お首様(ハ)
「こんな時間……なんだ」
代は驚いた。そこまで長くない夢だったのにこんなに時間がたっている。
「………にしても、暇だなぁ」
正直なところ、暇だ。昼過ぎから寝ていたので、今からは寝られない。
「(仕方ない、ラジオでもつけるか……)」
代はラジオに近づいていった。本当はテレビでもよかったのだが、今はラジオな気分なのである。
カチッ
『ガーガガ………キュィキュルル……すね。ですからやっぱ冬と言ったら』
やっと周波数があったようだ。
『冬と言ったら鍋でしょうね。あ、ここでお葉書を一通。ラジオネーム、ぐるぐる目玉さん。えー、妖界ラジオ、毎週楽しく聞いています』
「ようかいラジオ?」
代は少しつっかかった。
『最近は人間の町も明かりが増えてきて、人を驚かすことができなくなってとても退屈です。でも、妖界ラジオがあるんだ、そう思うと一週間頑張れます。なので、これからも頑張ってください応援しています。……いや〜、嬉しいですね〜。こんな番組でも聞いてくれてる人いると思うと、何だか私も頑張れますね〜』
「一体どこの電波拾ってるんだろ?普通の世界じゃないみたいだけど……」
『……と、ここで時刻は午前三時半を回りました。そろそろ、このコーナーもお終い。それでは、第二スタジオのミカちゃん、あと宜しくねーっ!………はい、幽司さんありがとうございました。それでは妖界ラジオ、午前三時半より引き続き私ミカがお送りいたしまーす』
「へーっ………幽司さんって、ラジオやってたんだ…。知らなかったなぁ」
代は驚いた。身のまわりには意外と有名人がいるらしい。
「さて、…………お散歩でもしようかな」
代はそうつぶやいて、ラジオのスイッチを切ると、玄関に向かった。
まだ雪の積もっている境内に出た。昨日雪を降らせた雲が嘘のように消え去り、空は星で満たされていた。
「わあ………きれい……」
ついそうつぶやいた。この前まですんでいた住宅街では、夜中じゅう点いている街灯や休みを知らないゴルフ場などのせいで、夜空が見えなかったのだ。
星を見ていると、何だか不思議な気持ちになってきた。
「私………何でここにいるんだろ?」
ふとそう思った。思えば、前まですんでいた所とここはかなり離れている。
「何でこの山に迷い込んだんだっけ……?」
思い出してみる。確か、冬休み最初の日、ふらっと出かけたくなった。駅に着き、いつもなら上るはずなのにあの日は下ったんだ。それで、ここら辺の駅について、気づいたら山に迷い込んでいた。
「あら?所々記憶喪失なのか?私」
代は自分で自分に聞いてみた。もちろん、返事はないが。
「それにしても………ホントにきれいだなぁ……」
代が感動していると、向こうの空がだんだんと色づいてきた。
「あれ………確か夜明けは六時半頃じゃなかったっけ?」
代は時間を確かめるために居間に戻った。居間の時計はしっかりと午前六時三十二分を指していた。
「まさか………星を見てるだけで三時間も過ぎてたなんて」
代は、驚きを越してあきれていた。それにしても、よくこんな寒空の中三時間もボケーッとできたものだ。
「………………仕方ない、朝ご飯でもつくろ」
代はだるそうな足取りで台所へと向かった。
「そう言えば………昨日のお昼から何も食べてないなぁ……」
台所に来た。昨日作ったカレーがまだ残っているので朝食には困らないだろう、と思った矢先
「ぐ………ご飯が無い」
そう、カレーには付き物のご飯がなかったのだ。
「んー……ナンなんてある訳ないしな……。仕方ない、炊くか」
米櫃のふたを開ける。米は二十粒ほどしかなかった。「ひーふーみーよーいつむーなー………………。全部で二十六粒か……。あーどーしよ。お店が開くのは九時だしなぁ……。仕方ない、お風呂にでも入ってこようかな」
朝食をスパッと諦めた代は、着替えとタオルを持つと風呂場へ向かった。
「うぅ……寒っ……」
白は寒さで目を覚ました。まあ、布団なしで寝ていたので仕方のないことだが。むしろ今まで寝ていられたことが凄い。
「あー……………もう朝か」
白はゆっくり起きあがると、これまたゆっくり居間に向かった。
「んー……結構な時間だなぁ」
居間の時計は午前六時四十七分を指していた。
「あ、そうだ。……代ーっ………代ーっ……」
返事がない。どうやら近くにはいないようだ。
「……まあいいや。朝ご飯にしよ」
白はそう言うと台所へ向かった。
「うーん……カレーはあるのにご飯は無いのか……。仕方ない、炊こう」
白は米を炊くために米櫃のふたを開けた。そしてすぐにふたを閉じた。
「確か、お店が開くのが九時か……。かといって米なしカレーはアレだしなぁ……。ナンなんてある訳ないしなぁ………。仕方ない、お風呂にでも入ってこよう」
白もまたそう言うと風呂へ向かった。どうやら白と代の思考回路は一緒の作りなようだ。さすが、名前(の読み)が同じなだけある。
「うーん………。ああ。お風呂は気持ちいいなぁ〜」
風呂場を占領している代。明け方になると、妖怪は皆撤退していくようだ。
「あったかー………。やっぱ、冬はお風呂が一番ねぇ〜」
「何だかおやじ臭いこと言ってるわね」
「あ、白。もう起きたんだ」
白が風呂場に現れた。
「まあね。そろそろ正月だから、いろいろと準備もあるしね」
白はささっと体を洗うと、湯船につかった。
「毎年ね、この時期になるとうちに疫病神が来るの」
白は天井を見ながらそう言った。
「ふ〜ん………え?疫病神?」
「そ。疫病神」
「それってけっこうまずいんでないですかね?」
「大丈夫よ。疫病まき散らす訳じゃないから」
「……だよね。まき散らしたらバイオテロみたいになっちゃうもんね」
代は少し安心した。
「それにしてもさ、もっとまともな神様友達にいないの?」
代が左を向いた。代の左には白がいる。
「ん?ん〜……まあ、いなくはない」
白は今にも寝そうな雰囲気を漂わせている。
「どんな神様?」
「死神様」
「…………!?」
「後は、雷様とか」
代は言葉がでなかった。まともな奴が一人もいないではないか。
「ちょ………幸福の神様とかいないの?」
「うん。後は、近所の山の山神様くらいかな」
「……もしかして、友達少ない?」
「妖怪の友達ならわんさかいるけど」
「妖怪かい!……あっ、今の駄洒落じゃないよ」
「あーお腹減った」
いつの間にか風呂から上がり、居間でごろごろしている二人。明日は大晦日だと言うのに気楽なものだ。
「今何時?」
白が寝転がったままそう聞いた。
「今くじら〜」
代も寝転がったままそう返す。
「本当は?」
「八時十五分ら〜」
「う〜ん……困ったなぁ……代に買い物頼むにもまだお店開いてないし…」
「人任せかっ!」
「代わり人なんだからそれくらいするのは基本よ」
「たまには自分で行ったら?どーせ今まで自分で行ったことないんでしょ?」
「あんた……キテレツ知らないの?嫌なことは全部手下の……ホラ、何だっけ………そうだ、コロ助だ。コロ助にやらせてるじゃん」
「いや、たぶんそれ違う番組だと思うよ」
そんな他愛もない会話をしているうちに、時計はいつの間にか九時を指して………いなかった。
「うわ、さっきから五分しかたってないじゃん」
白はそう言ってついに立ち上がると、どこかへ行ってしまった。代はそれを寝転がりながら見ていた。
代は居間で一人、寝転がって天井とにらめっこしている。
まあ、天井なので木目しか無い。しかし、よくよく見ていると木目が人の顔に見えなくもない。
「……?あんなとこに顔みたいな木目あったっけ?」
さっきまではそんなもの、無かったはずだ。いや、間違いなく無かった。
しばらくその木目を見ていると、じわりじわりと恐怖がわき出てきた。
「…………………………」
代はできるだけ耐えてみた。しかし、木目の顔がニヤッと不気味に笑ったとたん
「わあぁぁぁぁぁ!」
と叫び、居間から走って出て行ってしまった。
廊下を走る代。何故かかなり長い。走っても走っても突き当たりにぶつからない。
しかしそんな事を理解する暇もなく代はひたすら廊下を走っていた。が、ちょっとした弾みで足がもつれた。
「うわぉっ!」
勢いよく床に倒れる。
「……痛ぁ…………」
代は体を起こして額を押さえた。どうやら転んだ拍子に床にぶつけたようだ。
代は突然はっとして今まで走ってきた廊下を見た。よかった、さっきのは追いかけてきていない。
「あー………なかなか怖かった」
代はそう言って起きあがろうとした。その時、廊下の床板の木目が目に映った。
「ま………まさか……」代は木目から目を離さないようにゆっくりと立ち上がった。すると突然背後から伸びてきた手が代の肩に触れた。
「うわぁぁぁぁっ!!!!!!!」
代の、今年一番になるであろう声量の叫びが山に響いた。そして代の後ろには、ひっくり返った白がいた。
「なんだ……白だったのか……。も〜…驚かせないでよぉ〜…」
しかし白は何も言わなかった。それ以前にぴくりとも動かない。
「あ……あれ?ちょっと、白。白さーん。白ちゃーん…」
どうやら、白は先ほどの悲鳴を聞いて失神したようだった。
「…………はっ!」
白は意識を取り戻した。さっきまで別の部屋にいたはずなのだが、今は居間にいる。
「あら………何かあったんだっけか?」
白は、自分の記憶を追ってみることにした。
「(確か、寝転がってて、あきたからウィキペディアでも見てようかなと思ってパソコンのある部屋に移動して、色々と読んでたんだ。で、しばらくしたら何か代が廊下を爆走してて、うるさいなぁって思ってたら、何か転んだみたいな音がしたんだったか。ちょうど私の居た部屋の前らへんだったから、どうしたのかなって様子見に行ったら、立ちあがるのがやけにゆっくりだったから、どこか痛めたのかなと思って代の肩叩いて………叩いて何があったんだっけ?)」
白の記憶がそこから今まで無いと言うことは、代が何かしたに違いない。白はそう考えた。
「代わり人に聞かなくても、ウチが教えてさしあげますのに」
背後からした声に、白は一瞬戸惑った。この声は確実に代ではない。この声は……
「朱祢、ね?」
白はそう言ってゆっくりと振り向いた。後ろには、天井から逆さまにぶら下がっている少女が居た。
「一年ぶりですね。山神さん」
朱祢と呼ばれた少女と白は知り合いな様だ。
「うん……そうなんだけどさ、いい加減普通に戻ったら?逆さまは疲れるでしょ」
白がそう声をかける。
「いえ、結構大丈夫です」
「大丈夫じゃないでしょ」
白はそう言って朱祢の髪を軽く引っ張ってみた。すると
「きゃっ!」
朱祢は畳にどしゃっと頭から落ちた。