Track.1,0 【悲報】ドルオタ、推しに告られる
○登場人物
雛木ユウ:主人公。高校二年生で成績優秀だが実はドルオタの変人。
犀川あぐり:ヒロイン。人気上層中の現役女子高生アイドル。
歌唱力、ダンス、ファンサービス、容姿、スタイル全てに優れた完璧美少女だが中身だけは残念系。
ドルオタ。
それはこの世で最も業の深い生き物だ。
地上の人々が天に輝く月に向かって手を伸ばすように。
決して手が届かないとわかっているのに、それでも求めずにはいられない。
それが僕らアイドルオタク――略してドルオタなんだ。
「みんなー、盛り上がってるー!?」
「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」」」」
無数の声援が耳をつんざく。
会場ごと揺らすほどの低音で心臓が跳ねる。
ドルオタひしめき合う会場の中心にいるのが、僕にとっての天上の月。
現役女子高生人気アイドル――”犀川あぐり”だ。
赤みがかった茶色の長髪を振り乱し、全力で手を振る彼女が僕の唯一の”推し”。
「それじゃあ1曲目、『ティアーズ・イン・レイン』いっくよー!!」
可憐で華奢な美少女がひとたび歌い始めると、力強い歌唱力とパフォーマンスで聴衆を魅了する。
そんな彼女に負けないように、サイリウムを振り上げ、一心不乱に応援をする。
歌って踊るアイドルと、応援するドルオタ。
完璧な世界。
これで良いんだって思ってた。これだけで僕は幸せだった。
こんな日々が続くんだろうなって思ってた。
――この日までは。
最高に盛り上がったライブが終わり、会場を出る。
お行儀の悪い連中が会場前で”出待ち”をしているのがちらりと見えた。
「ふン、ファンの風上にもおけないな」
僕は彼らを尻目にそそくさと歩き去った。
アイドルとファンの関係には一線を引くべきだと僕は考えている。
ライブが終わって疲れ切った推しにファンサを求めるなんて、やりすぎだろう。
アイドルといえどプライベートは尊重しなければ。
だからドルオタの鑑であるこの僕、”雛木ユウ”はクールに去るぜ……。
「あー、ちょっといいですかぁ?」
帰って『犀川あぐり1stアルバム”With You”』を聴きながら勉強でもしようかと思案していたその時だった。
背後から声をかけられて振り返る。
そこに立っていたのは、赤みがかった茶髪の美少女だった。
キャスケット帽に赤ブチ眼鏡――輪郭にズレがないからおそらく伊達眼鏡だろう。
長い茶髪をツイン三つ編みにした、一見地味めな風貌の少女。
だけど身体全体からあふれ出る美少女オーラを隠し切れていない。
変装しているつもりかもしれないけれど、どう見てもさっきまで僕の目の前でライブをしていた張本人、犀川あぐりその人でしかなかった。
「え、あ……ななな何か、用ですか?」
僕がキョドりながら返答すると、三つ編みの少女は上目遣いでこう言った。
「さっきのライブ、とぉーっても良かったですよね?」
「あ、ええ、そりゃあもう。最高でした」
「わたしぃー、このライブ一人で来ててぇー……この感動を誰かと分かち合いたいと思ったんですけどぉー、そのぉー……お兄さんも一人なら、この後どこかで感想言い合いませんかぁー?」
「……」
うん。
ライブに一人で来て、感動を誰かと分かち合いたいから一人で来てそうな人に話しかけた。その意味はわかる。
わかるんだけど、それを言っているのがアイドル本人というのがあまりにも腑に落ちない状況だった。
困り果てた結果、僕はなんとか返事を喉からしぼり出す。
「あの……犀川あぐりさん……だよね?」
「はひゅ!? い、いやいやいや……ち、違いますよ? わたし、地味でイケてない普通のJKですよ?」
「いやでも、どう見ても美少女が隠しきれてないし……それに僕、犀川さんのオタクだし。1st写真集は観賞用、保存用、布教用の三冊買ってるし。なんなら観賞用は100回以上隅々まで読み返したから。見ればわかるよ」
「え、マジで!? そんなにたくさん見てくれてるなんてチョーうれし――じゃなくて!! あ、あたしじゃないしっ! ほら、世の中には似てる人が3人くらいはいるって言うでしょ? オッペンハイマー……みたいな? ロッテンマイヤーだっけ?」
「それを言うならドッペルゲンガーじゃないかな。そもそも君みたいな超絶美少女が3人もいたら困るよ。世界のパワーバランスの崩壊だ」
「いやー、世界的美少女だなんて……照れますなぁ……♡」
えへへ、と頬を緩ませる彼女。
口では違うと否定していても、”犀川あぐり”を褒めたら素直に照れてる……。
やっぱりどう考えても本人だ。
「それで本物の犀川あぐりさんが僕みたいなどこにでもいそうな普通のアイドルオタクに何の用なんだい?」
「ふ、ふふふ……さすがはあたしのトップ・オタク。こんなチャチな変装ではごまかせなかったようね。褒めてあげるわ、雛木ユウくん」
観念したのか彼女は伊達メガネを外した。
キラキラと光る大きな瞳がよく見える。
「近くで見るとやっぱり綺麗だね、その瞳。世界一輝いてるよ」
「あふっ……そ、そんな風にすぐ褒めてくるのほんとに……すち♡」
頬を真っ赤に染めて彼女が身をよじらせた。
っていうか「すち」って何? 大友克洋監督のSF映画『スチームボーイ』の略? 今どきの女子の言葉はよくわからない。
彼女は「コホン」と咳払いをして、僕に向き直る。
まっすぐに見据えて、こう言った。
「単刀直入に言うわ、雛木ユウくん……このあたし、犀川あぐりと付き合いなさい!」
「付き合うって、どこに?」
「そっちじゃないわよ! 古典的なボケをかまさないで! わかるでしょ、交際! 男女の交際のことを言ってんの! 男女間の極めて不純な交友のこと――って何言わせるの!?」
「そこまで言えとは言ってないじゃん……」
勝手にいろいろ変なことを口走って勝手に動揺する犀川さん。
ステージ上の可憐かつ力強い感じとはまた違って、等身大の女子って感じでこれはこれで魅力的ではある。
そのうち犀川さんは背伸びをして僕の顔に思いっきりずいっと顔を近づけ、圧をかけてきた。
「それで、雛木くん。返事は?」
なるほどね。
僕はいったん状況を脳内で整理することにした。
最高のライブの余韻に浸る暇もなく、急展開になってしまったな。
なんと推しがこの僕を”出待ち”していた。普通とは真逆の異常事態だ。
しかもその要件はどうやら”愛の告白”だったらしい。
どういうわけか、トップアイドルの犀川あぐりは一介のオタクにすぎないこの僕と男女の交際がしたいのだという。
「ふム……」
「さあ、答えは!?」
彼女のキラキラした期待の眼差しが眩しい。
返答を急かされている。生まれて約17年、女子に告白されたのは初めてだ。
やはり告白された身としては誠実に回答しなきゃならないだろう。
思えばドルオタが推しに告白されるなんて最高のシチュエーションじゃないか。
誰もが夢見た状況だ。推しに認知され、好意を抱かれ、男女の関係に発展する。
最高の結末だ。
だけどその先に待っているのは――。
「……」
僕はゆっくりと口を開いた。
「答えなんて最初から決まってるよ、犀川あぐりさん」
「だ、だったら――」
「僕は――君の告白を断る。君とだけは絶対に付き合わない」
時間が、止まった。
一気に表情が凍った犀川さん。ああ、そういう顔も絵になるな。美人はお得だ。
そう考えているうちに、彼女の表情が歪んで――美しい唇から想像もつかないような汚い叫び声が上がるのだった。
「え゛えええええ゛えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ゛え゛えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇ゛!?!?!?!!?!?!?!!?!?!?!?」
これは絶対にドルオタと付き合いたいアイドル”犀川あぐり”と、絶対にアイドルと付き合いたくないドルオタ”雛木ユウ”との、甘くて苦い初恋の記録である。
推しに告られたドルオタ、鋼の意志で交際を断り続けた結果→【連載版】
Album vol.1 "Tears in Rain"
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