6 俺はヒーローにはならない
黒髪美少女は智鶴といって、俺の学校の三年生にして成績抜群の秀才らしい。
学校ではマドンナと呼ばれていたらしいが、勉強漬けの俺は今まで知らなかった。
「智鶴さんは、どうしてこんな奴と?」
「こんな奴って何ですかこんな奴ってー! それに、さん付けもおかしいですぅ! 私の時と態度が違いすぎる!」と全身をくねらせるアズミは見て見ぬふりをしておく。
智鶴を見ると、彼女はため息を吐き、
「あんたが呼んでるって聞いたから待ってたのよ。まさか、そういうことだったとはね。……それで」
その上でわけのわからないことを口にした。
「異能戦隊なるものを結成するらしいけど……それは本当なのよね?」
「はぁ?」
何だそれは。聞いたこともないぞ。
もしかするとここ最近、俺は病んでいるのかも知れない。本当はアズミなんていう女はいなくて、全部俺の妄想ではないのか。
だって異能力とか戦隊とか、子供騙しじゃあるまいし。
おかしいだろ。それとも俺の常識がズレているとでも言うのか? いやいや、それはないな。
智鶴までとち狂っているのだろうか。でも見たところは普通の美少女なんだが。
「……あのな、智鶴さん。もしもその変態……ゴスロリ女に言われたことなら、信じるな」
「変態女ってアズミのこと? ひどい言い草ね。この人は宇宙人なのでしょう?」
まずい。
こいつも厨二病患者だ。なんで俺の前にはこんな奴しか現れないんだと怒りすら覚える。
「宇宙人なんかいるわけないだろ。人の家に不法侵入するような奴なんだ、キチガイなんだよ」
「キチガイとは不適切な物言いね。今の時代にそぐわないわ」
いちいち細かいことに突っかかるな。
というか、いつまでもコントになり切れていないクズどもの会話を交わしている場合ではない。
俺はもう疲れた。
「智鶴さん、良ければそいつ、養ってあげてくれ。俺の家に泊まり込んでて邪魔なんだよ。脅迫までしてくる」
「それは何かの間違いじゃないかしら。アズミは、自分はあなたの彼女だと主張しているわ。そしてあたしはそれを信じる」
「なんで信じるんだよ!」
本当に残念な美少女だな。
きっと頭はいいのだろうが、どこかネジが外れている。アズミと接する時以上にしんどい。
とにかくここからは退却しよう。
「俺、ちょっと用事できたんで帰る」
「それは今あたしと話すのを諦めたという意味よね。失礼というものじゃないかしら」
「受験勉強だよ! 智鶴さんもあるだろ!」
「あたしは当然ながらもう済ませているわ。あなた、まだ終わってないの?」
今、まだ二学期なんだが。終わってるの、受験勉強。
俺は慄いた。慄いたついでに逃げようとし、しかしアズミに捕まえられた。
「よーし、じゃあ私のお話を聞いてくださいね! 今からこの世界を守る、大事な大事な会議をしまーす!」
……もうどうにでもしろ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ってことで、この星を新天地としようとしている宇宙人がわんさかいるんです。そこでとりあえずは、邪魔なこの星の生命を滅ぼそうってわけですよ。そこでこの星を守らなきゃ!ってことで派遣されたのが、私ことアズミちゃんです」
「で?」
「この星の人に協力してもらわなくちゃいけない。そして異能力が目覚める可能性のある人間を選定した結果、拓也くんと女の子ちゃん――智鶴ちゃんが選ばれたというわけでした! おめでとうございます!」
ピンク髪が何やら喋っている。俺には意味不明だ。理解したくない。
「今朝、早速攻め込んで来たので、慌てて智鶴ちゃんを仲間にしました。これで役者は揃ったというわけです! 私と拓也くん、智鶴ちゃんの三人で、この世界を救いましょう! その名も『異能戦隊』! ムフフっ」
俺は黙り込んでいる。
もはや話についていけないからだ。宇宙人の侵略だの異能力だの、それは漫画の中の話であって現実に持ち込んだら精神病院送りである。
しかし智鶴は、それを当たり前のように聞いていた。
「そうね。人間が滅んだらあたしの将来はないわけだし、あんたたちに協力するわ。ロマンチックで素敵じゃないの」
「どこもロマン要素ねえよ……」
思わずツッコミを入れてしまい、二人の視線が俺を向く。
まるで針で刺されたかのように痛い。が、イタイのはお前らだぞ。
「智鶴さんはなんでも安易に信じすぎ。そしてアズミはどこの誰だか知らないが、とにかく俺たちをたぶらかすのはやめろ。あんな大掛かりなことまでして、何がしたい? 戦隊ごっこならお断りなんだよ」
「ごっこじゃなくて本物です! 今日も人が死んだとこ、見たでしょ? あれはあいつらの『即死ビーム』でやられたんです!」
まったく話が噛み合わない。
百歩――いや、一万歩譲ってアズミの話が本当だとしよう。
そうなのであれば、当然ながら俺なんかでは勝てない。
頭を一瞬で吹っ飛ばされるのだ。どう考えても死ぬ未来しか見えない。
「俺は降りる。くだらないからだ」
「そうやって逃げるあんたの方がくだらないわ。世界が滅ぶのよ? 守るのが当然でしょ」
「何の義理があって? 智鶴さんと違って俺は、まだ受験が終わってない」
しばらく俺と千鶴の言い合いが続いた。
やるなら彼女らだけでやればいい。俺まで巻き込むな。
「俺はヒーローにならない」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――『幻惑の光』。
具体的にどんなものなのかはわからないが、この力とやらに頼ってみることにした。
体の中から力を放出し、光を放つ。
これ一体どうやっているんだろうな……。科学的な説明は不可能か?
俺は超能力やらそういうことを信じていない。幼い頃、魔法がないと知った時からそういうことは全否定している。
だからこの力が何なのか。異能力などと言われても到底信じられないが、利用するに越したことはなかった。
幻覚の霧のようなものを生み出し、その間に俺は怪力女の腕から抜け出す。
そのまま、どこへともわからぬままに走り出した。
目の前を猛獣が駆け回り、悪魔が出ては消え、毒々しい蝶が舞い踊っている。
でもこれは全て幻覚だ。『幻惑の光』内を抜け出したら――。
「はぁ、はぁ」
元の世界が広がっている。
俺は、ただひたすらに走り続けるのだった。
あの少女たちから逃げるために。