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姫と獣人

新月の夜。白山の周囲の民家はすでに静まり返り、闇と静寂のみが辺りを包んでいた。


そんな中、一人、白山神社に向かって歩いている者がいた。

「………懐かしき景色……」

そうつぶやくと、それは唯一明かりの灯っている、白山神社を遠くから見つめていた。




ピピピッピピピッピピピッピピピッピピピピッピピピピッピピピピッピピピピッピピピピピピピピピピピピピピピピがちゃん!

「むぅ………」

布団からのびた白の右手が、騒がしくしていた目覚まし時計を黙らせた。

「んぬ……………」

寝返りをうつ白。そこに

ピピピッピピピッピピピッピピピッピピピピッピピピピッピピピピッピピピピッピピ

目覚まし時計の反撃。

「むぅ……………。うるさい」

手探りで目覚まし時計を探す白。が、どこにも見あたらない。うるささに耐えかねた白はやっと起きた。

「おはよう」

白の枕元には、鳴り続ける目覚まし時計を持った代が立っていた。

「うるさい、それ」

だるそうに立ち上がり、着替えを探し始める白。


暫くして、突然白が振り向いた。

「今思ったんだけどさ、代って癖っ毛だったっけ?なんだか代わり人って言うより西洋のお嬢様みたい」

「髪長いんだから仕方ないよ。………ちなみに私も今朝気づいた」

代もしきりに髪を気にしている。今まではストレートのロングだったのだが、今朝見てみると西洋のお嬢様の様になっている。

「やっぱり、お首様取り込んだ副作用かな?」

代は首をかしげた。

「えっ?困るよそれ〜……ねえ、どーにかならないの?」

しきりに髪を指でぐるぐるやっている代。よほど気にしているようだ。

「ん〜そうね〜………ストパーかけるとか?」

白は適当に返しておいた。


「えーと、今日は………ああ、私の番か」

白はカレンダーを見てそうつぶやくと台所へ歩いていった。番、と言うのは朝食当番のことだ。

「じゃあ私は掃き掃除でもしてこようかな」

そう言ったのは代。朝食当番でないときは、毎朝必ず掃き掃除をする、というのが代のルールだ。


サッとサンダルを履き、倉から移動させておいた箒を左手に取り、右手で引き戸の鍵を外し、戸を開けた。

すると、戸の目の前には何やら純白の着物的な何かが転がっている。

「ん?何だろ…?」

しゃがんで、不審物を確認する代。布をちょっと動かすと、変な金色の帯が出てきた。

「これって……天の羽衣ってやつ?」

代はさらに調査を続ける。さらに布をどかす。見えたのは人の顔だった。

「うわぁぁぁぁぁ!白ぉぉ!人が!天人が倒れてる!」

代の叫びは山に響き、後で聞くと麓にまで届いていたらしい。


廊下を走る足音とともに、白が現れた。

「天人?どこ?」

白は代の目を見た。

「ここ………」

代は玄関の戸の前からどく。すると、白からも倒れている人物が見えた。

「こいつ………」

白の表情が緩む。

「代、ちょっと手伝ってくれない?」

白がそう声をかける。

「………?」

「こいつをお風呂まで運ぶから、足持って」

「う………うん。でも、いいの?知り合い?」

まだ不安そうな代。

「うん。彼女はね、疫病神よ。前にも話したでしょ?この時期になるとここに来るって。まあ、今回はちと遅いけどね」



「せーのっ!」

二人して疫病神を湯船に投げ込んだ。すると

「うばっ!」

と、知らない声がした。

「や、お久しぶり」

白がほんのり笑いながらそう言う。

「……もー……なんで羽衣ごと投げ込むのかな?これ乾きにくいんだから……」

白が疫病神と言った人物はまず服の心配をした。

「天の羽衣は月の光に当てないと乾かないのにー……」

天の羽衣は濡れたせいで疫病神の体に密着している。

「とにかく、何か着替えください」

疫病神は湯船からあがってきた。

「ったく、めんどくさいもの着てるわねー……。代、着替えでも持ってきてやんなさい」

白は疫病神にタオルを投げつけるとそう言った。

「着替えかぁ…………わかった」

代はタンスのある部屋に向かった。




「あら、結構似合ってるじゃない。けど………」

言葉を止める白。

「何で真っ白なワンピースなの?」

すると疫病神は

「いや、そこの女の子が持ってきてくれたのを着ただけ」

と返す。

「この間ね、私の荷物の一部が届いたんだけど、その中にそれが入ってて、似合うかなって思って」

満面の笑みでそう言う代。

「でも………まだ冬よ?まあ、春には近いけどさ………」

苦笑いの白。対照的な笑みである。

「んー……まあ、とにかく座りなよ」

白はとりあえず疫病神を座らせた。

しばらくの沈黙。話題がない。

意を決して、代が口を開いた。

「疫病神さんは、なんて言うお名前なんですか?」

「名前?瀞って言います」

疫病神……瀞はそう答えた。

「トロ?」

「とろ」

「ふーん……。何だか変わった名前ですね」

失礼だぞ、代。

「ところで、あなたのお名前は?」

瀞は特に気にしていないようにそう言った。

「あ、御社代って言います」

「……こりゃまたずいぶん変わった名前ですね」

瀞も案外失礼だったが、両者とも気にしていないようなので良しとしよう。

「……で、あなたのお名前は」

瀞が白を見てそう言った。白は無言で瀞をたたいた。

「いたっ…………。もー、ノリ悪いなぁ」

疫病神はぶーぶー言っている。何に不満なのかよくわからないがとりあえず不満なようだ。

「ところで、瀞さんはいつもはなにされてるんですか?」

代が興味津々で聞く。

「いつも?監視されてますよ?」

「………いや、そうでなくて、いつもは何をなさってるんですか?」

「ああ、そっちか。いつもはですね、幸せなところからちょっぴり幸せをいただいて、不幸なところに幸せを分けてあげる、そんな夢のある仕事をしてますわ」

瀞はニコッと笑う。が、その後に白が

「ま。幸せ持ってかれる方はたまったもんじゃないけどね」

と続けた。

「んん……まあ、そうなんだけど………」

瀞はちょっとつまった。

「ま、いいでないの。その幸せをこの神社にも分けてやってんだから」

「あ、そうそう。そう言えばさ、『狼男』って知ってる?」

白は突如そう瀞に問いかけた。

「ま……まあ。西洋のアレでしょ?」

目を丸くしてそう答える瀞。どうやら白が何を思っているのか皆目見当もつかないようだ。

「最近ね、巷で狼男が目撃されてるんだって」

「そんな情報どっから仕入れてきたの?」

「文明の叡智から」

「インターネットね」

「ご名答。さっすがバイオテロリスト瀞ちゃんですこと」


そんな会話を、代は一歩退いたところから見ていた。

「(ああ………会話に入れないや……)」

歳の差、というやつだろうか。




「でね、その鬼がかわいそうなのよ。好物が大豆らしいんだけど、ちょっと食べただけで体中ボツボツだらけになっちゃうんだってさ」

「ふーん……」

楽しそうに各地の話をする瀞。それとは対照的に、白はとてもつまらなさそうにしていた。

「あとね、西国の村にも行こうとしたらね、道祖神のやつが邪魔してきたから蹴っ飛ばしてやったら殴られた。ほら、ここ」

瀞は白に左胸上部を見せた。確かに青あざができている。

「あー……道祖神は穏便なくせにね、ちょっと怒ると手が着けられなくなるからね」

白はどうやらやっと楽しい話題を振られたようだった。

「ところで代ちゃん。代ちゃんは道祖神に何かされたこととかないの?」

瀞が突然代に話しかけてきた。

「んなもんあるわけないでしょ」

白が話題をつぶそうとするのを、代の声が制した。

「あるよ」

「えーっ!?」

驚く白。あんなに驚く顔を見たのは久し振りな気がする、代はそう思った。

「暗い森の中でね、気づいたら十二体の道祖神に囲まれてた」

「ソレ道祖神チガウヨ」

瀞がガクガクブルブルしながらそう言った。

「多分昔の強力な結界だよ。……で、取り囲まれてたってことは、地蔵さんはみんな代ちゃんの方向いて……たんでしょ?」

「うん」

「倒れてる地蔵とか、なかった?」

「確か、なかった気がする」

「じゃあ、代ちゃんは地蔵十二体てやっと封じ込められるくらいの妖魔がいたところと、同じところにいたわけだ」

「そう……なのかな?……そう言えば、一昨日あたりから何か背中痛いんだよね」

「背中が痛い?……代ちゃん、地蔵の円の中に入ったのはいつぐらい?」

瀞の表情は真剣そのものだ。

「えっと……確か一昨日」

代がそう言ったとたん、白と瀞が顔を見合わせた。

「代、ちょっと着物脱いでくれる?」

白が言う。

「えっ……」

「いいから早く」

「………………」

代は着物を脱ぎ始めた。

「ちょっと背中見せて」

瀞が寄ってくる。

「これは………ただのひっかき傷じゃあなさそうね」

代の背中には斜めに三本、浅い引っ掻き痕が残っていた。

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