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夏の終わりの(ロ)

 雨の音が、屋根を通して居間まで聞こえてくる。テレビだけがついている薄暗い和室で、代は座布団を枕代わりにしながら寝転んでいた。

 誰かが、廊下を歩いてこちらに向かってくるのが分かった。多分、白だろう。代は目を閉じ、寝転んだまま口を開いた


「雨ってさ、いい音だよね」


「そうね」


思ったとおり、白の声が返ってくる。


「白はさ、雨の音って好き?」


その質問が、不意に口をついた。まあ、といって代は特に何を考えているわけでもないのだが。


「そうね・・・・・・まあ、嫌いじゃないけど」


返事に混じって、お盆を小さなテーブルに載せる音と、急須のふたが揺れる音が聞こえた。


「それより、お茶、入ったけど、飲む?」


分かってて聞いているな?


「うーん・・・・・・」


代は面倒くさそうに返事をした。


「飲むの、飲まないの?」


「飲むー・・・」


ゆっくりとまぶたを開け、体を起こす。長い髪が、たたみの表を流れた。


「・・・・・・ふう、この部屋暗いね」


「じゃ、電気つけたら?」


たたみに正座をし、急須のお茶を湯飲みに注ぐ白。


「うーん、まあ、いいや。テレビついてるし」


さっきとは違う、二時間ドラマの再放送が流れている。この局のドラマは、役者は違うが、雰囲気はやはり変わらないな。


「あ、私この役者知ってる。越船栄一郎でしょ?演技にいい味出てるよね」 


ちらっとテレビの画面を見ながら、白がそういう。


「へぇ~、知ってるんだ。いいよね、この感じ」


そう言うと代は、口を閉ざした。あの日以来ずっとこうだ。要さんは関係ないと言っていたが、たぶんそれは間違いだろう。あの一件は代に大きな変化を与えてしまった。代は多分、何も考えていないだろう。この先のことを、考えたくないのだろう。ずっとダラダラしているだけ。

 白が代の扱いに困っていた時、どこからともなく山嵐が現れた。 


「こら、代ちゃん!いつまでもボケーっとしてるんじゃないよ!」


いつもは聞かない大きな山嵐の声に、代の体はビクッとなった。


「わっ・・・びっくりしたぁ・・・。山嵐さんか」


座布団の上で足を崩していた代の顔が、山嵐の方を向く。


「代ちゃん、ほかの妖怪たちが心配してたよ?『最近代ちゃんの姿が見えないけど一体どうしたんだろう』って」


「あー・・・・・すみません、ちょっとなんかこう、イマイチやる気が出なくて・・・」


「なんでさ」


「だって、私はもうじき死ぬんですよ?それなのに、まともでなんて居られるわけないですよ」


代の寂しそうな目が、境内を見た。落ち葉や蝉の抜け殻やらが、雨に打たれている、境内。


「まあでもほら、少しは元気をだしてさ・・・」


「こんな状況で元気なんて出せる訳ないでしょう!私は・・・・・っ!私はあなたたちのように強いヒトではないんです!!」


そう叫ぶと、代は勢いよく立ち上がり、はや足で自室へと戻っていった。


「・・・・・・・・・・・代も、あんな声出すんだね」


あまりの驚きに、身動きがとれない白。


「・・・・・・・・代ちゃん、泣いてたね」


代の進んでいった方向をじっと見つめ、山嵐は何かを思っているようだった。




 部屋の戸が勢いよく開けられ、代が入ってきた。代はすぐに戸を閉める。

 

「おおっ、姫。いかがなされましたか・・・?」


横になってくつろいでいたであろう次郎が立ち上がろうとした。が、それよりも早く代が倒れこんできた。次郎の固いともモフモフとも言えない毛に顔をうずめ、肩を小刻みに揺らす、代。


「姫・・・・・・」


次郎は事態を察し、くつろいだ姿勢のまま、自分の体にしがみついて泣いている代をやさしく見ていた。こういう時には声をかけるのではなく、気が済むまで泣かせておくのが一番。次郎はなかなか紳士的思考を持ち合わせた犬・・・いや、狼であった。






どれくらいの時間が経ったであろうか。代の部屋はもう暗くなり、雨の止んだ外からはひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。代はというと、泣き疲れて次郎にもたれたまま眠っていた。

 二つの足音が近づいてくる。次郎は戸の方に目をやる。すると、ゆっくりと戸が開けられ、山嵐と白が現れた。


「しーっ」


白が何か言おうとしたが、それより先に小さな声で次郎が忠告。お静かに、だ。それを理解した白は、小さな声で


「代は・・・・・大丈夫?」


と聞いた。


「さきほどまでずっと泣いておられたが、今は疲れて眠っておられる」


「そう・・・・・。じゃ、まぁ、もうしばらくそっとしておこうかな」


そう言うと、白はまたゆっくり戸を閉めた。代が起きてくるまで、待っていることにしよう。ひぐらしの鳴き声に混じって、時折カラスの鳴き声も聞こえ始めた。





 雨上がりの雲の間から西日が差し込み、代の部屋を朱色に染める。いつもよりも眩しくない夕日が、代をそっと、包み込んでいるようだ。


「・・・・・・・・・・・っ」


どうやら代が目を覚ましたらしい。代がもたれかかっていた次郎の毛は彼女の涎でべっとりしていた。


「おや、姫。お目覚めですか」


伏せの姿勢だった次郎が体をひねって代の方を向く。


「うん・・・・。ごめん、涎たらしちゃった」


「お気になさずに。それより、気分は晴れましたか?」


「だいぶ・・・・、うん。さっきよりはずいぶん良くなったかな」


「そうでございますか。それは何よりですな」


次郎はそう言ってニコッと笑った。狼だけど。


「山神が心配しておりましたぞ?」


「うん・・・・・・。とりあえず、謝ってこなくちゃね。さっき大きな声、出しちゃったし」


そう言うと、代はゆっくりと立ち上がる。


「きちんと・・・・・・前に、進まないと」


代はそっと呟いた。






 居間でお茶を飲んでいる、白。今はただ、代のことだけが気がかりだ。このまま立ち直らなかったら、一体どうなってしまうのだろうか。

 足音が近づいてくる。山嵐はさっき帰ったから・・・・・・・。


「しろ」

 

やはり。代の声だ。


「さっきはごめんなさい・・・。私、どうかしてたよ」


「なんで代が謝るの?」


白は代の方を向いた。


「いや、なんかその・・・・・・」


代は白の目を見つめる。


「私はその・・・・・代わり人としての自覚、というか覚悟・・・が足りてなかったから」


白は、そう言って申し訳なさそうな顔で突っ立っている代に近づき、やさしく抱きしめた。


「いいんだよ、別に。代は代のままで、さ」


「うん・・・・・・・・ありがとう」


そう言い、まぶたを閉じる代。ほほを伝った一筋の涙が、夕日を浴びてガーネットのように輝いた。





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