接触
山嵐、代、白の三人は代の部屋に集まっていた。
「そいじゃ、よござんすか?」
山嵐が二人の表情を見る。少し前にもあった光景だ。
「うん。始めてください」
布団に仰向けになっている代がそう言う。その隣にはりらっ熊のデカいぬいぐるみが寝ている。
「本当に大丈夫なの?ねえ、大丈夫なの?」
落ち着きの無い白。
「大丈夫だって。なんかあってもこの山嵐が片付けてやるからよぅ」
山嵐はそう言うとなぜか持ってきていた刀を鞘の上からそっとなでた。
「うわぁ・・・・と、とにかく、失敗とかそう言うのしないでくださいね!」
代もなんだか不安になってきているようだ。
「大丈夫。じゃあ、はじめるとするか」
そう言うと山嵐は硯で筆に墨を付けた。
「もしかしてアレですか?丸書いてぐるぐるとか言う催眠術」
代はちょっと期待している。が、山嵐は
「いや、あれは面倒だから今回はもっと楽な眠らせ方にする」
「え?」
山嵐は無言で代の鳩尾に肘鉄を食らわせた。
「ぐぁ・・・・・・・・・・・・・・・」
代は悶絶した。
「ちょ!・・・・今の大丈夫なの!?」
白が山嵐の肩を強く掴む。
「大丈夫だから、落ち着きなさいよまったく・・・・」
なんとなく、眩しい。この感じは・・・・朝・・・・なのだろうか。
代はゆっくりと目を開けた。胸に痛みが走る。
「うっ・・・」
鳩尾を押さえ、一呼吸した。どうやら代は布団に寝かされているらしい。掛け布団の模様で自分の布団であることが分かった。
「あら、起きたのね。意外と早かったじゃない」
聞き覚えのある声。代は頭と目だけを動かして部屋を見渡す。が、人影は無い。
「こっちよこっち。横よ」
耳元で声がした。
「うわっ・・・・うぐぅ・・・・」
驚いて布団から飛び起きようとするも鳩尾の痛みですぐにうずくまる。痛みを紛らわせるためか呼吸も荒くなっている。
「そんなに驚くことないじゃない」
見てみると、そこには自立しているりらっ熊のぬいぐるみがいた。
「あ・・・・・・そういえば昨日そういうのやったね・・・」
やっと思い出したようだ。
「うまく行ったの?アレ」
「もちよ」
代の問いに答えたのは山嵐の声だった。声は天井から聞こえる。
「いやあ、悪かったねぇ。本当はいつもの方法でもよかったんだけど、なんとなく試してみたくなっちゃってさ」
天井の板の一部をはずしてするすると山嵐が下りて来た。
「でもまあ大丈夫そうで何よりだね」
にこっと笑う、天狗。
「こ・・・・これのどこが無事なんですか・・・・」
相変わらず苦しそうにしている代。左手はやはり鳩尾を押さえていた。
「そんなに強かったっけ・・・?ちょっと見せて」
山嵐は代の着物の胸の辺りを広げて鳩尾付近を見た。普通だったらただの猥褻行為なのだが代は特に嫌がる様子も見せない。まあ、これも相手が人間に興味なしということが分かっているから気にしないでいられるらしい。
「あら~・・・・痣になってるねぇ・・・」
山嵐はしまった、というような表情をしながら自分のあごをなでる。
「これ、結構まずいですよね・・・。かなり痛いんですけど・・・」
苦い顔のままの代。このままでは代の眉間に皺の痕がつきそうだ。山嵐はしばらくそのままの姿勢でいたが何を思ったか急に
「・・・・・・そうだ、じゃあもう一発いっとく?」
などと訳の分からないことを言い始めた。代が呆れて物も言えない時
「あのさ、さっきから私のこと、忘れてない?」
ぬいぐるみが口をきいた。
「あっ、忘れてた。そのぬいぐるみの着心地はどう?」
山嵐はりらっ熊のぬいぐるみを両手で持ち上げた。
「お名前、何でしたっけ?」
そういえば山嵐はこいつの名前を知らないんだったっけ。
「そうね。マリアとでもお呼び」
カワイイ熊のぬいぐるみは偉そうにそう言った。偉そうに。
「了解。マリオね」
「マリアよ!」
マリアの声の変化で彼女が少々怒っているのが分かるが、人形の表情はまったく変わらなかった。
雪のように白く、冷たいイメージを与える肌をした女が廃れた寺の縁側に腰掛けている。
夏だと言うのに、彼女の周りにはひんやりとした空気が流れていた。
「妖呼様、終わりました」
地に片膝をついてそう報告する、大柄な天狗。山嵐の二倍はありそうな背丈だ。
すると妖呼はゆっくりと天狗のほうを向き
「あら、五月雨、意外と早かったわね。ちゃんと、手厚く葬ってやったの?」
「はい。あの天狗は丁重に葬りました。・・・・・・・しかし妖呼様、なぜ敵方の天狗をあのように丁重に・・・?」
妖呼は読んでいた本を静かに閉じ、自分の隣にそっと置いた。
「死は皆に平等よ。たとえ敵であったとしても、骸は丁寧に扱わなければ、死者への冒涜でしょう?・・・・それより、あの天狗の団扇、ちゃんと持って帰ってきたでしょうね?」
目を細める、妖呼。その様子は威圧的にも見える。
「勿論でございます。こちらを・・・」
五月雨と呼ばれた天狗は低い姿勢・・・・と言っても、屈んでいても優に頭が妖呼より高い位置に来るのだが・・・・を維持したまま妖呼に近寄り、団扇を手渡した。烏の羽で出来ている、黒い団扇だ。
が、よく見ると、赤茶色の染みがいたるところについている。
「・・・・・ふむ。ご苦労さま。もう下がっていいわよ」
妖呼は受け取った団扇で自分に風を送る。
「は、承知いたしました。・・・・・ところで、妖呼様はその団扇を一体どのような事にお使いになるおつもりで・・・?」
五月雨は不思議そうな顔をした。それを見た妖呼はフッと笑うと
「別に、ただ仰ぐために使うわけじゃないわよ。・・・・・これから、この団扇をあの天狗に届けてやるのさ」
「妖呼様、でしたら私も・・・・」
「駄目。あなたはあの天狗と、仲が悪いでしょう?私一人で行くわ。それに、あの御社代とかいう娘、あの娘と少し話もしたいしね」
妖呼は白い雲の塊が迫ってくる空を見つめ
「雨が降るわね・・・・」
と、小声でつぶやいた。
「それじゃ、行ってくるわ」
そう言うと妖呼は立ち上がった。彼女の足元で風がまだ青い落ち葉と共に回っている。
「では、お気をつけて・・・・・・」
五月雨はそう言って頭を下げると妖呼から少し離れた。
「あ、そうそう。夕飯は魚がいいわ。何か適当に作っておいて頂戴」
夕飯についてのことを言い残すと、妖呼は今までが幻であったかのように、スーッと消えてしまった。
先ほどの寺を離れ、一分と経たないうちに妖呼は白山神社の境内に現れた。妖呼は目を細め、懐かしむように神社全体を見渡した。夏の日差しが妖呼の白い肌に降り注ぐ。
妖呼は境内の端に移動し、木陰を通りながら本殿に近づいて行く。
すると、本殿の障子が勢いよくひらき、山嵐が姿を現した。山嵐は本殿から境内を見渡し、首をかしげた。どうやら妖呼の居場所が分からないらしい。
山嵐が障子を閉めそうになったのを見て、妖呼はとっさに
「お久しぶりね」
と声をかけた。驚いて振り向く山嵐。しかし、山嵐は境内の中央部分しか見ていない。
「あの声は・・・・・隠れていないで出てきたらどうです?」
山嵐は境内の中央をキッと見据えたままそう言った。どうやら妖呼が姿を消してひそんでいると思っているらしい。
「こっちよ、こっち」
二回目の声で、山嵐はやっと妖呼の居場所を把握した。
「そんな端っこで何やってるんです?」
不思議そうな顔をしてそう言う山嵐。しかし妖呼はそれを無視し
「これ、なーんだ?」
と、山嵐によく見えるように、あの天狗の団扇を見せた。すると山嵐の表情が変わる。
「その団扇は・・・・・」
「ええ。私に内緒であなたに会いに行こうとしてたから、ちょっとね」
そう言って妖呼は団扇を石畳に投げ捨てた。
「御社代、いるんでしょ?話がしたいわ。呼んでくださらない?」
「・・・・・・・・あの娘と話して、どうしようと言うんです?」
警戒モードに入った山嵐。目つきが鋭くなった。
「あら、別に何も。ただ、ちょっとお話してみたくなったのよ。それだけの理由じゃ駄目なのかしら?」
妖呼は薄紫色の着物の袖をヒラヒラさせながらそう言った。多分この行為に深い意味は無いだろう。
「・・・・・・・・・・」
山嵐は無言のまま本殿に引っ込んだ。ほんの少しして、少女がひょこっとこちらを覗き、またすぐに引っ込んだ。多分、今の娘が御社代だろう。
ガラガラ・・・と、戸の開く音がする。少しして下駄のカラカラという音と共に代わり人の格好をした、さっきの少女がやって来た。
「あ・・・・・どうも。御社代です」
少女はそういって頭を下げる。
「・・・・・知ってるわ。あなた、妖界じゃ、有名人だもの」
と、言いつつ妖呼は心の中で、この娘と自分はどちらの方が背が高いのだろうか、と思っていた。
「それで・・・・・あなたは?」
「私?私は妖呼よ」
「歳はいくつくらいですか?」
代の質問タイムが始まりそうになる。
「歳?そんなものは忘れたわ。それよりも、あなたとちょっと話がしたいと思ってね・・・・」
妖呼は途中で言葉を止め、目を閉じて上を向いた。
「・・・・・・・あら、思ったよりも早く雨になりそうね」
「あ、じゃあ中でお話ししましょう」
「そうね。そうさせてもらうわ。日光はお肌にもよくないしね」
代と妖呼はとりあえず社務所の中で話をする事にした。