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時期

白はガラガラッと音を立てて浴室の戸を開けた。湯船で泳いでいた河童たちがいっせいに白を見る。


「うわっ、妖怪ヒト多いなぁ・・・」


だがそれも一瞬で、河童たちはまた泳ぎだしたり水を掛け合っていたり。


「やっぱこの時期だし、みんな考えること同じなのかねぇ」


「まあまあ、いいでねぇか。ここは皆の風呂なんだしよ」


久々に聞く声。これは狸の声だ。


「あら狸さん、お久しぶり」


白は体に水をかけながらそう言う。


「今日は銀次さんと幽次さん一緒じゃないの?」


さっと体を流し終えて水風呂に浸かった。


「ああ。あいつらは人界でも仕事してるからなぁ。多分そっちだろうよ」


「ふーん・・・。そう言えば狸さんはどんな仕事してるの?」


狸たちとの付き合いは長いはずなのだが、白はそんなことも知らないらしい。


「わしは何もしとらんだ」


「ほうほう、じゃあどうしてあんなにお酒調達できたりしてるの?やっぱ物々?」


物々、とは物々交換の意味だ。


「ご名答。さっすが、白山の神様だけあるねぇナメられてるけど」


「えっ!私ナメられてたの!?」


驚きの顔を隠せない白。まあ、ナメられても仕方がないとは思うのだが。


「・・・自覚しとらんかったんか」


「もちよ」


「(・・・こりゃ大物になる予感だな・・・・・)」


「・・・私そんなにナメられてた?」


おや、意外と気にしているらしい。


「んまあ、その話は置いといて・・・代ちゃんはどうした?」


狸はきょときょとと辺りを見回した。


「代?代なら多分自分の部屋に居るんじゃないかね。私の部屋エアコン壊れちって」


「そうか・・・残念。若い人間のオナゴの体が拝めると思ったんだがなぁ・・・」


「えっ」


「冗談じゃ」


「ですよね」


「ああ残念」


「このエロ狸め」


「何とでも言え。エロは人生の潤滑油じゃ」


「ほほう、じゃあ狸さんが毎晩飲んでるお酒は何なの?」


「あれはエロスの一種じゃ」


「嘘ォ!酒がエロスなんて聞いたことない」


「ん?何かエロい話でもしてんのか?」


向こうのほうから河童が一匹泳いでくる。どうやら白たちの会話を聞きつけたらしい。


「うわっ、面倒なのが来たよ・・・」


白はちょっとうんざりした顔をする。


「面倒って何だよ面倒って・・・。で、何のエロ話?」


この河童、エロへの食いつきが半端ではない。


「なんでもないぞ河助よ、エロの話はもう終わった」


狸が河童を落ち着かせる。


「何だ、つまんねぇの」


河助と言われた河童はしぶしぶ元の場所へと戻っていった。


「・・・・まったく、河助も昔はあんなんじゃなかったのにねぇ」


狸の耳の近くで小さく白が喋る。


「同感じゃ。いめちぇんとか言うヤツじゃろう」


狸は小さい声でそう返した。


「イメチェン、ねぇ・・・」




場所は変わって代の部屋。

代は夏バテのせいか、日ごろの疲れのせいかは定かではないが、とにかく座りながらうつらうつらしていた。今にも眠りそうだ。


「・・・・・・・・っ!?」


ヨダレが垂れそうになって慌てて目を覚ます。


「・・・・危ない、寝るとこだった・・・・」


自室の辺りを見回しながら、口から少し垂れたヨダレを袖で拭く。お行儀が悪い。


「姫、お行儀が悪いでござるよ」


代の後ろで声がする。


「うわっ・・・・・・・驚かさないでよ」


そう言うと代は赤面した。ヨダレの件の一部始終を次郎に見られていたからだ。


「姫、やはりヨダレは、はんかち、なる物で拭いたほうがよいのでは?」


「分かってるよ・・・・・もう・・・・。と、とにかく!今のは秘密だからね!」


「姫のご命令とあらば、誰にも話しませぬ。ご安心なさりませ」


一瞬、次郎の顔に黒い笑いが見えたような気がした。


「ま・・・・まあ、とにかく秘密だよ!」


「しかし姫も変わったお人でござるな。あの山神なぞヨダレをたらしながら堂々と居眠りしているというのに」


なかなか容易に想像できるシーンだ。


「私はそういうの、一応気にしてるからねぇ・・・・・」


よっ、と代は立ち上がる。


「まっ、やっちまったモンは仕方ないか!」


開き直る代。


「さて、境内の掃き掃除でもしてこようっと」


そういうと代はいつもより少し早足に出て行ってしまった。やはり少しは恥じているようだ。



「いやー、まさか代ちゃんも口開けて寝る族だったとはねぇ・・・・・・意外だね」


ガタッと音がして、代の部屋の天井の一部が開き、そこから山嵐が顔を覗かせた。


「むむっ、お主、覗きか」


次郎が反応する。


「まあ待てよ。別に今回は覗きする為に来てるわけじゃないんだ」


奥歯に物の引っかかったような言い方をする。いつもなら覗き目的できているのだろうか、と次郎は思った。


「次郎とか言ったな」


山嵐がそう話しかける。


「ああ」


「僕は今ね、代ちゃんが寝たときの様子を監視するために色んなところに隠れてる訳さ」


「(・・・・・怪しいな)」


目を細める次郎。これは疑惑の目だ。


「まあ別に、何か起きたとしても僕は何にもしてやれないんだけどね」


「姫に何もしてやれないというなら、なぜ監視しているのだ?」


「・・・・・・言われてみればそうだ。確かに、何で監視してるんだろう?・・・・・・・・・・よく考えたら監視とかいらないよな・・・。じゃ、僕帰りますわ」


「ああ。気をつけてな。あと天井きちんと元通りにしていけよ」


「分かってるよワンちゃん」


「分かればよろしい」


山嵐は結局何がしたいのか分からないまま山へと戻っていった。自分でも何をしているか分からないのはまあよくあることではある。


「まったく・・・・・最近は騒々しいのう」


次郎はボソッとつぶやくと、代の部屋の座布団の上にとぐろを巻いて昼寝を始めた。まだ昼ではないが。




境内に、風で落ちてきた葉っぱを竹箒で掃くサッサッという音が響いている。いかにも神社っぽい音だ。


「うん。やっぱり代ちゃんが掃き掃除をするときの音はいつ聞いても心地がいいね」


聞き覚えのある―――多分鈴之だろう―――声が上から聞こえた。代は掃く手を止めて、自分の上にある木の枝を見上げた。


「あら、鈴之助さん。そんなところで何してるの?」


「決まってるよ。また代ちゃんが熱中症で倒れたりしないか見守っているのさ」


なんだ、こいつもストーカーもどきか。


「そう。ありがとう」


ニコッと笑う代。この笑顔はもう天使のようだった、と後に鈴之助は山嵐に語っている。


「いやいや、とんでもない。大事な恋・・・じゃなくて、代わり人が熱中症でまた倒れたりしたら、妖界への扉を開こうと狙ってる奴らに絶好の機会を与えることになるからね」


「え?妖怪への扉?」


聞きなれない単語が代の耳に飛び込んできた。まあ妖怪自体普通は聞かない単語なのだが。


「あれ?山神から聞かされてなかった?妖界への扉の話?」


鈴之助は意外だ、というような顔をする。


「うん」


「・・・・まあ、ちょっと話すくらいならいいか。この白山には、人界と妖界をつなぐ」


「ああ、ヨウカイって、妖怪の世界で『妖界』なんだね」


やっと納得の表情を見せた代。


「・・・・そうだよ。で、話を戻すけど、まあその二つの世界をつなげる扉がこの白山にあって、でその扉が開かないようにする、いわばつっかえ棒的存在なのが、『代わり人』って訳さ。代わり人がここから離れてしまうと、その扉を押さえる存在が居なくなってしまうから外部から容易に扉を開けることが出来てしまうんだ。もし妖界への扉が開いたら・・・」


「ハイそこまで~」


鈴之助の声を遮るように山嵐が境内の反対側から声を発した。鈴之助の話が中断されたのを確認すると、ゆっくり歩いて来る。


「・・・代ちゃん、今君はお首様を説得することだけを考えて。ほかの事はきにしなくていいよん」


「でも・・・・今鈴之助さんが」


「その話は忘れろ」


一瞬、山嵐の目が鋭く光った。ほんの一瞬の出来事だったが、代は恐怖で言葉が出なかった。


「まあ、時期が来たらこっちから話すから、別に代ちゃんが何か気にするようなことじゃないよ」


もとの優しそうな目に戻っている。さっきの、あの鋭い眼光は気のせいだったのだろうか。


「ほら、鈴之助も代ちゃんに変なこと教えちゃ駄目じゃ~ん・・・」


「・・・・・すまない・・・・・・・」


鈴之助は山嵐と目を合わせようとしなかった。やはり何かあるのだろうか。


「それじゃ、説得がんばってね~」


山嵐はそういうと、手を振りながらさっき来た方向へと戻っていった。


「・・・・じゃ、僕も帰るとするよ。ほんと、ごめんね」


鈴之助も身軽な動きで、あっという間に代の視界から消え去っていった。境内には代一人、取り残されている。


夏場にもかかわらず、冷たい風が境内を走りぬけ、代が掃き集めた落ち葉を遠くへとさらって行った。











冷たい風に乗った一枚の木の葉が、とある山地の薄暗い廃神社にたどり着いた。苔むしてつちに埋もれかけた境内に落ちようとする木の葉を、白くて、細い指が捉えた。


「御社・・・・代・・・・・・・。あの人の同じ名前だわ・・・・・」


怪しげな女は指に挟んだ木の葉を嘗め回すように見ている。


「フフ・・・・・・・フフフッ・・・・・・・・・・・フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


狂気の高笑いが、陽の届かない、忘れ去られた地に響き渡った。

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