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らびっと?

代が社務所の戸を開け中に入った。明かりの無い玄関はうっすらと暗く、昼過ぎであると言うのに気味の悪いほど静まり返っている。二人は無言のまま履物を脱ぎ、代の部屋へ向かう。二人が歩くたびに長い間踏まれ続けている床がギシギシと音を立てた。代はとある一室の前で止まり、障子を開けると


「さ、どうぞ」


と言って妖呼を部屋に入れた。妖呼は無言のまま部屋に入ると、小さな机の近くにあった座布団の上に勝手に座った。座り方はなかなかきれいである。


「この神社もさっぱり変わってないみたいね。まあ、内装の大まかなつくりは、だけれど」


天井を眺めながら妖呼がそう言う。代はふすまを閉じると、妖呼と向き合うように座った。


「妖呼さん・・・・でしたっけ?今日は何をしにきたんですか?」


突然の大物の出現に特に臆するような素振りも見せず、普通に接する代。この娘はもしかしたら相当なバ・・・・大物かも知れない。


「何をしにって・・・・。ちょっと、代わり人と話がしたくなってね。話によると、あなた、あの白となかなか」


「あ、今お茶淹れて来ますね」


代は妖呼が話の途中だったのにも関わらず席をはずした。突然だったので妖呼もただ唖然とするだけだった。少し動揺する妖呼。人界にいる妖怪を統べる妖呼の前でこのように振舞えるのは多分、妖界で探しても二、三人程度だろう。


「おやおや、いきなり代ちゃんペースにのまれてるみたいですね。ククク・・・」


天井裏から山嵐の声がする。どうやら覗き見をしているようだ。


「・・・・・・・・・・別に。それにしてもあの娘、なかなか面白いわね」


妖呼は机に目を落としたままそう言った。


「・・・・・・・・・・今までに会った事無いわ。あんな身の程知らずな馬鹿な娘」


「あらあら、代ちゃんを舐めてかからないほうがいいですよ?あのコ、なかなか力持ってるみたいですし」


小さな音がして天井の板が少しだけずれた。天井裏の闇の中で赤い点が二つばかり光っている。


「それは分かってるわよ。人間嫌いのあなたが、あの代わり人をそこまで気にしてるみたいだし」


妖呼は天井裏の隙間に目をやった。するとその隙間から


「いやいや、ナイスバディじゃない人間は好きじゃないってだけですよ。まあ、代ちゃんはナイスバディとは言いがたいですがね」


と言う言葉が返ってきた。それからしばらく、会話のない時間が続いた。



 「ふう、お待たせしました~」


そう言うと代はマグカップを二つ持って戻ってきた。


「・・・・・・?何、この妙な匂いは」


妖呼は顔をしかめた。


「え?コーヒーですよ。豆茶って言えば分かります?」


代はニコニコしながらカップを一つ、妖呼の前に置いた。もしかしたらこれは代の計画的犯行なのではないだろうか?


「こー、ひー・・・・・・・・?」


妖呼は置いてあるカップに顔を近づけ匂いを嗅いでいる。が、やはり顔から曇りの色は取れない。


「なかなか美味しいですよ?ま、一口飲んでみたらどうですか?」


コーヒーを勧める。なんだかわざとらしくも感じられなくはない。妖呼はしばらくためらっていたが、恐る恐るカップに手を伸ばした。そして、ゆっくりとカップを口に近づける。


「・・・・・うっ!!」


妖呼はまさに苦い!と言うような顔をして、持っていたカップを雑に机の上に置いた。代はその様子を見て少し喜んでいるようだ。


「ぐっ・・・・・・・」


「そんなに苦いですか?」


不思議そうな顔をしながら、コーヒーを飲む代。妖呼は袖で口元を拭うと


「あなた・・・・・まさか、毒でも盛ったんじゃないの?」


と、疑惑に満ちた目で代を見つめる。それを聞いた代はコーヒーを吹き出してしまった。


「そ・・・そんなこと・・・・そんなことぁはははははははははは!あーおかしい!ははははははははははは・・・・・・・・・・っ・・くっ・・・・くるしっ・・・・・はははははははははは!」


何がおかしいのかよく分からないが代は突然大笑いを始めた。頭がおかしいのかそれともよほど今のが面白かったのか。もし、これを計画してやっていることだとしたら、代は相当なやり手であるだろう。


コーヒーが苦いと聞くや否や笑い転げる代を見ていた妖呼は少し悔しいと思ったのか、もう一度、こーひーとやらに手を伸ばした。が、味はやはり苦いままだった。


「ははは・・・・・・・・・・ふう、すみません、笑っちゃって。じゃあ、普通の緑茶淹れてきますね」


笑い終わって少し落ち着いた代は、また先ほどと同じように部屋から出て行った。


「・・・・・・・ったく、最初から緑茶にしなさいよ・・・・・」


ボソッと小さくつぶやく妖呼。するとまた天井裏で物音がした。


「あら、妖呼様はコーヒーも飲めないんですか」


山嵐の声だけがする。まだ覗いていたらしい。と言うことはさっき妖呼がコーヒーを飲んで苦い顔をしていたのも見ていたのだろう。


「別に。こんなもの飲まなくたって生きていけるわ」


妖怪相手には冷静に答える。やはり、代が相手だと少々やりにくそうだ。多分、お互いに警戒しあっているためだろう。


「それより山嵐さん、あなたの奥さんは元気かしら?」


あら、奥さんいたんだ。


「もちろん。どこかの怖い義姉おねえさまとは比べ物にならないくらいいい妖怪ヒトですよ」


山嵐はそう言うと天井に空いた穴から頭を逆さまして顔を覗かせた。この状態では頭に血が上る。


「・・・・・・あなたもさっぱり口数が減らないのね。妖音ようねも大変な夫を持ったものだわ」


目を閉じながらそう言う妖呼。今までの会話を聞く限りではこの二人、一応親戚同士らしい。多分、妖呼の妹が山嵐の奥さん、と言うことで間違いはなさそうだ。


「そんなの、前々から分かっていたことでしょう。それに」


「それに?」


「妖呼様も賛成しましたよね」


「そんな昔のこと忘れたわ」


「いいえ、覚えているはずです。あなたとハジメさんが結ばれた日に」


「その話、今はやめてくれない?」


妖呼は冷たい目で山嵐を見た。これは本気っぽい目だ。


「・・・・・・・・・・・・・・」


山嵐は言葉をそれ以上続けなかった。蛇ににらまれた蛙、と言うわけではない。ただ単に空気を読んだだけであるのだが。


その、なんとなく気まずい空気を裂くように障子がさっと開かれた。


「妖呼さんと山嵐さんって、義姉弟だったんですね」


ニコニコしながらそう言う代。何か、今日の代は様子が少し変な気もする。


「・・・・・・聞いてたのね」


「ええ。まあ。それよりお茶、はいりましたよ」


代はそう言うと妖呼の飲みかけのマグカップの横に湯飲みを置いた。今度は普通のお茶のようだ。


「・・・・・・・・・・・・。普通のお茶ね」


一口飲んで味を確かめる妖呼。さっきのことをどれだけ気にしているんだろうか。


「そうですよ。普通のお茶です。それで、お話と言うのは?」


代は妖呼に対面するように座った。妖呼はふと、そう言えば代と目があまり合わないことに気がついた。

うわさに聞いていた『代わり人』像とはちょっと違う。


「ねえ、一緒にお風呂に行かない?」


妖呼は代にそう提案した。急なことで少々戸惑う代。


「えっ?あっ・・・・・・」


「この部屋、落ち着かないわ」


落ち着かない、とはつまり山嵐が気になる、ということだろう。


「は・・・はあ・・・・。じゃあ、用意してきますから・・・・・、ちょっと待っててもらえますか?」


そう言うと低い姿勢で立ち上がる代。


「私は先に行ってるわ」


「あ、じゃあ場所だけでも・・・」


「場所くらい知ってるわよ。だってあのお風呂、私が作ったんだもの」


妖呼はへへんというような、得意げな顔をすると代とは反対方向の廊下を進んでいった。




薄暗い廊下を進み、数回右に左に曲がる。そうすると、突き当たりに風呂場の戸が見えてくる。

格子戸には曇り硝子がはめ込んである。どうやら誰かが取り付けたようだ。脱衣所の戸を開ける。昔のままだ。見た感じは古い作りの銭湯、と言ったところか。思い返すとここもずいぶんと長く使われている。


「・・・・・・昔のままね」


妖呼は脱衣所の柱を撫でながらそうつぶやいた。とても懐かしがっているのが見て取れる。


妖呼は少しの間、昔を思い出す様に目を瞑っていた。そしてしばらくすると、背中に手を回し着物の帯をといた。床に落ちる帯。その上に、鶯色の着物がはさっと被さった。









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