人形と封印と(ニ)
「やあ、代ちゃん。お風呂上りかい?」
スーツを着た役所男が居間から顔を出して話しかけてきた。
「うん。そんなとこ。いらっしゃい」
代はバスタオルで髪を拭きながら居間にやってきた。それを見た白が呆れ返る。
「代・・・袴くらいあっちで着けてきなさいよ」
「いいじゃん、別に。大宮さんなんだし」
「え?どう言う事?」
ちょっと驚く大宮。
「いや、特に深い意味は無いよ」
そういうと代はバスタオルを次郎の背中に乗っけた。
「じゃあ次郎。このタオルも干しといてね」
「了解いたしましたっ」
次郎と言われた犬は長い廊下をツカツカ音を立てながら行ってしまった。それを見送るとたんすを漁る代。どうやら袴を探しているらしい。
「・・・なんだかだんだんとあのワンちゃんの扱いが雑になってない?しかもあれ、狼じゃないの?」
少し苦笑いの大宮。まあ確かに犬にタオル干しを頼むのもどうかと思う。
「ま、いいんじゃない?あの犬は好きでやってるみたいなんだしさ」
白が大宮の持ってきた差し入れの『ひよっこ』の包装を雑に引き裂きながらそう言った。
「お、あったあった」
代の方は袴を見つけると隣の部屋に行ってしまった。
「それにしても代ちゃんがこんな時間に風呂なんて珍しいね。なんかあったの?」
「目覚まし時計が止まってて鳴らなかったらしいよ・・・・・・ムグムグ・・」
「ははあ、寝坊ってことか」
「そゆこと・・・・・・ムグムグ・・・・・。もう一個いい?」
白は箱の中のひよっこにまた手を伸ばした。このままではひよっこが全滅するのも時間の問題だろう。
『ウワータベラレチャウヨ!タベナイデヨ!タベナイデヨー!』
「・・・・・大宮さん!」
大宮の台詞のせいで少しひよっこが食べづらくなった白。
「あーん・・・」
『ウワァ!クワレルゥー!サヨウナラオカアチャン!サヨウナラキョウダイタチ!サヨウナラ!!』
「うーっ!!大宮さん!やめて!」
ちょっと怒った白。
「ごめんごめん。早く食べないからちょっといたずらしたくなっちゃってさ」
「もー・・・・・。それじゃ、いただきます」
はぐっ
『グアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!』
「むわっ・・・・もーみままん!!」
ひよっこを口に含んだまま何か言おうとしたため変な風になった。
「分かった分かった。悪かったよ」
そんな遊びをしていると、隣の部屋から着替え終えた代が戻ってきた。
「あれ、何やってたんですか?」
「今?ひよっこの気持ちを代弁してたところ」
大宮は代にもひよっこを投げ渡す。
「何か面白そうですねぇ」
「面白くないわよ!」
白はお茶を飲み干してそう言った。ちょっと機嫌が悪そうだ。
「ははは、ごめんごめん」
大宮が白の頭をなでると、たちまち上機嫌にもどる。やはり、山の神様の習性なのだろうか?
「・・・さて、じゃ、僕はそろそろ職場に戻るとするよ。そんなに長くいる予定じゃ無かったしね」
大宮はよっと立ち上がった。
「えーっ、大宮さんもう帰っちゃうのー?泊まってったらいいのにー!」
「ごめんごめん。夏場はエアコン故障が多くてこっちも忙しくってさ。それじゃ、また来るよ」
そう言うと公務員は颯爽と帰っていった。
「あー・・・・帰っちゃったよ・・・。ところで代。ひよっこ、まだいる?」
箱の中のひよっこはあと三匹生存している。
「そうだね・・・あと一個ちょうだい」
「ほい」
白は代にひよっこを渡すとグフフと怪しげな笑いをしながら自室に戻っていった。そんなにひよっこが好きなのだろうか?
居間に一人残された代。時計を見るとまだお昼には程遠い。
「さて、お昼まで何しようかな~・・・」
ぐぅぅぅぅぅ
突然代のおなかが鳴いた。そういえば今朝から何も食べてない。
「・・・・まずはひよっこ食べるか」
代はひよっこの包み紙を丁寧に剥がした。そして
「いっただっきまーす」
ひよっこの頭からかじる。残りは胴体半分だけとなった。本物だったら多分即死だろう。変なこと考えさせるんじゃない。グロいだろう。
「んんーーー・・・・おいしい」
代は午前の至福の一時を満喫した。
代がお茶を飲んでゆっくりしていると、突然後ろの障子が開いた。
「いやぁ、こんにちは」
突然の訪問者は、神出鬼没の山嵐だった。
「うわ・・・・。びっくりさせないでくださいよ・・・」
「いやいや、実は知らせたいことがあってねぇ・・・。よっと」
山嵐は下駄を脱ぐと縁側に飛び乗った。
「代ちゃん、君の体の中のお首様を開放しようかと思うんだね」
「・・・・・・というと?」
「君は自覚していないだろうけど、やっぱり代ちゃんの体には負担が大きすぎるんだよねぇ。で、このままほっとくと、多分君大変なことになるというかなんと言うか・・・・」
「大変な事って・・・?まさか、死ぬとか!?」
「うーん・・・まあ・・・・社会的に死ぬというかなんと言うか・・・・まあ、とにかく代ちゃんにとっていいことがない訳だ。で、なんとこの山嵐、一晩寝ずに考えました!で、その案というのがだな・・・その前にお茶ちょうだい」
代は急いでお茶を淹れて山嵐に手渡した。ゆっくりとそれを飲む山嵐。
「・・・・・・・・ふう。あー・・・・久々のお茶はうまいねぇ」
一気に和みムードの山嵐。
「で、山嵐さん、その案というのは・・・」
「案?・・・・ああ、あれね。代ちゃんの中からお首様を引きずり出して、別の人形に封じ込める。わら人形とか」
「藁人形?ちょっと酷過ぎませんか?」
「じゃあガンプラ」
「それはそれでかわいそうですね・・・・。まあ、とにかく聞いてみます。一応同意は取っといたほうがいいですよね?」
代は自分の胸の辺りをさすりながらそう言った。
「もちよ。同意取っといたほうが安全に事を進められるねぇ。途中で暴れられたりしたら、多分代ちゃん内臓が飛び出し・・・」
「え゛っ・・・・・」
「までは行かないけど、多分一生昏睡状態になったりするんじゃないかな。というわけで交渉よろしく」
「了解です。まあ何とかやってみます」
「よしよし。それじゃ、また来週来るから。じゃね」
そう言うと山嵐はふっと消えてしまった。飛び去ったわけではないので多分妖術の一種か何かだろう。
「来週って・・・・遠すぎじゃないかなぁ・・・」
代は突然不安になってきた。今まではお首様とは一応いい感じに接してこれたが、この話をしたらどうなるのだろう。激怒されたら多分代では勝ちようが無い。
「(どうしよう・・・・)」
代は二匹目のひよっこに手を伸ばした。
「あづいーーーー!」
突然白が代の部屋にやってきた。代が居間から自室へ移動し、座って一息ついたらの状況だ。ちょっとタイミングが悪い。
「あれ、どうしたの?」
代が聞く。
「部屋のエアコン壊れたー・・・あづいー・・・」
「水風呂にでも入ってくれば?」
「その手があったか!」
白は代の提案に乗っかることにした。確かにあの風呂の広さなら水を張れば軽いプール程度にはなる。白は部屋を飛び出していった。
「・・・・・・ほんと、どうしようか・・・」
代は悩んでいた。言うべきか、言わざるべきか。
「・・・・・・・・・・・・やっぱだめだ。どうしよう」
代は、今までもったことの無い、恐怖ににた感情を感じていた。途中で暴れられたら内臓が飛び散るとか言っていた。かなりグロいことになる。それだけは避けたい。
「言ったほうがいいのかな・・・・でもなぁ・・・」
「姫、いかがいたしました?」
椅子の下からにゅっと次郎が出てきた。どうやら話を聞いていたらしい。
「次郎・・・私どうしたらいいんだろうね」
「話してみては?何かございますれば、その時はその時でございましょう」
「・・・・まあ、それもそうだね。話してみよっか」
代はほんの少しだけ心が軽くなった。この程度で軽くなるのはまあどうかと思うがそれが彼女のいいところ(?)なので特に口出しはしないでおこう。