次郎
「かといって、危険な引っ掻き痕って訳でもないみたいだしなぁ……」
白はそう続ける。
「何か変な気感じる?」
「んー………。何か外国っぽい」
瀞は代の着物を元に戻しながらそう言った。
「で、結局のところは?」
やはり気になる代。が、答えは
「………さっぱり分からない」
白と瀞は両手を肩のあたりまであげた。
「とにかく、代。今から私をそこに案内してくれる?」
「いいけど……」
「あ、私も行くから」
白は何故か手を挙げた。
三人は神社を出ると、鳥居と反対側にある鎮守の森的立ち位置の木々の間を通り、山を登っていった。
歩くこと二十分。ようやく目的の場合に到着した。
「ほら、あそこ。お地蔵さんが十二体」
代はかろうじて地蔵と分かる程度の石が円を描くように並んでいる場所を指さした。
「これかー……。やっぱり封印だね…………あ?何か一体倒れてるけど……」
瀞は倒れている地蔵を足でつつきながらそう言った。
「あー……。暗かったし、怖かったから………。もしかしたら蹴っ飛ばしちゃったかも………」
代は苦笑いした。
「ふーん……」
しかし瀞は一つ引っかかるところがあった。
「(この地蔵………蹴ったくらいで倒れるようなモンじゃないんだけどな……)」
少ししてから、白が恐る恐る近づいてきた。
「ど……どうだった?ここからじゃ妖気も霊気も感じないんだけど……」
動きがかたい。緊張でもしているのだろうか。
「どうしたの?と言うか、自分の山なんだからこんくらい把握してんじゃないの?」
痛いところを突く瀞。
「あ、いや……この山さ……ちょっと歩くだけでも必ず死体見つけちゃうからさ……あんまり歩きたくないんだよね……」
「(その割には変なみかん取って来たりとか、色々うろついてるみたいだけど……)」
代はそう思った。
確かに、この間の人面みかんを取って来たのは白本人だ。
「ん………じゃ、白が吐く前に神社に戻るかな」
瀞はそう言うと、白の背に手を回した。
「そう?じゃ、私も」
代も戻ろうとする。その時
「姫ーっ!」
と言う声とともに、狼が一匹代のそばに走り寄ってきた。
「きゃぁっ!」
代はその場に尻餅をついた。なんせ向こうからデカい犬が走ってくるのである。腰が抜けても仕方がない。
「姫。驚かせてしまい申し訳ありませぬ」
狼はそう言って代の前に座った。
「狼………?」
遠くで瀞がつぶやいた。
「あ……人違いじゃないですか?私……お姫様じゃないです」
まだ動揺している代。目があちらこちらに泳ぐ。
「いえ、人違いではございませぬ。あなた様は姫様でございます。匂いで分かりまする」
狼は代の目を見てそう言った。狼なのに喋る、と言う点は誰もつっこまなかった。
「でも、人違いですって………」
「いえ、あなた様の背中には失礼ながら私めが付けた印がございます。故に、あなた様は姫様に間違いございませぬ。ですからこれからは、姫様の身を、我が命を懸けてお守りしてゆきたいと思いまする」
狼はどうやら代に仕えたいらしい。
「そんなこと言われても……」
「私は、姫様に封印を解いていただいたご恩を忘れませぬ」
狼は退かない。
「……もしかして、あなたは封印を解いた人イコール主人だと思ってたり?」
「そうにございます」
「あー……そっか………。でもごめんね。うちワンちゃん飼えないんだ」
「いえいえ、たいていのことはできまする故、その点は心配ご無用にございます」
犬………ではなかった狼はそう言って胸を張った。
「ま、いいんじゃない?自分でいろいろ出来るって言うんだしさ」
遠くからそう言う白。
「ん〜……じゃあいいよ」
軽いぞ、代!
「では、姫。これより我が生涯かけて姫を守りまする」
狼はそう言って頭を下げた。
「でも、そんな姿で代を守れるの?」
またもや白。
「うぬ、その点は心配ござらぬ。姫をお守りするときは元の姿に戻る故」
「元の姿?」
代は不思議そうな目で狼を見た。
「ならば、一度元の姿に戻りまする」
狼はそう言うと後ろ足二本で立った。上半身が突如膨れ上がり、手足には五本の指に鋭い爪、顔はしかし狼のまま、まさに、狼人間が姿を現した。
「すっごーい!」
代は狼人間を見上げてそう言った。と言うのも、狼が元の姿に戻ったせいで代との身長差が頭二つ分ほど出来てしまったからである。
「あれは………狼男?」
瀞が小さくつぶやいた。すると
「狼男か。麓に降りた時に出会った少年にも同じことを言われた」
狼に聞こえていたようだ。
「では、そろそろ変身致しまする」
狼男はまた狼に化けた。
「ところで、あなた名前はなんて言うの?」
代が狼の頭を撫でながらそう言った。
「名前はありませぬ。姫から頂戴できれば光栄にございます」
「ん〜……そうだな〜………。じゃあ、次郎とかどう?」
「次郎、でございますか。では、その名、有り難く頂戴致しまする」
狼の名前は次郎に決定した。一発オーケーだ。しかし、何故次郎なのだろうか。
「では姫、帰りましょうぞ。ささ、背にお乗りくだされ」
「え……でも、私重いよ?」
少し戸惑う代。
「心配ご無用にござる。万が一、拙者が潰れて死んだとしても本望にござります」
「あ〜……そこまで重くないかも」
「では。ささ、お早く」
代は取りあえず次郎の背に乗ってみた。意外としっかりしている。それにもふもふしていて気持ちがよい。
「うわ〜……なんだかもののけ姫みたい」
代は感動した。
すぐに次郎は瀞達に追いついた。
「そこのお二方も乗られるか?」
次郎は実に紳士的だ。
「あ、そう?乗せてくれるなら、乗ろうかしら?」
瀞は少し嬉しそうだ。さすがに白を支えたまま神社に戻るのは厳しいらしい。
「あ〜……もふもふの布団が……」
白はと言うと、歩く気はまるでないようだ。
「姫、構いませぬか?」
次郎は代の方を向いた。首がみよんと延びて見えるのは多分気のせいだろう。
「私は構わないけど、次郎は大丈夫なの?」
家来を心配する代。
「姫。もしも今拙者が潰れて死んだとしても、姫からそのいたわりの言葉をいただけただけで幸せにございます」
「さっきと同じ返し方しないの」
代は次郎の耳を引っ張った。
「ははは。では、そこのお二方もお乗りくだされ」
少女一人と、見た目は少女二人を乗せた大きな狼は、所々道を間違えながらも神社へ、ゆっくりと戻っていった。
三人と一匹が神社に戻った頃には、もう時計が三時過ぎを指していた。
「ありがとうね。次郎」
代は次郎の背から降りると、頭をなでた。
「いえいえ。これくらいのこと何でもありませぬ。……………あー重かった」
「あれ?今最後小さい声でなんか言わなかった?」
瀞が敏感に反応する。
「ん?気のせいでござろう」
普通に返す次郎。
「あら〜?おっかしいなぁ……」
「あ〜疲れた」
「ほらまた!」
「ん?気のせいでござろう」
「いや、今のは絶対に言った。ねえ白。聞いてたでしょ?」
「ん?」
反応したのは代の方だった。
「あ、こっちの白ね」
瀞はぐだっている山の神様を指さした。
「あー……?」
白はそう反応する。
「その様子じゃ聞いてないわね………」
「ま、取りあえず中入ろうよ。次郎は足ふき持ってくるからちょっと待っててね」
代はそう言って神社の中に入っていった。
「我が姫は実に心優しいお方じゃ。そなたらも見習ってはどうかな?そちらのおなごなどは儂の背中の毛をずっとむしっておったしな」
次郎はそう言ってぐだっている白に近づくと、前足で着物の背中にポンと足跡スタンプを押した。
「あら、随分ときれいにつくのね」
感心する瀞。
「うぬ。封印されている間、暇であったのでこの練習だけをしていたのでな」
次郎は目を細めて青空を見た。
まだ少し寒い風が吹く。
そんな空を、烏が一羽横切った。