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客人

「これは・・・・・・っ!?まさか・・・・・・・。早いとこ知らせないと!」


白山神社より遥か遠くの山。何かを聞きつけた一人・・・いや、一匹の天狗が黒い羽を広げまさに飛び立とうとしていた。


「あらあら天狗さん。何処へお出かけかしら?」


怪しげな女の声。天狗ははっと振り向く。


「これはこれは・・・ご本人自ら登場とは、どう言う事ですかな?」


天狗は手を軽く握りなおした。


「ウフフッ・・・。身構えちゃって。天狗って生き物は本当にカワイイわね」


女は瞑っていた目をうっすらと開けた。光を反射しない、漆黒の瞳。心の闇よりも暗く、醜い色をしたそれははっきりと天狗を捕らえていた。


「これから知らせに行くんでしょう?あのヤマアラシとか言う憎たらしい天狗に」


「人間の暮らしを脅かそうとする貴女には関係の無い事です」


冷静に言い放つ天狗だが、心の中ではこの怪しい女の事を恐れていた。戦えば勝ち目の無いことなど目に見えている。


「そう?なら・・・」


女は一歩、天狗に近づく。それと同時に天狗は大きく後ろに飛び退いた。


「やっぱり、そうみたいねぇ。・・・・・クスクス」


女はまた小さく笑う。


「・・・・何が可笑しいのです?」


天狗は戦う構えをとった。今飛び立ったところでもう逃げ切れない。


「何が可笑しい?アハハ!笑っちゃう!何が可笑しいかなんて・・・・・これから死ぬ貴方には関係の無いことよ」


冷たい風が吹いた。






「説得、と言われましてもねぇ・・・」


代は自室にある椅子に腰掛けて、お首様を説得する台詞を考えていた。


「ええと・・・何て言おうか・・・」


『おーい・・・』


「えっ?」


ふと『代』の・・・あ、いや、マリアの声が聞こえた気がしてあたりを見回す代。だが、目に映るのは普通の世界だ。


『やっぱりマリアって名前はナシね。私に合わないわ』


さっきよりもはっきり聞こえる。


「・・・どこにいるの?・・・・まさか!」


代ははっとして天井を見た。


『・・・馬鹿じゃないの?そんなところにいないわよ。第一、私がアンタの中から出られないの、知ってるでしょう?』


「ああ、そういわれてみればそんな気もするね」


独り言のようにつぶやく代。


「ってことは、私の中から私に話しかけてるってこと?」


『そういうこと。もちろん、あなたが見聞きしたこともぜーんぶ知ってる』


「・・・じゃあ、マリアを何か人形っぽいのに移し変えるって話も?」


『もちろん』


「ああ・・・聞いてたんだ・・・・・・」


『私は別に構わないわよ』


「えっ?」


意外な答えに、ふと不安になる。


「もしかしてよからぬ事をたくらんでたり・・・?」


『・・・・・さあね』


「えっ!?」


『フフッ。冗談よ』


「怪しいなぁ・・・・」


『・・・・ふ~ん。そんなこと思ってるんだ』


「え?」


『「もしかしてどうにかして私の体を乗っ取ろうとしてるんじゃないか」って思ったでしょ』


「すげぇ!なんで分かったの!?」


『あなたの考えてることも全部分かるわよ』


「じゃあ、私がしゃべらなくても思っただけで会話できるって事?」


『ま、そうなるわね』


「もー・・・・そういうのは早く言ってよ・・・・・」


『まあいいじゃないの。それより私、器を変えるなら、ほら・・・・アレ。アレがいいわ』


マリアが指示語で何かを言っている。アレってなんだ?


「アレ?」


『ほら、あんたの部屋の隅にあるあの変なヤツよ』


代は自分の部屋の四隅を見渡した。居間との間にあるふすまの端のほうに、一体大きなぬいぐるみが座っている。


「アレ?」


代は『りらっ熊』のぬいぐるみを指差した。


『そう、アレ。アレがいいわ』


「何?あの『りらっ熊』がいいの?」


『そうよ。しつこいわね』


「分かった。じゃあ山嵐さんにそう伝えておくね」


『それじゃ、よろしく』


マリアはそう言うと黙り込んでしまった。どうやらあの白黒世界に戻って行った様だ。


「・・・案外すんなり終わったなぁ・・・・・・・・・・・。あ、もうこんな時間か・・・・。夕飯つくらなくちゃ」


代は壁掛け時計を見ると、ゆっくり椅子から腰を上げ、居間へのふすまをすっと開けた。


居間では白が、代に背を向けながらテレビを見ている。


「誰と話してたの?」


テレビを見たまま、白はそう言った。


「あ、聞いてた?お首様と、ちょっと話してた」


すると代はゆっくり振り返り


「あ、そうなんだ・・・。私はてっきり電話だと思ってたよ」


「ああ、やっぱり私以外には聞こえてないのね」


「・・・・みたいだねぇ。何かあったの?」


代は白にさっきあった事を事細かに説明し始めた。


白はしばらくそれを聞いていたが、一言


「・・・・代の説明、何言ってるか全然分からない」


その言葉は代に大ダメージを与えた。



「ほうほう。じゃあ、交渉はうまくいったという訳ですな」


居間に山嵐の声が響く。そのすぐ後に、天井からなにやらガタガタという物音がしてきた。


バキッ と、何か、木製の物が折れたような音がした。天井の一部がスススと開く。天井に空いた畳半畳ほどの暗闇から埃まみれの山嵐が軽やかに下りてきた。


「天井裏から参上、山嵐~」


居間が一気に埃っぽくなる。


「・・・・ねえ、山嵐よ」


白が天井を見ながらしゃべる。


「お前、天井裏で何か壊さなかったか?」


「壊した?・・・・ああ、これね」


山嵐は懐から、ちょうど真ん中で折れている木製の札を取り出した。


「ああっ!!それ!壊しちゃったの!?」


白の表情が一気に悲しげなものへと変わる。(白にとっては)なかなか深刻な状況のようだ。


「まあいいじゃん。かわいそうな妖怪を一匹逃がしてやったと思えばさ」


打って変わって、山嵐はまったく気にしていないようなそぶりを見せる。


「あー・・もうやばい・・・・私死ぬかも。ねえ、代・・・・どうしよう・・・・」


何か心配そうな顔をしている白。何か、白にとってまずい状況なのは間違いなさそうだ。


「まあまあ、落ち着いて・・・・。一体、アレは何なの?」


代は気になっていたことを聞いてみた。


「アレ・・・・あのお札は、ちょっと前に・・・と言っても、二百年くらい前の話なんだけどね・・・。境内をうろついてた結構強そうな鬼をね・・・・その、なんと言うか・・・背後から襲ってそのまま封印しちゃったと言いますかなんと言いますか・・・」


「要は不意打ちして鬼を捕まえたと言うわけですな」


代は一人で納得する。


「で、それがどう問題なの?」


すると山嵐が口を挟んだ。


「知ってる?鬼って言うのは、本当はフェアが信条な生き物なんだ。名のある鬼はみな気高く、フェアプレー精神を持っている。それゆえに、アンフェアなことは絶対に許したりしない。そういう奴らなんだよ」


「へー・・・。つまり、鬼と戦うときはフェアにいかなくちゃダメなのに白は不意打ちを入れたと」


「そゆこと」


山嵐は代のお茶を勝手に飲んだ。


「あーヤバイ。境内にいるよこれ・・・・どうしよう・・・」


白は部屋の隅でガタガタ震えている(イメージ的に)。


「・・・・・仕方ないから、私が行って話してくるよ」


代は白の分のお茶を一気に飲み干すと、玄関へ向かって歩き出す。


「あ、そう?気をつけてね」


山嵐は特に白を心配するような素振りは見せなかった。






代は、玄関の戸をそっと開けると、境内のほうを覗き込んでみた。なるほど、確かに鬼がいる。


暗くてよく分からないが、皮膚の色が少々赤黒い。鬼というからトラのパンツを穿いているのかと思っていたが、服装はなんだかサムライみたいな感じだ。体型はなんかこう、筋骨隆々としている。まさに鬼。


代は覚悟を決めて境内へ飛び出す。そして


「やあやあ、我こそは、白山神社が代わり人、御社の代である!」


と、声高々に名乗った。


すると鬼は目を丸くし、少し間を空けてから


「はあ・・・・・そうですか」


と言った。あれ、意外と反応薄いな。


次に何を言おうかと考えていると、いつの間にか鬼が目の前に立っていることに気がついた。その瞬間、代は何とも言えない恐怖を感じた。


「うわっ・・・・・」


小さく声が出る。代は腰を抜かして石畳に座り込んでしまった。さっきはなんとかなるだろうと思っていたが、冷静に考えてみるとそんなに甘く事が進むはずが無い。


鬼の身長は代の二倍ほどある。やろうと思えば片手だけで代の体を握りつぶすのも容易だろう。


「お主」


鬼がそう話しかけてきた。代は恐怖で何も言えない。


「お主・・・御社元をしっているか?」


「・・・・・えっ?」


「だから、御社元を知っているかと聞いているんだ」


「・・・・い・・・いえ・・・・」


「・・・・そうか。手間をかけたな。また出直すとしよう。もしも、そいつが戻ってきたら『八郎が会いにきた』と、一言伝えてくれ」


そういうと、鬼は境内を戻り、階段をゆっくりと下りていった。


「行っちゃったねぇ」


代の背後から山嵐の声がした。


「まさか、鬼に向かっていきなりあんな風に名乗るとは思わなかったよ」


すると、山嵐が来たのと、鬼が去ったことによって緊張の糸が切れたのか、代は


「・・・う・・・・うぅ・・・・・・・怖かったよぉぉぉ!!」


と、座りこんだまま山嵐に抱きついて泣き出した。


「あーはいはい。よしよし・・・・・・・ったく、面倒な娘だな・・・」


山嵐の口から、ボソッと本音がこぼれた。

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