたいの?」

「……難しい質問だね」


 そう、本当に難しい質問だ。

 だってそれは、犀川さん本人から何度も問われたことだからだ。

 僕は、犀川さんと恋人になりたいのか?

 だけどドルオタとしての僕の答えは、もう決まっている。


「好きだよ、恋愛的な意味でも、それ以上に人として犀川さんのことが好きだ。だけどね、ヒナちゃん。彼女はアイドルだから……アイドルとしての彼女を僕は守りたいよ。だから今すぐ付き合ったりはしたくないんだ。彼女の夢の果てを見届けたら……その時は、僕らの関係も変わるのかもしれないけどさ。今はまだ、そんな先のコトなんてわからないよ」

「そう……そうなんだ」


 「だったら――」ヒナちゃんは目を伏せて、僕にも聞こえないような小声でつぶやいた「まだ私にもチャンスはあるというコトね」。


「え、今なんて……?」

「なんでもないわ。とにかく私は、あの犀川あぐりを”お義姉ちゃん”なんて絶対に呼ばないから。今から私は彼女のライバル。表現者としても――一人の女としても、ね」


 そう言ってヒナちゃんは微笑んだ。

 今日はクールな彼女の感情がよく見える。

 それだけでも、犀川さんとヒナちゃんを引き合わせた甲斐はあるのかもしれないと思った。


「うん、なんかよくわかんないけど、ヒナちゃんにとっていい刺激になってよかった。僕は犀川さんのオタクだけど、ヒナちゃんのお兄ちゃんでもあるからさ。ちゃんと応援してるよ」

「ええ、私のコトちゃんと見ててね――兄さん♡」


 そう言ってヒナちゃんは突然僕のネクタイをつかんでぐいっと引き寄せると。

 ちゅ――♡

 あたたかくて柔らかな感触が頬に触れた。


「え……?」


 一瞬のことだった。

 何が起こったのかわからず呆然とする僕に、ヒナちゃんは背を向ける。


「ほ、ほら行くわよ。まだ他の人たちの演奏も終わってないんだから」

「ヒナちゃん、今僕のほっぺに……」

「な、なんでもないわよ。兄妹でキスするなんて……普通のスキンシップ。でしょう?」


 後ろからだと表情は見えないけれど。

 その声はうわずっていて、耳まで真っ赤になっているのが見えた。

 兄妹のスキンシップ、か。

 世間の普通の兄妹っていうのがどういう関係性なのかはよく知らないんだけど、僕より賢いヒナちゃんが言うならそうなんだろうきっと。

 うん、義理の兄妹というスタートからだったけど、どうやら本当の家族として順調に距離を縮められているみたいだ。


「待ってよヒナちゃん!」


 僕はうなずいて、スタスタと早歩きで去る妹の後を追ったのだった。




   ☆   ☆   ☆


 


 その夜のことだ。

 僕は犀川さんとメールのやりとりをしていた。

 いつの間に僕のアドレスを知っていたんだろうという疑問はまだひっかかっていたものの、深く考えても仕方ないので何事もなかったかのようにメールを送る。


『ヒナちゃんのピアノコンクール、無事終わったよ』

『今日はお仕事でヒナちゃんのコンクール行けなくてごめんね! 結果はどうだった!?』

『結果は……金賞だけど最優秀賞はのがしたよ。ミスタッチが響いたみたいでね』

『そうなんだ……ごめんね、いろいろ偉そうにアドバイスしといて』

『いいや、ヒナちゃん本人は一番満足そうだったよ。犀川さんのアドバイスのおかげさ。ヒナちゃんにも、かわりにお礼を言っておいてって言われてたんだ。ありがとう。あと、これが賞状をもらったヒナちゃんの笑顔』


 僕はメールに金賞の賞状をもらったヒナちゃんの写真を添付した。

 少しだけ間があいて、メールが返ってくる。


『ヒナちゃん、すごくいい顔してる。ペロペロしたい』

『でしょ? でもペロペロはしないで、たぶん嫌がるから』

『ちぇー。でね、雛木くん。今日のあたしのお仕事衣装なんだけど、可愛かったから写真撮っといたよ! ヒナちゃんの写真のお礼に送ってあげるね!』


 そのメールには画像が添付されていた。

 今日の犀川さんの仕事は、新作ゲームの発売イベントだっけ。

 確か作中キャラクターのコスプレをしていたハズだ。僕も普段ならイベントに馳せ参じるはずだったんだけど、今回はヒナちゃんのコンクールを優先させてもらった。

 だからコスプレを見られなくて残念だったんだけど、本人から写真をもらえるなんて、これは渡りに船だ!

 僕はワクワクしながら添付画像を開いた。


「――ぶッ!?」


 思わず吹き出した。

 確かに可愛らしいコスプレ衣装に身を包んだ犀川さんなんだけどさ。

 撮影シチュエーションが……衣装脱ぎかけで下着はバスト92の谷間がばっちり写ったヤツじゃないか! こ、こんな! 現役アイドルのこんな写真が許されて良いのか!?

 動揺しているうちに、追加のメールが送られてくる。


『ごめーん、雛木くん♡ それは間違えて撮っちゃった脱ぎかけの自撮りだったわ♡ 雛木くんしか見られない特別なヤツだから安心してね♡』


 けけけけ、けしからん!

 鼻血が出そうになって鼻をつまむ。

 こんな写真がまかり間違って世に出てしまったら大変だ、今すぐ消去しないと!

 そう思いつつ、僕の指は悲しくも画像を保存しているのだった。


 今夜はコレ……枕の下に入れて寝よう。




   Track.2 END.


これでTrack.2は終わりです。

犀川さんがおバカ可愛いとかヒナちゃんが妹可愛いと思った方はぜひとも評価をお願いします。

評価はこの下の☆☆☆☆☆を押せばできますので、お気軽にお願いしますね!

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ΦOLKLORE:オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー
作者は普段はこちらのホラー小説を書いています。
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