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風鈴とお人形さん(イ)

時が過ぎるのもあっという間で、白山にももう夏が訪れた。アブラゼミのやかましい声が耳を刺す。そんな、夏の強い日差しの中でも、代は境内の掃き掃除をしていた。


「よく姫はこの灼熱の日差しの中掃き掃除なぞしておられますなぁ……」


木陰でだれている次郎。犬には確かにこの気温はつらい。


「まあ……暇だしさ……。でも長時間やってたら日焼けしちゃうなぁ」


代は被っていた大きな麦わら帽子をひょいと上に上げると、真っ青な空にどんと居座る入道雲を見上げた。遠くでは雷の音がする。もう少ししたら、この辺りもあの厚い雲の下に入るのだろう。





そんな代を、白は障子を開け放した居間から見ていた。

「よくもまあこんなに暑い日に外に出ようと思うもねぇ。熱中症になっても知らないんだから」


「人間の考えることはよく分からないもんね」


瀞も同感な様だ。ちなみに瀞は天の羽衣が乾くと神社から出て行ったが、一昨日また帰ってきたのである。


「ま、とりあえずスイカでも切ってこようかな。確か冷えてたはずだし」


白が立ち上がろうとする。それを瀞は


「あ、いいよ私やるから」


と言って座らせた。いいぞ瀞。白に切らせるとどうなるか分からない。


「そう?じゃ、私はお茶でも入れようかな」


「うん。それがいいよ。だってあんた昔それで包丁振り回して当時の代わり人の右手首をスパッと」


「その話はしないでっ!」


マジ顔になる白。自分の中でも淀んだ記憶のようだ。まあ、そんなわけで周囲の人たちは白に包丁を握らせたくないらしい。



白がお茶を淹れていると、次郎が息を切らしながらやってきた。


「どうした次郎?暑いのか?」


「姫がお倒れにならせられました!」


「えっ!?」


白は履き物も無しに居間から境内へと飛び降りた。少し向こうの陽向ひなたには箒をつかんだままの代が倒れている。


「代!しっかりなさい!」


揺さぶってみたが、代は反応しない。するとそこへどこからともなく山嵐が現れた。


「あらん?熱中症?」


山嵐はそう言って代の顔をのぞき込む。やはり顔色は悪かった。


「どどどどうしよう……」


何をしていいのか分からなくてオロオロしている白を横目に、山嵐は代を日陰まで運んだ。


「そこの狼男。代の足が心臓より高くなるようにしてくれないか?」


そう言われた次郎は迷うことなく代の足を背中に乗せて伏せをした。


「山神、氷とタオルをたくさん持ってきてくれ」


「わ……わかった」


やり手の経営者のような指示が山嵐から放たれる。その指示は少しも迷いがなかった。なんか医者みたいだ。




「……………っ。?」


ふと気付くと代はまたあの真っ白な世界にふわふわ漂っていた。


「またここか……」


ここにくるのは二度目。代はここがどこなのか分かっていた。とりあえず前方に見えているモノクロに見える神社へ向かってふわーっと移動した。

近づくと分かるのだが、この神社、本殿だけしかなく意外と小さい。賽銭箱をよけ、階段を上ってゆっくりと障子を開けた。


「…………あり?」


障子を開けたにも関わらず、中から声がしないのに代は拍子抜けした。気になった代はそっと中を覗いてみた。中ではモノクロの『代』が横たわっていた。肩の辺りが動いているので、どうやら眠っているらしいことが分かる。


代はニヤッと笑った。サンダルを脱ぐと眠っている『代』に近寄った。そして耳元に顔を移動させ


「起きろーっ!」


「うわぁぁぁぁっ!?」


寝ていた『代』はばっと起きあがった。それとほぼ同時に鼻の辺りを抑えてうずくまる代。


「うぐぅ…………」


代から呻き声が漏れる。状況が理解できていない『代』は少々戸惑っていたが、直に全てを理解した。


「………何やってんの?」


代に、少し心配そうに話しかける『代』。

「鼻が………」


代は目に涙を浮かべながらそう答える。どうやら『代』が急に起き上がったとき頭が代の鼻を直撃したらしい。


「バカな事するからよ。ところで、何でこんな所にいるの?」


「わ……わかんらひ」


「わかんらひ?」


「わかんらひ!」


「えっ?」


「………………っぁぁ。痛かった……。わかんない、と言いたかったわけですよ」


「代……だっけ?」


『代』は首を傾げる。


「そうだけど……もう名前忘れた?」


代はほんのりと目を落とす。


「あ、いや、忘れたわけではないんだけど、自分と真同じな人間が居るとどうもね……」


そう言って顔をしかめる『代』。そう言えば『代』は、いつもここに一人で居るのだろうか、代はそう思った。


「あ、そうだ。だったらさ、あ」


『代』が何かを言おうとした、そこで代の記憶はとぎれた。





「う………………んぬぐぐぐ………」


キラキラ光る何かが代の顔を照らしている。それが木洩れ日だと分かるまでに少し時間がかかった。気持ちが悪い。だるい。


「姫、お目覚めでございますか」


ふくらはぎの下で何か毛むくじゃらの生き物が動いた。少し頭を持ち上げ、目を声のした方に向ける。そこには次郎が居た。


「あぁ……………」


代はまた目を瞑る。夏のむわっとした風が木の葉を揺らしながら吹く音に紛れて、足音が近づいてくるのが分かった。


「どう?」


男の声がする。この声は聞いたことがあるなぁ……。確か……山嵐さんだったっけ?


「お目覚めになられた」


この声は……次郎だよね。


「やあ。生きてる?」


あれ、なんかこの間会った時と比べると、なんか感じ違うなぁ……。


「ええ……なんとか……」


喋ると頭が痛い。何でだろう?why?


「熱中症だよ。しばらく安静にしてなさい」


代はまた、妙な違和感を感じつつ、また眠りに落ちた。境内の木陰で。




「あのさぁ……あの山嵐、何かおかしくない?」


スイカにかじりつきながらそう言う白。隣では瀞がスイカの皮にかじりついている。


「そうねー……。確かになんか変だよねぇ。ノリとか。あいつも熱中症なんじゃん?」


スイカの皮を食べる、瀞。


「………あんた、実も食べたら?」


「私なぞ皮で十分でござんす」


白が差し出したスイカを瀞はさらっと断った。


「スイカの皮はね、一度食べ……」


瀞の言葉が途中で消えた。


「ん?どーした?」


白はふっと横を見る。横にいる瀞の目は境内をじーっと見つめていた。それに釣られて白も境内を見た。境内には三人と一匹がいた。三人……?


「えっ?」


代の動きが固まる。なんと、境内に山嵐が二人いるのだ。瀞が固まるのも、何となく分かる気がした。





その頃境内では……(代は眠っているので出てきません)


「やあ。何やってんの?」


山嵐に近づく山嵐。


「何って、看病さ。代ちゃん熱中症みたいでさ」


そう答える山嵐。


「ふーん………だったら自分の姿ででてくりゃいいのに」


「そりゃ無理さ。だって初対面の僕がいきなり出てっても『誰?』ってなるのは必至だろ?」


その会話を目を丸くしながら聞いている次郎。


「んー……。まあそうなるね。でも、何で代ちゃんを助けてあげようと思ったの?」


「それは……」


「それは?」


「それは……また今度、かな」


代の近くにいた方の山嵐は、そう言うとふわーっと、周りの景色にとけ込むようにして消えてしまった。


「ふぅ。全く、モテるってのもたいがいにしてほしいなぁ……」


本物の山嵐はそうつぶやいて、木陰で眠っている代に目をやった。




一段落つくと、山嵐は神社の縁側に近づいた。まだ白と瀞は固まっている。その固まっている瀞の手からスイカの皮をするりと抜き取るとかじり始めた。




「んー………やっぱ、スイカは皮に限るねぇ」

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